先進各国の経済はいまだに危機前の水準まで回復しておらず、2014年も見通しは暗い。米国だけ失業率が低下し、製造業に回復の兆しはあるが、長期失業者問題に解決策は見えない。米国でも大半の労働者にとって回復は別の世界の話だ。

ジョセフ・スティグリッツ氏
1943年米国生まれ。米アマースト大学卒、67年米マサチューセッツ工科大学で経済博士号取得。95~97年クリントン政権で大統領経済諮問委員会委員長、97~2000年世界銀行のチーフエコノミスト。2001年にノーベル経済学賞受賞。現在は米コロンビア大学経済学部教授。2011年に米誌「タイム」の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれる。『世界の99%を貧困にする経済』など著書多数。

 経済学は、しばしば「陰鬱な学問」と呼ばれる。この約5年、先進国の経済はまさに陰鬱だった。残念だが、2014年も救いはほとんど訪れそうにない。

危機前の水準を回復できず

 国民1人当たりの実質GDP(国内総生産、インフレ調整済み)で見ると、フランス、ギリシャ、イタリア、スペイン、英国、米国で、リーマンショック以前の水準を下回っている。ギリシャの例で言えば、1人当たりGDPが2008年以降25%近く減少した。

 例外もわずかながらある。日本経済は安倍晋三内閣のもと、20年以上に及ぶ停滞を抜け出しつつあるように見える。しかし、1990年代に始まったデフレの負の遺産を清算するには、まだ長い道のりが必要だ。

 ドイツの2012年の1人当たり実質GDPは、2007年より高かった。だが、5年間で3.9%という伸び率は、自慢できる数字ではない。

 そのほかの国の経済は、陰鬱以外の何物でもない。ユーロ圏の失業率は高止まりし、米国の長期失業率は今も景気後退前の水準をはるかに上回る。

出所:欧州連合(EU)統計局(Eurostat)

 欧州では2014年に成長の回復が期待できるとはいえ、わずかだ。国際通貨基金(IMF)は、ユーロ圏のGDPの伸びを1%と予測する。

 しかも、IMFの予測は楽観的すぎることが、これまで何度もあった。IMFはユーロ圏の2013年の成長を0.2%と予測していたが、実際には0.4%のマイナスになりそうだ。また米国の成長率も2.1%に達すると予測していたが、今のところ1.6%程度の見通しだ。

 欧州の指導者らは緊縮政策にこだわり、ユーロ圏の制度設計の欠陥に起因する構造的な問題には悠長な姿勢でしか取り組んでいない。これでは欧州大陸の見通しが暗くなるのも当然だ。

 一方、米国には、控えめながら楽観視できる理由がある。2013年7~9月期の修正済み実質GDPは、年率換算で1.4%の伸びを示した。また、11月の失業率は、ついに7%まで低下した。5年ぶりの低水準だ。

 住宅バブル期に膨らんだ建物の過剰分は、この5年間、建設が手控えられたおかげでほぼ解消した。

 さらに米国では、シェールエネルギーの開発で莫大な埋蔵資源が出現、エネルギーの自給自足という長年追い求めてきた目標に近づいた。天然ガスも記録的な低価格で、米国製造業の復活に光が差し始めた。好調なハイテク分野は、世界の羨望の的となっている。

米新規雇用は低賃金ばかり

 何より重要なのは、米国の政治プロセスがわずかながら正常化してきたことだ。2013年の経済成長率は、米連邦政府の強制歳出削減により、本来の成長率より1.75ポイントも抑えられた。2014年も自動的に歳出削減は続くが、これほど厳しい形にはならないはずだ。

 しかも、長期的に財政赤字をもたらす主因である医療費の支出見通しは抑えられた。連邦議会予算局によると、メディケアとメディケイド(それぞれ高齢者と低所得者に対する医療補助)に対する2020年の支出は、2010年に出された予測水準よりも15%ほど低くなりそうだという。

 米国経済は2014年に急速に成長し、労働人口の拡大を上回る雇用を生み出す可能性がある。その可能性は高いとさえ言える。少なくとも、フルタイムの仕事を求めながら見つけられずにいる膨大な失業者数(約2200万人)は減少するはずだ。

 しかし、喜んでばかりはいられない。現在生み出されつつある雇用のうち、あまりに多くが低賃金の雇用なのだ。所得の中央値は低下の一途をたどり、大半の米国人にとって、回復など存在しない。総所得の増加分の95%は、1%の最富裕層に流れてしまうのだから。

引導渡された米の長期失業者

 米国流の資本主義は、景気後退前から、大半の人々にとって適切に機能していなかった。今回の景気後退は、その不備をあらわにしたにすぎない。所得(インフレ調整済み)の中央値は、4半世紀前の1989年よりも低い。男性労働者に限れば、40年前と比べても低い水準だ。

 米国では、長期失業率の問題が顕在化している。米国は先進国の中でも失業保険制度が劣悪で、失業保険が通常26週間しか出ないことが、状況を悪化させている。27週間以上の長期失業者が、実に失業者の40%近くを占める。

 米議会は、景気後退の間、失業保険の給付期間を延長してきた。失業者が就職できないのは、求職活動をしていないからではなく、雇用がないせいだということを認めたうえでの対応だった。しかし、共和党議員は、失業保険制度を現状に合わせて調整することを拒否している。

米議会は昨年末、長期失業者に対する保険給付の延長措置を取らないままクリスマス休暇に入った(写真=AP/アフロ)

 議会は、昨年末で期限切れとなった失業保険給付延長措置の継続を決めないままクリスマス休暇に入った。これは、長期失業者に引導を渡したに等しい。2014年の始まりとともに、米国の約130万人の長期失業者は失業給付を失い、自力で何とかしろと放り出されたのだ。何というお年玉だろう。

 一方、米国の失業率がこれほど低下したのは、多くの労働者が労働力人口から抜け落ちたことが要因だ。労働力率(生産年齢人口に占める労働力人口=失業者を含む=の割合)は30年以上ぶりの低水準に落ち込んでいる。

 これは主に人口動態の影響だとする説明がある。生産年齢人口のうち、50歳以上の人が占める割合が上昇している。この年齢層は、若い層に比べて常に労働力率が低い。

労働者を使い捨てる米国経済

 これを踏まえると、問題が別の角度から見えてくる。米国経済は、労働者の再教育をないがしろにしてきたということだ。米国の労働者は、使い捨てにされている。技術と市場の変化についていけない者は、ぽいと捨てられるのだ。ただ、今が以前と違うのは、そうした労働者がもはやごく一部の特殊な例ではなくなっているということだ。

 こうした事態は、すべて回避することができる。こうなったのは経済政策の失敗と、社会政策の大失敗の結果だ。米国の社会政策は、最も貴重な資源である人材を無駄遣いし、使い捨てられた人々とその家族に多大な苦しみを与えている。彼らには働く意欲があるにもかかわらず、米国の経済システムは彼らを見捨てている。

 欧州の大不況は2014年も続く。米国の回復は最富裕層のものでしかない。こうして見ると、私も陰鬱にならざるを得ない。欧州でも米国でも、市場経済は大半の市民の期待に応えていないのだ。こんなことが一体、いつまで続くのだろうか。

国内独占掲載 : Joseph E. Stiglitz © Project Syndicate

日経ビジネス2014年1月20日号 90~91ページより目次

この記事はシリーズ「世界鳥瞰(2014年1月20日号)」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。