1977年6月、51歳の時に、勤めていた九州の百貨店を辞め、韓国に渡りました。「韓国に百貨店を作るので、秋山さんに来てほしい」。ロッテグループからこうした申し出があり、創業者の重光武雄さんにもお会いして、お世話になることを決めたのです。