50社を超えるM&Aを手掛け、日本電産を急成長させた永守重信社長。永守流を「歩く教科書」として導入する経営者がじわり増えている。理念や哲学だけでない、行動で示す「実践」が経営者を魅了する。

 歩く教科書──。

 「社長が選ぶベスト社長」に選ばれた日本電産の永守重信社長をほかの経営者が評すれば、こうなる。

 その実績は売上高の推移を見れば一目瞭然だ。日本電産の売上高はこの20年間で141倍になった。モーターに特化しながらも、毎年のようにM&A(合併・買収)を手掛けることで技術や製品の幅を広げ、成長してきた。2015年3月期も売上高は前期比10%増の9600億円、営業利益は同23%増の1050億円を見込んでおり、その成長は衰えを知らない。

日本電産の主なM&Aと出来事
(写真=都築 雅人)

異業種にも広がる伝播力

 「M&Aを実行して経営理念を植え付ける能力」(機械商社社長)、「仕事第一の姿勢」(総合スーパー社長)。今回の調査では、小売業や不動産などメーカー以外の多くの社長が永守社長をベスト経営者に選んだ。

 京セラ創業者の稲盛和夫氏が塾長を務める「盛和塾」や、松下幸之助氏が開いた「松下政経塾」のように、経営手法や哲学を後進に伝える組織はない。トヨタ生産方式やアメーバ経営のように、コンサルタントが多数いるわけでもない。何より永守社長自身が、経営手法を広く伝えようとはしていない。それなのになぜ今、「永守流」は支持されるのか。

 永守社長は時に、社員や自らを鼓舞するように大風呂敷を広げる。「従業員100万人の実現」や「売上高10兆円」など、その言葉には経営から遠い一般人にも訴えかける力強さがある。

 そしてその上で、掲げた目標を達成するために最も合理的な手段を選び、決断する。周囲にも厳しいハードルを課すが、誰にも負けない執念と情熱で、先頭に立ち続ける。

 圧倒的な行動力と、人間臭さを漂わせてのリーダーシップ。多くの経営者は、そこに魅了される。全てをマネするのは難しいが、奮起すれば自分にも何か実践できるかもしれない。永守流はそんな等身大のお手本として、多くの経営者に伝播している。

 「永守社長は2つの側面を持つ」。そう評するのは、自動車用品店イエローハットの堀江康生社長だ。堀江社長は同社が連続赤字に転落していた2008年に社長に就任し、直後に業績をV字回復させて黒字化を達成した。その後も成長軌道に乗せている。永守流経営がその原動力だ。

永守流を生かす
M&Aと企業再生
  • 100年生き残るには規模が大切
  • 高値と思ったら買収しない
  • 買収企業の雇用を守る
イエローハット 堀江 康生社長(右)(写真=都築 雅人)

 堀江社長が言う2つの側面とは、社員を叱咤激励する「古き良き経営者の顔」と、先を読み冷静にM&Aを展開する「現代の経営者の頭脳」を指す。「両面を備えた経営者として、その言動や経営に共感している」(堀江社長)。

 堀江社長は永守社長とは面識がない。だが、堀江社長には聞き手を高揚させる陽気さが漂い、その話しぶりは永守社長を彷彿させる。早朝から夜遅くまで働くスタイルも、永守社長の働き方によく似ている。

 日本電産とイエローハットの共通点は、M&Aによる事業拡大だ。堀江社長はこれまで、積極的に同業他社の買収を進めてきた。今年5月にもオートバイ販売会社を買収した。意欲的にM&Aを進める背景には、「100年先まで生き残る企業になるためには規模が大切」という永守社長の考え方への共感があるという。

 M&A戦略でも永守流を参考にしている。一つは「高値づかみをしないこと」だ。買収では、交渉をこじらせないために意思決定のスピードが大切になる。その一方、どうしても強化したい部門のM&Aでは、時間的な制約から交渉が不利になり、買収額がつり上がる。そんな時、堀江社長は心を落ち着かせるため「高値では買わない」という永守流の基本に立ち返る。

 買収後の経営でも、永守社長の思想に共感する部分が大きいという。平凡な社員を戦闘力の高い人材に変えるには、経営者を信頼してもらうことが欠かせないという考え方だ。そのために、「買収した企業の雇用を守る」という日本電産と同じ信念を掲げる。

 買収した会社を立て直し、業績を伸ばし続ける永守社長を見守るうち、堀江社長は「自分のやり方に誤りはない」という確信に至ったという。

 10月末、堀江社長は今夏にオープンした新山下店(横浜市)にいた。同店は競合他社から買収して改装した店舗で、年商は8億円。その現場で、「売り上げを10億円、12億円と増やすぞ!」とハッパをかける。買収された職場の人間は受け身になりがちだ。業績を高めて自信を持たせ、同じ方向を向いてもらいたいとの思いがある。

 M&Aで傘下に収めた社員の給料もできる限り引き上げる。テレビCMを多く打って社内の一体感を高めるなど、社員を活気づける方策に常に知恵を絞る。社長を信じてもらうことで、買収企業の社員を仲間にする。この努力は、永守流に通じる。

 堀江社長の言葉は時に厳しい。過去には「死に物狂いで仕事をして、死んだ人間はいない」といった過激な発言で、批判されたこともあった。ハードワークで知られる永守社長も、歯に衣着せぬ物言いで物議を醸したことがある。

 世論はこうした経営者たちの言葉に敏感だ。一歩間違えばすぐ“ブラック企業”の烙印を押される。それでも永守社長は、世論におもねることなく、「自分たちの会社は自分で守るしかない」と信念を貫き、持論を曲げない。

 多くの経営者は、そんな永守社長の本音に共感しているのだろう。堀江社長も「永守社長の恩讐の入り交じった人間臭さや泥臭さから出る本音が(経営者にとっての)栄養分となる」と語る。

中東市場の変化を察知

 産業用ポンプ大手、酉島製作所の原田耕太郎社長はある土曜日の午後、ドバイ支社長から送られてきた電子メールに目を留めた。内容はイラン情勢に関するもの。過激派「イスラム国」の勢力拡大によって、緊張していたイランと米国の関係が緩和しており、「欧州の競合メーカーが雪解けムードを察知してイラン向け輸出に踏み切ろうとしてる」と報告してきたのだ。

 イランは浄水用ポンプなどの一大需要地になる可能性を秘めている。「商機だ」とみた原田の行動は速かった。その場で営業本部長の携帯電話に連絡を入れた。週明けの月曜日には緊急会議を招集して、中東市場への営業戦略を見直す手はずを整えた。

 同時に、イラン向け輸出の制限を緩和してもらえるよう、国土交通省や経済産業省に担当者を送って直談判する算段を付けた。「中東市場は欧州や韓国など、様々な国の企業が狙っている。そこで勝つためには、一刻も早い対応が重要になってくる」と原田社長は語る。

 原田社長がとっさに対応できたのは偶然ではない。週末に社内の週報すべてに社長が目を通すという、永守流の情報共有術を実践していたためだ。BtoBの事業で独立系メーカーという共通点も多い。「永守社長は奇をてらわず、王道の経営をきちんと続けている。自分にもマネができる部分があると考えて永守流の経営手法を取り入れてきた」(原田社長)。

永守流を生かす
情報共有と決断
  • 週末に週報全てを確認
  • 大きな決断は月曜日に
  • 365日休みなく情報収集
酉島製作所 原田 耕太郎社長(写真=小倉 正嗣)

 日本電産とは取引関係にあるものの、永守社長に会って話した経験はない。永守流にすがったのは、酉島製作所の業績がリーマンショックの後遺症から回復できなかったためだ。

 ポンプの需要は景気回復から1~2年後に盛り上がる。機を見て営業を仕掛けることが難しく、営業は後手に回ることが多かった。

 だから原田社長は週末にスマートフォンを手放さない。移動時間や待ち時間を活用して、120通を超える週報を読み切る。週末の大半が奪われるが「永守社長はもっと大きな組織で実践している。自分にもできないはずはない」と発奮材料にしてきた。その結果、原田社長のスマホは世界各国の情報を集約する小型レーダーとなった。

 週末の週報確認には副産物があった。原田社長に「仕事を社員に任せる」という余裕を生んだのだ。部署ごとの仕事の進捗を社長が細かく確認することは、仕事を任せる心境とは逆のように聞こえる。しかし、原田社長は「仕事の内容を確認することで、社員の成長度合いが分かる。だからこそ信頼して任せることができる」という。

 放任ではなく、経営者が仕事を任せるには、しっかりとした定点観測が必要になる。原田社長は永守流の実践から、その大切さを体感した。

エボラで注目、あの企業も

 エボラ出血熱の感染拡大で、関連する技術を持つ企業の存在がクローズアップされている。生物災害(バイオハザード)を防止する施設の設計・製造から据え付けまでを包括的に請け負う日本エアーテックもその一社。同社の平澤真也社長は、2008年に読んだ永守社長の著書『人を動かす人になれ!』をバイブルとしている。

 同社は危険な病原体を取り扱う高度安全実験施設を販売する。人命に関わる装置を作ることから、平澤社長は常に現場に赴き、すべての社員の意識の改善に努めている。その時、本を読んで咀嚼した永守社長の経営哲学を伝えることが多いという。

永守流を生かす
理念と実践
  • できるまでやる!
  • 専門分野に一意専心
  • 走りながら考える
日本エアーテック 平澤 真也社長(写真=陶山 勉)

 平澤社長は永守社長の著書に挟んだメモを開いて見せてくれた。感銘を受けた言葉を抜き出して、A4用紙5枚に印刷したものだ。そこに、後から手書きで加えた文章がいくつも並んでいる。

 経営者の心構えでは「たとえわずかでも後ろ向きの考え方、消極的な態度を見せると社員は動かない」といった一文が書き加えられている。「苦労には有形無形の利子が付く。無形の利子は情熱、熱意、執念」と自分を励ますような言葉も見られた。

 永守社長は「ほかの経営者の良いと思った言葉をそのまま話しているうちは、その考え方は他人のもの。自分の腹に落とし込んでこそ、血となり肉となる」と語る。平澤社長は永守社長の「できるまでやる!」という言葉に触発され、門前払いされた大手半導体メーカーに数年も通い詰めて、新規受注を獲得した成功体験がある。

 永守社長の言葉が支えになったのは、著書の言葉を粛々と実行する本人と同時代を生きているからだ。自分の成果や理念を語る経営者は数多くいる。ただ、その大半は過去の成功体験だ。

 その点、永守社長は現在進行形で行動し、結果を残し続けている。その背中を、多くの経営者が追いかけている。

教えず、背中を見せる

 永守社長は、自らが高く評価する経営者として2人の人物の名前を挙げる。ソフトバンクの孫正義社長と、日立製作所の中西宏明会長だ。

 今年、ソフトバンクの社外取締役に就任したことから、孫社長の人柄がよく分かったという。大きなほらを吹くが、そこが経営者として楽しい。大きな資金を集め企業買収を仕掛けるダイナミックさも魅力だ。その半面、社内管理は緻密で「数字を聞くとさっと回答できる」と評価する。

 創業社長以外では手本になる人物が少ないとしながらも、日立の中西会長には異端と言えるセンスがあるとみている。例えば、中西会長が経営を立て直した子会社の日立グローバルストレージテクノロジーズを米企業に売却した思い切りの良さを「日本人にはない経営感覚」と評価する。

 実は、永守社長と中西会長は古くから付き合いがあった。「下請け企業にも丁寧な対応で、その態度が経営者になってからも変わらない」のも、中西会長を評価するポイントだという。

 永守社長は「『学ぶこと』は『まねること』やから、ほかの会社のやり方を模倣するのはいっこも悪くない」と話す。若き日の永守社長にも恩師がいた。オムロン創業者の故・立石一真氏だ。日本電産の設立直後から、永守社長は立石氏の背中を追ってきた。苦難にぶつかった時には、何度も相談に訪れたという。それでも「一度も経営を教えてもらったことはない」と振り返る。

 悩みを打ち明ける永守社長に、立石氏はいつも「これ以上会社を大きくしたくないんやったら、答えを教えたってもええで」と返した。成長したければ、自分で解決策を考えろ、ということだ。

 それで十分だった。立石氏に昼食に呼ばれたある日の出来事。永守社長は応接室でお膳を目の前に待っていた。隣の社長室では、立石氏が部下を叱る声がずっと響いている。説教は4時間に及んだ。「昼食は冷めてしまったけど、『ああ、経営者というのはこれくらい真剣に叱らなきゃあかんのやな』と勉強になった」と永守社長は回顧する。

 永守社長が後輩に教えようとしないのも、そんな経験があるためだろう。経営に絶対の解はない。若い経営者には先行する経営者から師匠を見つけて、手法ではなく姿勢を学んでほしいと願っている。今、その願いは現実のものとなり、本人の知らないところで自分の弟子たちが生まれている。

日経ビジネス2014年11月17日号 30~35ページより

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