人型万能ロボットの幻想にとらわれ、ビジネス化で後れを取った日本。個別の技術は米国に引けを取らない。日本版スマロボで復活目指せ。

ロボット大国の代名詞だったホンダの2足歩行ロボット「ASIMO」。お茶くみロボットのイメージを払しょくできずにいる

 米カリフォルニア州のディズニーランドで、列が絶えないアトラクションがある。舞台の主役は、日本が誇るホンダの2足歩行ロボット「ASIMO」。ミッキーマウスに比肩するほどの人気ぶりで、子供たちの喝采を集める。

 だが、舞台を下りると厳しい現実が待ち受ける。製品化のメドが一向に立たず、誕生から14年経つが、いまだマスコットや玩具の域を出ない。ダンスや歩行はできるが、実用性は「コーヒーを運ぶ」程度にとどまっている。

 ホンダがASIMOを発表し、その精緻な歩行技術が世界を驚かせた2年後、米iRobotはロボット掃除機「ルンバ」を発売。その後10年間に世界で800万台を売り上げるという大ヒット商品に育て上げた。

 日本ではその間、ソニーが2足歩行ロボット「QRIO(キュリオ)」を中心としたロボット事業から撤退し、三菱重工業がコミュニケーションロボット「wakamaru(ワカマル)」の一般家庭向け販売を中止した。日米でなぜここまで差が開いてしまったのか。

日本が強かった産業用ロボット分野も縮小・・・
●主要地域・国の産業用ロボット稼働台数の推移

 アニメ「鉄腕アトム」に憧れ、ロボット工学の道に進んだ研究者が多い日本。1体のロボットにあらゆる機能を盛り込み、できるだけ人に近づけたいとの思いが強いあまり、実社会でどう活用するかとのビジネス視点が抜けていたのではないか。

 パナソニックのロボット事業推進センター所長を辞め、ロボットベンチャーを立ち上げた本田幸夫・大阪工業大学教授。「日本は技術に固執し、顧客へのアプローチを軽視する傾向にある。新しいライフスタイルとしてロボットを顧客に認知させる作業が必要だ」と指摘する。

 生活分野のロボットだけではない。圧倒的な強さを誇ってきた産業用でも勢いに陰りが出てきた。2011年の世界の産業用ロボット稼働台数は約115万台で、10年前の1.5倍に増えたが、日本の比率は48%から27%に低下した。

 「PART1」で描いたように、シリコンバレーでは個別機能に特化したロボット同士をネットでつなぎ、自律的に連携し合うことで、全く新しい価値を生み出そうとしている。日本が「アトムの呪縛」から逃れられない限り、両者の差は広がる一方だろう。

 ただ、米グーグルが買収した東大発ベンチャー、シャフトのように、実は日本には優れた技術が数多く埋もれている。これらを組み合わせ、つなげることができれば、米国に引けを取らない独自のスマロボ生態系を世界に提案できるのではないだろうか。まずは、その核となり得る技術を探ってみる。

 成功率73.3%──。これは国際電気通信基礎技術研究所(京都府精華町)のロボット「Robovie(ロボビー)」が配ったチラシを人に受け取ってもらう確率だ。ロボットがチラシ配りをする物珍しさもあるだろうが、「かなり高い数字だ」(同研究所)。

 大阪市にある商業施設、ATCで、ロボビーを使った実証実験が行われている。その後を追ってみると、まるで人のような自然な仕事ぶりに驚かされた。

 まず、配る相手の前方斜め30度の方向から近づき、受け取りやすい場所まで来ると、絶妙なタイミングでさっとチラシを右手で渡す。その際の手の高さは、相手の身長×0.63の位置だ。

ロボビーは人の動きを予測して絶妙なタイミングでチラシを渡す。歩行者の進路を妨害しない”気配り”も身に付けている(写真=菅野 勝男)

 左腰に設置されたプリンターから次々に印刷されるチラシを右手に持ち替え、次に配る相手を探し回る。一連の動きは滑らかで不自然さがなく、大半の通行人が無意識のうちにチラシへと手を伸ばしていたようだった。

 同研究所知能ロボティクス研究所の神田崇行氏は、街中でチラシ配りを見かけた際、相手に受け取ってもらいやすい人と、そうでない人の違いに気が付いた。それを分けていたのは、相手の動きや表情を見極めて配り方を柔軟に変えるといった、気配りの有無だった。

 「これを理論化すれば、気配りに長けた、空気を読めるロボットができるのではないか」。そう思い、チラシ配りの“達人”の動きをつぶさに分析、その成果をロボットに応用する研究を始めた。

 チラシを配るためには、まず相手がこれからどう移動するのかを判断して、動き出さなければならない。周囲に設置されたセンサーの力も借りながら、配る相手の位置と速度を正確に把握。過去にチラシを配った際に蓄積したデータと照らし合わせ、その人がどこへ向かおうとしているのかを予測する。

 さらに、いくらチラシ配りの効率が高いとはいっても、人がたくさん集まっている場所は避けるようにプログラムした。これも、歩行者の進路を妨害しないという気配りの一環だ。今後は、相手の速度や表情などから、急いでいる、もしくは苛立っているからチラシを受け取ってくれないだろう、といった判断を下せるように改良する。

 ロボットが読み取るのは表情や動きだけではない。同研究所は人間の脳波や脳内血流の状況を離れた場所から計測し、何を考えているのかを割り出す研究も進めている。実用化すれば、人間以上に相手の考えや機嫌を察知し、話しかけたり距離を取ったりといった判断を下せるロボットが誕生する。

 ロボットが家庭や職場、公共の場などに当たり前のように置かれる時代には、人との関係をどう良好に保つかが重要なテーマになる。そこにビラ配りロボットで培った技術が生きるだろう。

 「人手を使わず、しかも人より緻密に点検できるようになる」。千葉工業大学から生まれたベンチャー企業、移動ロボット研究所(神奈川県鎌倉市)代表取締役の小栁栄次氏は、こう強調する。

 同研究所が名古屋大学などと共同で開発を進めるのが、橋梁点検用のロボット。

 カメラを搭載した目視検査ロボットと、金属棒で表面を叩いた反響音から、腐食などの異常を検知する打音検査ロボットの2台を組み合わせて使う。特徴は、車輪の素材に使った強力な永久磁石だ。鉄製の橋梁の壁面や裏面にしっかりと張り付きながら、虫が這うように進む。

 さらに、4つの車輪には個別に動くサスペンションが取り付けられている。手を引っかける要領で前輪のアームを伸ばし、段差になったボルトや凹みを乗り越え、壁面の表と裏を縦横無尽に移動する。従来の検査機械ではたどり着くことができなかった“死角”にまで回り込んで、徹底的な検査ができる。

 2012年、山梨県大月市の中央自動車道上り線笹子トンネルで発生した天井板落下事故。11人もの死傷者を出した大惨事だ。ここでは10年以上、打音検査が実施されていなかった。

 橋梁やトンネル、高速道路など老朽インフラの増加は各地で大きな問題になっている。だが、慢性的な人手不足から、くまなく検査するのは容易ではない。手作業よりもコストを抑えられ、隅々まで点検できる同研究所の新技術は、ロボットが人間社会の安全・安心を守る役割を果たす切り札になる。

 ソフトバンク子会社アスラテックの吉崎航チーフロボットクリエーターが大学生だった2010年に開発したのが、ロボットのあらゆる動きを制御できるOS「V-Sido(ブシドー)」だ。

 ロボットを作る際、企業は個別にコストをかけ、動作制御OSを開発してきた。2足歩行ロボットの場合、バランスを取りながら移動するためのOS作りは、最大の技術的課題だった。だが、ブシドーを導入すれば、わざわざ専用OSを作らなくてもよくなる。

 例えば、右手を挙げるという指示をロボットに搭載した人工知能が出せば、ブシドーが自動的に左足の重心を後ろに下げる動作を加え、バランスを取って転倒を防ぐ。急な衝撃を受けたり、不安定な足場を移動したりする場面でも、こうしたバランス機能が作動する。

 ブシドーは小さな玩具ロボットから高さ4m級の産業用ロボットまで対応している。スマートフォンを使ってロボットを操作したり、米マイクロソフトのキネクトで人のジェスチャーと同じ動きを再現させたりすることも可能にした。

 「ロボットの動作制御だけにこだわり続け、世界の標準OSを目指す」という吉崎氏。ブシドーのライセンス料を低く抑え、短期的な収益確保よりも、普及させることを重視した。

 誰でも手軽に利用できる動作制御OSの認知が広がれば、他業界からの新規参入の後押しになる。結果的に、ブシドーを採用したロボットも増える。日本発の技術で、ロボット産業の裾野を広げたいと考えている。

 日立製作所のコミュニケーションロボット「EMIEW(エミュー)2」は、特別な「耳」を持つ。

 複数の人間から同時に話しかけられたとしても、話の内容をそれぞれ理解し、返答することができるのだ。実験段階では最大で13人まで対応できた。

日立製作所のコミュニケーションロボット「エミュー2」。聖徳太子を超える、最大13人の声を聞き分けることができる(写真=丸毛 透)

 仕組みはこうだ。頭部に合計14個のマイクを付けている。それぞれのマイクがキャッチした声の大きさの差などを基に、どこからどんな音声が発せられているのかを正確に把握。その上で、蓄積された雑音データベースと照らし合わせながら、雑音を取り除き、きれいな音声だけを聞き取る。

 人と言葉のやり取りをするコミュニケーションロボットが、質問の趣旨とずれた突拍子もない答えを返すことがあるのは、AI(人工知能)の問題だと思われがち。

 だが、実は周囲の雑音や、話者以外の話し声が邪魔をし、相手の言葉を正確に聞き取れないことが原因であることも少なくないという。

 「5~10m離れた場所からでも聞き分けられる」(同社ロボティクス研究部長の玉本淳一氏)能力を持つエミュー2。人の往来が多い駅や繁華街での道案内、大人数が参加する会議での司会進行などをロボットに任せるための基盤技術として、世界の期待を集めている。

まだまだある、日本のロボット技術
●ロボットの特性を高める要素技術の一覧
日経ビジネス2014年9月15日号 40~44ページより

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