今年7月、墨田区の岡野工業が国税局から所得隠しを指摘されたと一斉に報道された。同社は「痛くない注射針」の開発など高い技術力を持つ“日本一有名な町工場”。報道の直前、安倍首相が視察。成長戦略の好事例として演説でたびたび言及していた。

岡野 雅行(おかの・まさゆき)氏
1933年東京都生まれ。72年父親から家業を引き継ぎ東京都墨田区に金属加工の岡野工業を設立。「痛くない注射針」「リチウムイオン電池ケース」など独自部品を次々に開発。世界中に顧客を抱える。規模拡大をせず町工場にこだわり、自らを「代表社員」と名乗る。

(写真:大槻 純一)

 まあ、いろいろあったけれど、あれには俺もびっくりだよ。何せ4年前の話だからね。今年7月19日、所得隠しの件はどうなんだって、マスコミ各社がウチに押しかけてきたよ。

 プレス加工業の取引先に払った代金の一部を戻してもらったのは本当なんだけれど、脱税はしていないつもりだよ、俺はね。

取引先を助ける意図だった

 仕事を出す代わりに、後で手数料をバックしてもらうことは、この商売ではよくあることなんだけどね。取引先から「仕事が欲しい、仕事をさせてくれ」って頼まれたから「じゃあ、仕事を出してやるか」ってことになったんだよ。その会社は景気が悪かったんだ。かわいそうだから仕事をやってやったんだよ。

 ただ、それを帳簿につけていなかった。そこが問題だったんだな。

 俺はカネのことは社員任せなんだよ。仕事はどんどん来るからね。仕事だけやっていればいいと思っている。

 うちの兄弟に聞いてもらえれば分かるけど、俺は若い時うんと道楽していたんだよ。だからうちの親父もお袋も、「あいつにはカネを持たせるな」と言っていたんだよ。全部、使っちゃうからな。うちの嫁がカネの管理をすべてやれと。俺は仕事が好きだからさ、それで俺は管理していないんだな。

 もし、俺がやっていればこんなことにはならなかったと思うね。だけど、それでは世間に通らないからね。「社長が何でちゃんとカネの管理をやらないんだ」と言われるよ。

 だから税務署とは見解の違いはあったけどね、指摘されたことには従ってすぐに修正申告したよ。それから公認会計士を雇ってね。そのあたりはしっかりやろうということで。それももうかなり前の話だな。

 大体、4年前の話が突然出てくるのは、ちょっと変な話なんだよ。そう思わない? 誰がマスコミに話したのか聞いてみたい気はするけどな。ちょうど、参院議員選挙の直前だったからね。政治絡みの変な動きもあったんだと思うね。俺は良くも悪くもこの国の政治は自民党でないと動かせないと思っているからね。

 6月8日、安倍晋三首相がうちに視察に来たよね。安倍さんは成長戦略のために日本の中小企業の技術力を世界に広めたいって言っているからね。それから、麻生太郎・財務大臣に会った時にはね「いい帽子してますね」って話したら、後から俺の頭のサイズを聞かれてね。俺のために帽子を新調して送り届けてくれたんだよ。そんなこともあって、こんなことが起きたのかね。

 俺を陥れようと考えたのかな。ばかな考えだよ。そういうのは腕がねえやつ、頭の悪いやつの発想だよ。腕さえあればいくらだって稼げるんだよ。人ができない仕事をやるんだから。簡単にできない仕事をやるんだからさ。陥れようとしたって、俺は簡単には落ちないよ。

 実際、この件でほかの取引先から問い合わせが来るようなこともないしね。世界中の自動車メーカーなどから次々と仕事が入ってくるからね。

 まあ、俺にしてみれば、悪いことをしたとは思っていないんだよな。料金を払わないでごねたとかさ、相手に無理やり何かを強要したとか、そういうこともないしさ。その取引先は今でもうちの仕事をやっているんだから。

 うちは「痛くない注射針」で有名になったと嫉妬する人もいるよ。急に金持ちになっていい気になっているってね。

 ばか言っちゃいけないよ。うちは前からカネ持っていたんだよ。社員旅行はずっと海外だったんだよ。だけど最近は、海外はどこに行っても日本人だらけだからね。だったら、国内のリゾートホテルにしようとか、熱海に行こうかとか、そんな感じだよ。

技術力の高い町工場として知られる岡野工業(東京都墨田区)には安倍晋三首相など要人が多く訪れる。2006年には小泉純一郎元首相が訪問した(写真:時事)

高い技術力は健在

 最近、ロボットが進化して新興国でやれる仕事も出てきたけどね。まあ、20年かかって腕を磨いた職人の仕事とは比べものにならないよね。料亭と大衆食堂の料理くらい違うよね。見た目は似ているかもしれないけど。

 うちは例えるなら町医者みたいなもんだ。高い治療技術を持つ大学病院で不治の病だって言われ、医者にさじを投げられた人が、紹介状を持ってうちに来るようなもんさ。大企業にもロボットにも誰にもできないような仕事をやるんだから痛快だよな。

 俺ももう80歳だけどね。職人は60歳過ぎればあとは応用力の勝負。よく人に「岡野さんいつ勉強するの」って聞かれるけど、俺、勉強なんてしてないよ。大体、60代で勉強は終わったな。

 最近もちょっとしたアイデアが浮かんでね。詳しくは言えないけど、ここで使われている技術をこっちに使ったら全然変わっちゃうなと思うのがあるんだよ。メーカーがこれを取り入れたら、今までの製品はすぐに価値がなくなっちゃうだろうね。ただ、今の製品を作っているメーカーはそれで儲けているし、買う方もそれで満足しているから、新たに開発しようとはしなかったんだけれど、どこかのベンチャー企業がやり始めたらもうアウトだよな。

 今はファッション雑誌を見るといろいろなアイデアが浮かぶな。そんなの、全然関係ないと思うだろうけど、実は製品開発のヒントがいろいろあるんだよ。そんなこと普通の技術者は考えもしないだろうけどね。そこからヒントを頂いて「ああ、これはこうつながるんだな」などと応用するんだよ。

 大企業の技術者は60歳で辞めちゃうからね。本当はその先が応用の段階なのに、そうした発想はないわな。だから大企業には応用力がなく、長年やってそれで終わりになっちゃんだよ。

 だからね、頭というのは無限なんだよ。これでいいということはないんだよ。人と違うことやっているんだからね、うちでしかできないことがあるんだから、それができていれば仕事はどんどん来るからね。

 コンピューターとかいろいろ進化するだろうけどさ。コンピューターを使うのは人間であくまで道具だからね。基本がない職人が使ったってどうしようもないよね。

 いろいろなところにごますってないで、変わり者にならないとダメだよね。みんなに好かれようなんて思っているからダメなんだ。俺に言わせると気に入った人に好かれれば後は関係ない。

 俺もあと、5年生きればいいと思っているけどね。まあ、何年も前からそんなこと言っているから、まだまだ長生きするかもしれないけどね。

 将来、花開くだろうアイデアがどんどん生まれているよ。やっぱり、俺は仕事が好きだからね。これからもいろいろやっていきますよ。

日経ビジネス2013年12月23日号 24~25ページより目次

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