この構図はすぐに問題化する。翌82年から、中曽根康弘内閣は国鉄の分割民営化を進めていくが、民営化後の北海道会社の経営問題に悩まされる。このままでは毎年500億円の赤字を重ねて破綻することが見えていたからだ。