(イラスト=服部 あさ美)

 企業の製品というのは、それが長かれ短かれ寿命を持っています。そのライフサイクルを見極めて次の主力製品を育てていくには、非常に冷徹な目と経験が必要になります。

 私は1972年に日立金属に入社以来、ずっと生産技術畑を歩んできました。要するに、工場や会社全体の設備投資を認可する部門です。営業部門からは、お客さんからの需要があるからこれだけの設備投資をしてほしいという要請が上がってきますが、それをそのままのんでいたら大変なことになります。設備投資が会社の屋台骨を揺るがしかねないリスクをはらむことは、近年の製造業を見ても分かる通りです。

鳥取時代に学んだ
製品とライフサイクル
冷徹に投資を見極めよ

 製品のサイクルについて考えさせられたのは、50代半ばに鳥取工場長に就任したのがきっかけでした。日立金属は金型に使われる特殊鋼や自動車用鋳物、磁性材料などが主力ですが、鳥取工場は、ちょっと毛色が変わった携帯電話の電子部品を手がけていました。

 2001年に私が鳥取工場長の辞令をもらった時、周りの人は皆心配しました。なぜならこの工場はもともと日本フェライトという会社で、1970年代に会社更生法の適用を申請し、95年に日立金属と合併した経緯があったからです。本社と別系統の労働組合が存在し、社風も違う。

 業績も悪く、赤字が続いていました。私は「今は工場の危機だ。経営側も従業員も関係ないんだ」と呼びかけました。鳥取の人々は一般に寡黙と言われますが、胸襟を開いて分かり合えば、とことんついてきてくれる。努力が実を結び、携帯の進化・普及とともに業績は改善しました。

 ところがその後状況は変化します。私が工場長に就任した2001年頃は、携帯電話と言えばフィンランドのノキアやスウェーデンのエリクソンが圧倒的なトップシェアで、誰もこれを覆せないだろうと思われていました。それがたった7~8年で米アップルや韓国サムスン電子に取って代わられてしまいました。

 スマートフォンが台頭し部品のモジュール化が進む中、材料に強みを出せる領域が狭まってきたことから、携帯用部品は撤退に向けて大幅なリストラを実施しました。

 ただ鳥取工場から学んだことは大きかった。IT(情報技術)はドッグイヤーと言われますが、実はこれは周期の長い製品でも同じことなのです。特殊鋼が伸びない間を支えたのはブラウン管テレビ用のシャドーマスク材という部材でした。でもそれが今やゼロ。液晶テレビ用のスパッタリングターゲット材がそれに取って代わりました。周期が長いだけで、ぐっと縮めれば浮き沈みは同じ。

 むしろITの場合は1回表にやられても裏で返せばいいとなりますが、周期の長い製品は方向転換を間違えると後戻りが困難です。こうしたことを意識させてくれたのが鳥取での経験でした。時代の要請と企業体力に応じてどう設備投資をするか。周期的な景気循環が崩れた現代、最も難しい問題です。(談)

日経ビジネス2014年1月27日号 98ページより目次

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