様々な革新を生むドイツ企業の強さの秘密は、3つの共通点に集約できる。「自主独立」の提案力、モノ作りの「全体最適」、「脱・タコツボ」の産官学連携だ。ドイツ流イノベーションの神髄を、ボッシュ、DMG森精機、フラウンホーファーに学ぶ。

ボッシュが建設中の新たな中央研究所。各分野の技術者を集約し研究開発に磨きをかける(写真:永川 智子)

 ダイムラーやポルシェが本社を構える独シュツットガルトの郊外に、巨大な建造物がいくつも姿を現そうとしている。自動車部品の世界首位、ロバート・ボッシュの新たな中央研究所だ。

 2010年12月、ユーロ危機の最中に、ボッシュはナチス政権時代の飛行場跡地の一部を取得した。分散していた中央研究所の機能を集約するためだ。

出所:米自動車専門誌「Automotive News」の「Top 100 global OEM parts suppliers」にランクインしたドイツ、日本の企業数を数えた。「上場企業」には親会社が上場している場合を含んだ

 投資額は総額3億1000万ユーロ(約434億円)。2014年末の完成後は、自動車から半導体まで分野ごとに分かれる14の研究・実験棟で、合計で1200人以上が研究活動に従事する予定だ。

 ボッシュは2012年、連結売上高の9.1%に当たる48億ユーロ(約6720億円)をR&D(研究開発)に投じた。米グーグルと肩を並べ、ライバルのデンソーの1.7倍の金額だ(欧州委員会調べ)。ボッシュは、昨年の特許出願数でフォルクスワーゲン(VW)を、国際特許の出願数でもトヨタ自動車を上回る。

 4万2800人を抱えるR&D部門のトップを兼ねるフォルクマル・デナー社長は、「イノベーションこそボッシュのDNA」と言う。その背景には「自主独立」の経営哲学がある。

 例えばデンソーはトヨタが株式の22.3%を所有する上場企業。一方、ボッシュは株式の92%を創業者由来の財団が、7%をボッシュ家が所有する非上場企業。自動車メーカーとの資本関係は一切ない。

 系列取引に頼れない分、未来の技術動向を予測し、顧客に選ばれる製品を生み出さなければならない。だからこそ、先行開発に注力するのだ。

業界標準を自分で作り、売る

 世界のトレンドに合った製品を開発するために、中立の立場を利用して情報収集に力を注ぐ。その情報を基に、顧客間で共通するニーズを見いだし、先回りして開発する。こうして技術・製品のロードマップを作り、自動車メーカーに対して「未来」を売り込む。軌道修正もするが、最終的にはボッシュのビジョンが業界標準になるように自ら仕向けていく。

 独コンサルティング会社ローランド・ベルガーの長島聡シニアパートナーは「ドイツのサプライヤーは、顧客に対する自らのビジョンの“刷り込み”がうまい。それは、系列に頼ってきた日本勢が苦手とするところだ」と話す。

 現在、この自主独立経営に追い風が吹いている。ボッシュのディーゼルシステム事業部長のマルクス・ハイン氏は、「ドイツの自動車メーカーは部品メーカーを対等の立場と考え、提案を受けて入れてきた。この関係が世界でも主流になりつつある」と話す。

 環境や安全分野の開発に巨額の投資が必要となる中、自動車メーカーだけで将来を見通すことは不可能だ。ホンダなど日本の自動車メーカーも、提案力の高い欧米の大手部品メーカーとの取引を拡大する方針を示している。

 ボッシュはHV(ハイブリッド車)やEV(電気自動車)の分野でも、顧客への刷り込みに余念がない。トヨタのHVが2つのモーターを使うシステムであるのに対し、ボッシュはモーターが1つの技術を開発。それが今、欧州では業界標準となっている。コストを抑えつつ、欧州の消費者が好むスポーティーな走りを実現できるからだ。HVで日本勢に出遅れたボッシュだが、持ち前の提案力で巻き返している。

 非上場で財団所有による企業統治は、大企業としてはユニークに見える。しかし、ドイツではむしろ一般的だ。米自動車情報誌「オートモーティブ・ニュース」が作る世界の自動車部品メーカー売上高トップ100ランキングに入る日独メーカーのうち、上場企業の割合はドイツでは32%(19社中6社)にすぎない。日本では同93%(28社中26社)と逆の傾向にある。

 しかも、ドイツでは非上場企業の株式の大半を財団や創業家などファミリーが所有するケースが多い。一方、日本では自動車メーカーが大株主に名を連ねる系列企業が多い。ドイツと日本では経営哲学が大きく異なるわけだ。

 ドイツに非上場の大企業が多いのは、外部の投資家からの圧力にさらされるより、創業家など一族による安定した経営を好む傾向が強いからだ。

 もちろん、そこには弊害もある。資金の使途などが不透明になりがちだ。そのため、ドイツでは監査役会や取締役会のメンバーに外部から経営のプロを招くなどして、透明性を高める努力をしている企業も多い。

 ボッシュの財団所有という形態も、創業者の他界に際し、残された幹部が事業継続に最適な方法を考えた結果、生まれた。ドイツ企業の強さの1つは、自主独立という経営哲学を背景にした組織の自己変革力にもありそうだ。

 今年10月、工作機械大手の森精機製作所が、社名を「DMG森精機」に変更した。「DMG」ブランドで事業展開する独ギルデマイスターとの資本提携強化を機に、両社の社名を統一した。

 日独連合の狙いを森雅彦社長はこう説明する。「DMGは企画から設計、マーケティングまで全体最適の考え方が徹底している。それを日本の組織にも植えつけていきたい」。

 ドイツに学ぼうとしていることは何か。そのヒントは、南ドイツのフロンテンにあった。現地にあるDMG側の子会社デッケル・マホの本社工場では、車体プレス機用の金型製作に使われる大型工作機械などを製造している。最大の顧客はVWだ。

 デッケル・マホは、5軸制御で複雑な切削加工ができる工作機械で世界をリードしてきた。その先進技術だけではなく、設計手法にこそ日本が学ぼうとするドイツ流モノ作りの神髄がある。プラットフォーム戦略を進めるVWと同様、デッケル・マホも「全体最適」を目指すモノ作りに長けているのである。

 デッケル・マホは1990年代初頭から、標準化した部品を、共通のプラットフォームの上で組み合わせる設計手法に取り組んできた。90年代、ドイツが「欧州の病人」と呼ばれた時期に経営難に陥っていた同社が、苦境から脱出する原動力となった。

ドイツ南部にあるDMG森精機の子会社デッケル・マホでは、プラットフォームを駆使した全体最適のモノ作りが根づいている

工作機械でもモジュール戦略

 工作機械は、自動車から航空機、重電、医療機器など多様な顧客ごとのカスタマイズが求められる。その都度設計し直していては、時間やコストが大幅にかかってしまう。

 このジレンマを解消したのが、プラットフォーム化だった。切削工具を取りつける回転軸や切削する素材を載せる回転テーブルなどの部品を機能ごとに標準化して、それらを自在に組み合わせて製品を作れるようにした。現在は、機能ごとに部品群を10種類に分け、それらを組み合わせて50種類の製品を製造している。基幹部品である回転軸や回転テーブルは内製だが、標準化が進んだことで、そのほかの部品の多くは外部から調達している。

 プラットフォームの設計や部品の標準化には時間とコストがかかる。それでも、一度決めたルールに厳格に従うことで、個別の製品開発を効率化できる。DMG森精機では、これまで60種類もあった主軸を10種類以下に絞るといった取り組みを始めている。

 森社長は「日本では何でも内製するために、結果として部品の種類が増えてしまっていた」と振り返る。部品の種類が増えて製品が複雑化しても、現場の「カイゼン」やベテラン技能者によるセル生産などで対応できた。しかし、海外でもこうした「日本流」が効率的とは限らない。

 DMG側のクリスチャン・トーネス開発担当取締役は、「カイゼンが得意な日本と(全体的なアプローチによる)技術革新が得意なドイツが手を組めば、さらに強くなれる」と、両社の協業に期待をかける。

 昨年12月、ドイツで3年間にわたって続いてきた、ある大型研究プロジェクトが終了した。環境に配慮したクルマの車体生産の研究である。VWやダイムラー、デッケル・マホなどの大企業のほか、数多くの中小企業を含む60社以上が参加した。プロジェクトの総額3000万ユーロ(約42億円)の半分をドイツ政府が支援し、残りは民間企業が拠出した。VWとダイムラーに並び旗振り役となったのが、フラウンホーファー研究所。欧州最大の研究機関である。

 フラウンホーファーはドイツに66の研究施設を持ち、2万2000人の従業員を抱える。それらの拠点は、各地域で産業集積(クラスター)の中核的な役割を果たしている。

 研究分野は自動車から素材、情報通信、バイオ、化学など多岐にわたり、年間研究予算は22億ユーロ(約3080億円)。仏ルノーやオランダのフィリップスの研究開発費を上回る。日本の政府系研究機関、産業技術総合研究所の年間予算の約4倍である。

 このフラウンホーファーが、ドイツ企業の技術革新を陰で支えている。

 ドイツには、連邦政府が資金拠出する主な政府系の研究所が4つある。その中で、予算に占める政府資金の割合はフラウンホーファーが3分の1以下で最も低い。ちなみに、基礎研究分野のマックス・プランク研究所ではその割合は9割以上にもなる。

 政府だけに頼らない理由をフラウンホーファーのライムンド・ノイゲバウアー総裁は、「先端研究の成果を産業界に移転することが使命だからだ」と語る。フラウンホーファーの研究予算の3分の1は、民間企業からの研究委託が占める。残りの3分の1も民間企業が参加する公的プロジェクトだ。政府からの資金は民間からの委託が多くなるほど増額されるので、民間へ技術移転を促そうとする行動原理が働く。

 ドイツでは、産業界と学術界を隔てる敷居が低く、「産学連携」が活発だ。フラウンホーファーは「官」の出先機関として「学」と「産」の橋渡しを担う。毎年、研究者の8%を産業界に転出させる一方、不足分は博士課程を修了した学生や教授などを採用する。

大学が年収2800万円提示

 「学」と「産」の連携はフラウンホーファー経由にとどまらない。ドイツの大学も産業界と深く結びついている。

 例えば、ミュンヘン工科大学(TUM)では、学外から獲得した年間研究資金2億8000万ユーロ(約392億円)の約半分が産業界から集めたものだ。さらに、工学部の約260人の教授のうち4~5割は民間企業出身である。例えば、EVの研究部門を統括しているリエン・カンプ教授はVW出身。カンプ教授は「研究者としての自由度が大きい」と大学に移籍した理由を説明する。

 だが、研究の自由度だけでは優秀な人材は集まらない。教授として企業から採用するのは、40~50代の部門長クラスの研究者が多い。優秀な人材の採用には年間給与で最低でも20万ユーロ(約2800万円)は提示する必要があるという。

 そもそもドイツでは、博士号取得後は大学を出て、民間企業や国際的な研究機関に就職するのが一般的だ。教授に向かうキャリアパスとして、大学外での実績が求められる。一方、日本の大学では博士号取得後、助手、准教授、教授といった具合に内部昇格していく以外のルートは限られる。そのため、産業界との人材の流動性が極めて低い。

 ドイツでは企業や業界の垣根を越えた共同研究プロジェクトがスムーズに進む。それも、このような研究者の高い流動性があるためだ。そのうえでコーディネーターとしてのフラウンホーファーや大学が機能する。TUMのウォルフガング・ヘルマン学長は「産学連携を通じて、大学も企業も、最先端の科学的手法を実践的な問題に適用する機会を得ている。これが、ドイツ産業界の成功の秘密だ」と強調する。

*    *    *

 「自主独立」「全体最適」「脱・タコツボ」の3つから浮かび上がるのは、多様な情報を集め、分析し、進むべき道を自ら決断しているドイツの産業の自律性の高さだ。対する日本企業は現場の力に頼った部分最適の経営に陥りがちだ。グローバル化や技術の多様化が進み市場の未来を予測することが難しくなる中、「木を見て森を見ず」で道を誤るのを避けるためにも、ドイツの企業経営や産業政策は参考になる。

日経ビジネス2013年12月23日号 42~46ページより

この記事はシリーズ「特集 強さの秘密 ドイツ」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。