果たして、シリコンバレーは米国以外で再現できるのか。革新を生むエコシステム作りの模索が世界各地で続く。その本質は人の関係を密にする場作り。日本が目指すべき姿を探る。

起業に沸くフィンランド(SLUSHイベントの様子)(写真:Meeri Utti)

 「シリコンバレーに拠点を置かなくても、世界は変えられる」。フィンランドのヘルシンキに拠点を構えるスタートアップ、Supercell(スーパーセル)のイルッカ・パーナネンCEO(最高経営責任者)が発言すると、満員の会場が沸いた。昨年11月、ヘルシンキ郊外で開催された起業家向けイベント「SLUSH(スラッシュ)」。欧州全域から起業家や投資家など約1万人が参加した。フィンランド首相も出席した交流会の中で、ひときわ注目を集めたのがパーナネン氏だった。

 スーパーセルはタブレットやスマートフォン向けのソーシャルゲームを開発する。従業員は約130人だが、創業からわずか3年で売上高約105億円、最終利益で約40億円を叩き出す企業に成長した。将来性に目をつけたソフトバンクグループが2013年10月に約1500億円を出資。35歳ながらパーナネン氏は世界の注目を浴びる起業家の1人となった。

勃興するフィンランドの新産業

 シリコンバレーが誇る、イノベーションを生むエコシステム。同様の環境を構築しようと、「××版シリコンバレー」を目指す動きが世界各地で進んでいる。イスラエル、インド、シンガポール、英国。多くは政府が旗振り役となり新産業の育成を推進している。

 その中でも、スーパーセルをはじめ世界的なヒット作を連発する企業が次々と誕生しているのがヘルシンキだ。スーパーセル以外にも、スマホ向けアクションパズルゲーム「アングリーバード」をシリーズ累計で15億本以上配信したロビオ・エンターテイメントなどが世界にその名を知られている。

 調査会社ネオゲームによると、フィンランド国内のゲーム会社はここ2年間で90社から150社に増加。ゲーム産業の市場規模は約355億円と、3年前に比べて4倍に急成長している。シリコンバレーに近い、産業育成のエコシステムができつつある。

 こうした環境を構築できた要因は3つある。1つは、クラウドサービスの広がり。物理的な場所の概念が希薄になり、「どこで作っても、品質が良ければユーザーに支持される」とパーナネン氏は言う。

 次に、起業家出身の投資家が増えたこと。米マイクロソフトが買収したスカイプなど欧州からも成功企業が誕生している。その創業者らが投資ファンドを立ち上げ、資金を供給する側に回っている。起業経験を持つ投資家の目利きによって、質の高い企業に対してより多くの資金が流れ込んでいる。

 そして最も大きいのが、政府の支援である。フィンランドでは政府が新産業育成に重要な役割を果たしている。産業振興策を担うフィンランド技術庁は、スタートアップ支援の助成制度を用意し、年間約200億円を充てている。2013年は580社に投資。投資後も、成長段階に応じてマーケティング、財務、人材といった実務面を指導し、成長を促す。いわば1章で見たアクセラレーターのような役割を果たしているのだ。スーパーセルも、創業期に出資を受けた1社だ。フィンランドのユルキ・カタイネン首相は「新産業は着実に育っている」と胸を張る。

 実を結びつつあるフィンランド政府の取り組みから言えることは2つある。1つは、産業の新陳代謝を積極的に促す姿勢の重要性だ。

 フィンランドの産業育成は、政府の危機感が強力な動機となっている。フィンランドと聞いて、多くの人が思い浮かべるのは、世界の携帯電話市場を席巻したノキアだろう。2000年のピーク時にはノキアの売上高がフィンランドGDP(国内総生産)の約4%を占めていたほど。国内経済をノキア1社に依存する構図が続いていたが、不振が続く今はその関係に異変が起きている。この環境変化が、ノキアに代わる新産業育成に政府を駆り立てている。

 もう1つは、試行錯誤の努力を続けることの重要性だ。フィンランド政府のスタートアップ支援は20年以上の歴史がある。その過程では、失敗もあった。例えば、助成金制度は当初、投資先を役人が選定していた。しかし、起業経験のない役人には有望な事業が分からない。思い切って方針転換し、起業経験者を多数採用して担当者に据えた。

 翻って日本政府。果たして、フィンランドのように、シリコンバレーの生態系を作れるのだろうか。安倍晋三首相は昨年打ち出した成長戦略で、スタートアップを支援する方針を明記した。1年間に新たに誕生する企業数を全企業で割った開業率を、現在の5%程度から英米並みの10%台に引き上げる目標を掲げる。ベンチャーキャピタルへの投資も税制面で後押しする。

 上のチャートは、米コンサルティング会社プラスエイトスターの調査分析である。同社によれば、シリコンバレーの生態系は市場、資本、人材、企業文化、通信インフラ、規制緩和に分解できるという。すなわち、これらの要素がイノベーションを生む環境を左右すると言い換えていい。米国は各要素がバランスよく揃っている一方、日本は通信インフラ以外は、米国に比べて見劣りする。

 ただし、これらの要素が分かったとしても、生態系を人為的に作るのは難しい。「政府主導で日本版シリコンバレーを作ろうという構想は過去何度も提唱されたが、一度も実現したためしがない。“お上”主導の発想では作れない」と政策研究大学院大学の黒川清教授は言う。

 ではどうすればいいのか。端的に言えば、政府は、イノベーションを促進する舞台作りに徹することだ。例えば、移民制度を見直す。シリコンバレーの活力の源泉とも言える「多様性」を日本で促進するには、優秀な人材を国外から受け入れられるようにすることが不可欠だ。

 政府が投資ファンドを設立するにしても、すべてを役人が担う必要はない。起業家支援事業を展開するMOVIDA JAPANの孫泰蔵氏は「目利きの役割は経験のある民間ファンドに任せ、政府は相応額を拠出するなど分担してはどうか」と言う。

 企業買収に伴う「のれん代」の償却負担をなくす、もしくは軽減することも重要だ。「米国では、起業した会社を大手に売却してエグジットするのが一般的。起業家が次々と会社を興せるのも、それを次々と買う会社があるから」とグリーインターナショナルの青柳直樹CEOは言う。米国でM&A(合併・買収)が活発なのは、のれん代の償却負担がないことが大きい。青柳氏は「日本の会計基準も償却負担をなくすべき」と提言する。

(写真:1・2:Getty Images、3:Bloomberg via Getty Images、5・6:Koichiro Hayashi)

ワイガヤの場を作れ

 「舞台作りが大事」という考えは、イノベーションを生み出そうとする企業のマネジメントにも同様に当てはめられる。上の図は、これまでに紹介した事例や、その他の取材から、この「舞台」に求められる6つの要素をまとめたものだ。

 真っ先に挙げられるのは、異なる価値観の人間が集う、いわゆるワイガヤの場を作ること。米セールスフォース・ドットコムのマーク・ベニオフCEOが指摘するように、シリコンバレーの活力は、様々な背景を持った人材が集っていることにある。多様な人材が会話し、関係を密にする中からイノベーションが生まれる。

 デジタルガレージの林郁CEOは「シリコンバレーには異なる背景を持つ人材が集まり、互いに違いを認め、新しい発想を得る」と言う。例えば4章で見たニフティは積極的にシリコンバレーに社員を送り込み、異質な人材が交わる環境を体験させている。

 アイデアをすぐに形にできる環境もイノベーションの大切な要素だ。米テスラ・モーターズのイーロン・マスク氏が指摘するように、まず形で見せるのがシリコンバレー流。その回数は多ければ多いほど成功の確率が上がる。すなわち、米フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEOが言う「完璧を目指すよりまず終わらせる」スピード重視の姿勢が重要になる。

 革新を生むのは、明確な意思を持つ能動的な人間だ。彼らに機会と活躍の場を与える。「自分が作りたいものを持っている人にチャンスが集まるのがシリコンバレー」。ベンチャーキャピタル、ワサビ・ベンチャーズ共同創業者のクリス・ヤー氏は言う。

 何度でも挑戦の機会を与えることも大事だ。日本では一度起業に失敗すると次のチャンスはめったに巡ってこない。だが、シリコンバレーでは逆。スタンフォード大学などで起業家教育を担当するスティーブ・ブランク氏は「失敗の数と経験は比例する。失敗したことがない起業家は評価しない」と言う。最後は、楽観的になれる環境。駐日米大使を務めたジョン・ルース氏は「シリコンバレーの起業家はみな、自分が世界を変えられると本気で信じている」と語る。

 いずれの要素にも通じるのは、人と人の交流が起点であるという事実だ。興味深いのは、シリコンバレーのネット企業が、どこか日本的とも言える施策を充実させていること。グーグルは無料の社員食堂を設置し、フェイスブックは社員寮を用意した。スクエアに至っては運動会を開催している。

 イノベーションは人と人の会話の中から生まれる。シリコンバレーの本質は、意外にも日本企業が忘れてしまった過去の施策の中にある。

日経ビジネス2014年1月20日号 42~45ページより

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