非住宅分野への多角化を軸に成長を続ける大和ハウス工業。その実現には、社員全員に戦略を浸透させることが欠かせない。試行錯誤の末にたどり着いたスローガンの活用法を解説する。

(写真=太田 未来子)
樋口 武男(ひぐち・たけお)
1938年兵庫県生まれ。関西学院大学法学部卒業。63年大和ハウス工業入社。特建事業部長、常務、専務などを経て93年に大和団地社長。同社の経営立て直しに尽力。2001年に大和ハウス工業社長。2004年から会長・CEO。プロ野球の阪神タイガースの大ファンで、投手だけで1軍・2軍合わせて30人は名前を書けるという。

 「今、最も必要なのはスピード。被災地には一刻も早く仮設住宅を建てよう」

 2011年3月11日。東日本大震災が発生したその日の午後6時、私は大和ハウスグループの社員にこう指示し、あるプロジェクトを立ち上げました。名前は「DASHプロジェクト」。「大和ハウスグループ」「アクション」「スピード・セーフティー」「ハートフル」の頭文字をそれぞれ取ったものです。

 震災直後だったので、大和ハウスグループには、仮設住宅の建設要請がまだそれほど来ていませんでした。しかし、被災地の復興に向けて要請が増えていくのは明らかです。グループの全社員が復興支援への意識を高め、一丸となって動くことを目的に作りました。

 DASHプロジェクトの下、大和ハウスグループと取引のある全国の施工業者や設備業者の協力も得て、資材や技能労働者をできる限り集めました。そして震災発生から3週間とたたない3月30日には、最初の仮設住宅を、岩手県陸前高田市の中学校校庭に完成させることができた*1のです。

 これだけ素早い対応ができたのは、以前から簡潔なスローガンでグループ社員の意思統一を図ることを繰り返してきたからです。その原点は1993年。私がグループ会社で宅地開発を手掛ける大和団地社長に就いた時にさかのぼります。

サナギからチョウへ

 「当社はSANAGI(サナギ)からスタートする。美しいチョウに生まれ変わろう」

 大和団地社長に就任した私は、最初の挨拶で社員にこう呼び掛けました。いきなりSANAGIやチョウと聞いても、何のことかと首をかしげる方も多いでしょう。

 SANAGIとは、日々の仕事での心構えを説いた言葉の略称です。「スピーディーに」「明るく」「逃げずに」「あきらめずに」「ごまかさずに」「言い訳をせず」の頭文字を語呂良く並べました。「社会人として当たり前のことばかりでは」と思う方も多いかもしれません。ところが当時の大和団地の社員は、その当たり前のことさえ十分にできていなかったのです。

 大和団地は94年3月期、売上高が714億円だったのに対し、有利子負債額は1418億円と約2倍。債務超過寸前の状態でした。バブル崩壊で主力の宅地開発が落ち込み、市場の変化に対応した経営の転換ができていなかったのです。93年3月期、94年3月期と2期連続で赤字になり、本体の大和ハウス工業から社長として送り込まれてきた私が、リストラや会社の整理などに踏み切るのではないか。そして自分たちの身はどうなるのか。社員は皆、不安がっていました。

 社員が良い土地を見つけて購入したいと思っても、稟議書が社長に上がってくるまでに2週間以上もかかっていました。これは前回ご紹介しました、2001年当時の大和ハウス工業と全く同じ状況です。社内の雰囲気を明るくして攻めの姿勢を取り戻し、業務のスピードも上げよう──。こうしてSANAGIというスローガンを掲げたのです。

 その単純明快さから、スローガンへの社内の評判は良かったですね。新設した支店の建物の外壁は黄緑色に塗ってサナギに見立て、支店内には「サナギからのスタート」という言葉も掲げました。

 私が進めた改革についていけず、2年で全社員の約4分の1が会社を去りましたが、代わりに優秀で意欲あるほぼ同数の人財を中途で採用。名古屋でのマンション販売で実績を上げていた当時36歳の社員を支店長に抜擢するなどして、組織を生まれ変わらせました。これも前回ご紹介した通りです。

 私の社長就任から2年後の95年3月期、大和団地は黒字に転換。7年後の2000年3月期の売上高は1441億円と就任前の2倍に増え、7期ぶりの復配も達成しました。SANAGIは、私が経営者として初めて作り、成果を出したスローガンです。

 スローガンを掲げる上で重要なのは、誰にでも分かる平易な言葉であること。そして、意識すればどの社員でも取り組める内容にすることです。

 ここで上の図をご覧ください。大和ハウスグループの理念体系を示したものです。5つからなる企業理念(社是)を一番上に掲げるのですが、その中の一つが「我々の企業は我々役職員全員の一糸乱れざる団結と撓(たゆ)まざる努力によってのみ発展すること」。この「団結」を実現するための手段としてスローガンを使っています。

 なぜ私がスローガンによる戦略の浸透に心を砕いてきたのでしょうか。それは役職が上がるにつれて部下の数が増え、より効率的な方法を求められたのがきっかけです。

 1970年代半ば、大和ハウス工業の山口支店長だった時は、約70人の部下と朝に1人、晩に1人という頻度で分かり合えるまで話し、私の考え方をしっかり伝えることができました。次の福岡支店長の時代も同様です。

 ところが社長に就いた大和団地の社員数は約900人。しかも会社再建のための厳しい改革を通じて、全社員の4分の1が2年で入れ替わりました。私も大和団地本社の各フロアに設けた喫煙コーナーに足を運んで休憩中の社員とできるだけ話すことを心掛けましたが、900人全員と1対1でじっくり話す余裕はとてもありません。

 私の考え方をどう効果的に浸透させたらいいのか。移動中の列車の中で、手帳に対策を書くうちにひらめいたのが、簡潔なスローガンにして発信することだったのです。

大和ハウス工業も標語で改革

 2001年4月。大和ハウス工業社長に就任した私は、かつての大和団地のように、沈滞した社内の雰囲気を目にしました。そこで掲げたのが「凡事徹底」*2という言葉です。

 「凡事」とは当たり前のこと。つまり、当たり前のことを当たり前にできる人や会社になることの大切さを説きました。例えば、明るい挨拶や整理整頓の励行などです。これは先ほど紹介しましたSANAGIと、共通する部分も多いことが分かるかと思います。

 「『かきくけこ』を忘れるな」という話も、よく社員にしました。これは人間力を磨くための言葉で「感動」「興味」「工夫(創意工夫)」「健康管理」「恋」の頭文字を取ったものです。ここでいう恋とは「ときめき」。もちろん異性にときめいてもいいですが、芸術や文化などにときめく心を持ち続けることが、仕事に喜びや感動を見いだして、やる気を高めることにつながると考えています。

 こうした社員の意識改革と併せて、支店長の権限を大幅に強化する一方、赤字を出した支店長の賞与はゼロにするなど信賞必罰で社内を改革しました。

 上の表は、私がこれまでに大和団地・大和ハウス工業で掲げてきた主なスローガンです。どちらも会社再建の過程では、社員のやる気を引き出し、意欲を高めることを目的にしたスローガンを設定してきました。大和ハウス工業ではその後、企業としてさらに成長するための指針へと変わっています。それらを順にご紹介しましょう。

 まずは「チャレンジ・トリプル30(サーティー)」。これは2003年3月期、固定資産の減損処理の前倒しなどで大幅な赤字を計上した後のことです。再成長を狙い、3年間で「受注を30%伸ばす」「コストを30%削減」「工期を30%短縮」という本業の強化策を掲げました。

 いずれも高い目標でしたが、支店長の権限を大幅に強化した支店ごとに新規営業に注力しました。従来は現場で施工していた部材を工場生産に切り替え、工期を短くした戸建て住宅の新工法などを開発。資材の購入先を絞り込んで調達コストも抑え、3年後の2006年3月期に目標を達成できました。

社員に訴える「3」

樋口氏はスローガンを使いながら、経営理念を繰り返し社員に伝える(2014年3月の全国支店長会議)

 当社は2005年から数年ごとに中期経営計画を策定して、今後の成長の方向性などを示しています。2011年に策定した第3次中計では「3G」というスローガンを掲げました。この3つのGの中身は、「グループ全体で成長を継続し、グローバル展開を加速。経営基盤を整備しグレートカンパニーを目指す」というものです。

 2013年に策定した第4次中計では、そこに3つのSを加えて「3G&3S」としました。3つのSは「スピードは最大のサービス、お客様に『安心・安全』な商品・サービスを提供し、持続可能な社会に向けて環境・高齢化に真摯に取り組む」という意味を込めました。

 日本人は伝統的に「3」の数字が好きです。3をスローガンに盛り込むことで、経営陣が描く戦略が明確に伝わると考えました。トリプル30、そして3G&3Sなどで掲げた複数の「3」が、持続的な成長の指針になったのです。

次代を担う5つの成長分野

 現在は「ア・ス・フ・カ・ケ・ツ・ノ(明日、不可欠の)」というスローガンを掲げています。「安全・安心」と「スピード・ストック」(建築物の長寿命化の推進)、今後の成長分野である「福祉」「環境」「健康」「通信」「農業」の頭文字をそれぞれ取っています。

 日本の人口動態を考えると、2060年頃には8600万人程度、2100年を過ぎる頃には6000万人ほどに減るとみられています。しかも高齢化も急速に進みます。そのため将来を見据えて、介護付き有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅などの高齢者対応ビジネスを積極的に手掛けています。

 環境についても、太陽光発電・風力発電と自然エネルギー分野の強化を進めてきました。通信では、住宅内の家電製品や各居室の照明などを遠隔操作するソフトウエアの開発などをしています。

 もともと「フ・カ・ケ・ツ」な事業と言っていましたが、ここに「ノ」を加えたのは、日本の食糧事情や世界の人口の伸びを考えると、農業の工業化が必要とされる時期が必ず訪れると考えたからです。現在は駐車場1台分のスペースで水耕栽培を実現できる「植物栽培ユニット『agri-cube(アグリキューブ)』」を展開しています。

 今後は世界の人口増に伴い、水不足も深刻化するでしょう。語呂が良くないので「ミ」はスローガンには入れていませんが、海水の淡水化技術など、当社がぜひ手掛けたい事業は水の分野にもあります。

 こうしたスローガンは、ふとした時に思い付くものです。そのため、私はA4の紙を4つほどに切った紙きれを、常に3~4枚は持ち歩いています。私はメモ魔を自認していて、ひらめいた時に、すぐにメモを取る*3のです。

 次の仕事のアイデアにつなげるため、私はできるだけ社内外の多くの人に会うように努めています。読書も大切ですが、多くの人に会うことは、読書と同じくらいの効果があると考えています。これは、と思う方に会って良い話を聞けた時は心が弾みます。その場ではさすがにメモを取ることはできないので、帰り道、忘れないうちにメモを取ります。

 「ア・ス・フ・カ・ケ・ツ・ノ」で掲げる分野は、当社がこれまで全く手掛けてこなかった事業も多いのです。そのため、一から事業を始めるのではなく、M&A(合併・買収)も活用しながら伸ばしてきました。次の最終回ではM&A成功の秘訣と、買収先企業とどう良好な関係を保ち、大和ハウスグループの成長につなげてきたか。その考え方をお話しします。

構成=須永 太一朗

*1 大和ハウスグループではまず、この中学校に36戸の仮設住宅を建設。その後も被災した各地で、着工から完成まで約3~4週間の速さで建て続けた。最終的にはグループ全体で、1万1000戸超の仮設住宅を被災地に建設した。該当本文に戻る
*2 大和ハウスグループでは、凡事徹底のスローガンに口氏の写真を添えてポスターを作成。現在、グループ各社の廊下などに張っている。該当本文に戻る
*3 樋口氏はメモを取るのに手帳を使う場合もあるが、「手帳はあまり書く場所がなかったり、文字を小さく書かないといけなかったりするので、紙きれを使うことの方が多い」と話す。該当本文に戻る
日経ビジネス2014年12月22日号 71~74ページより目次