フォルクスワーゲンがクルマ作りに「第4の波」を起こそうとしている。トヨタ自動車を抜き、競争のルールを変えるため周到に準備してきたモジュール戦略。開発担当のキーパーソンたちが、その核心を明かす。

新たな開発手法を導入したフォルクスワーゲンの「ゴルフ」。トヨタ自動車を抜き世界トップを目指すための最重要モデルだ(写真:picture alliance/アフロ)

 「クルマとしての完成度では、完全に差をつけられてしまっている。総力を挙げて分析しているが、その理由がよく分からない」。トヨタ自動車のある開発幹部は、そう打ち明ける。日本のモノ作りを牽引してきたトヨタを動揺させたクルマ。それが、フォルクスワーゲン(VW)の「ゴルフ」である。

 ゴルフは、VWが1974年に発売してから累計で3000万台以上を販売してきた大衆車だ。昨秋、欧州を皮切りに第7世代となるゴルフを発売した。価格を抑えながら衝突回避支援機能など最新技術を数多く用意し、その性能や品質は世界で高く評価されている。日本でも輸入車として初の「カー・オブ・ザ・イヤー」を受賞した。

 VWは、2018年までに年間販売台数1000万台を達成し、世界のトップに立つ計画を掲げる。一方、ライバルのトヨタは今年度、一足先に1000万台の壁を破ろうとしている。

注:フォルクスワーゲンは12月期決算。トヨタ自動車は3月期決算

「ゲーム・チェンジャー」の座を狙う

 追う立場にあるVWにとって、ゴルフは極めて重要なモデルだ。同社は、ゴルフを武器に、自動車業界の競争ルールを変える「ゲーム・チェンジャー」となろうと執念を燃やす。そのためには、トヨタを上回る「数」もいる。

 このゲームに勝つために、VWは約20年にわたって試行錯誤を重ねて進化させてきたドイツ流モノ作りの粋を、ゴルフに詰め込んだ。その神髄とは何か。VWの開発担当取締役、ハインツ-ヤーコブ・ノイサー氏に聞くと、「プラットフォーム戦略だ」と言い切った。

 それは、基本的なクルマの構造=プラットフォームを複数の車種で共有する戦略のこと。一般的には、エンジンなどを載せるクルマの「車台」をプラットフォームと呼ぶ。車台を共有化してコスト削減を狙う手法は、既に広く採用されている。

 このプラットフォームの概念を、VWはゴルフで一気に飛躍させた。クルマのサイズ別だったプラットフォームを、サイズが違う多くの車種で共有できるように、クルマの構造を根本的に見直したのである。プラットフォームを「車台」ではなく、クルマを機能や部位ごとに分けた部品の集まり「モジュール」として再定義。ブロック玩具の「レゴ」のように、モジュールの組み合わせを変えれば多様なクルマを作れるようにしたのだ。

 「MQB」。それが新プラットフォームの名前だ。MQBはゴルフだけではなく、小型車「ポロ」から中型セダン「パサート」、グループ傘下のアウディやシュコダ、セアトなどの車種にも使う。車種もハッチバックからバン、SUV(多目的スポーツ車)まで対応する。

 このMQBをベースに、VWは2016年までに400万台、2018年までに40車種以上を生産する計画だ。同一プラットフォームでの生産台数としては、自動車の歴史上、最大の規模となる。

 ライバルは慌てた。日産自動車と仏ルノーが「CMF(コモン・モジュール・ファミリー)」、トヨタが「TNGA(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)」というプロジェクトを立ち上げたのだ。VW同様、モジュール化による部品共通化と開発効率化を狙う。

 独ベルギッシュ・グラートバッハ応用科学大学自動車研究センターのシュテファン・ブラツェル教授は、「世界の自動車メーカーはVWをベンチマークにモジュール化へと動き出した」と話す。その中でも、トヨタは開発担当の加藤光久副社長が「会社を作り直す覚悟でやれ」と檄を飛ばすなど、焦りも見える。何がトヨタを追い詰めるのか。

 VWが仕掛けるモジュール化が、従来の車台共有化のようなコスト削減を狙うだけの手法なら脅威ではない。その先には、トヨタ的な、言い換えれば日本的なモノ作りの「勝利の方程式」を覆そうという意図があるのだ。

 VWのノイサー氏は打ち明ける。

 「最大の狙いは、複雑化する顧客や市場からの要求に柔軟に対応できる体制を構築すること。コスト削減はほかの手法でもできる話だ」

「すり合わせ」から「組み合わせ」へ

 これまで、部品点数が多く構造が複雑なクルマは、「すり合わせ型」の開発が適しているとされてきた。車種ごとに部品を設計し、相互に調整し合いながら性能を最大限に引き出す手法だ。

 それには、調整能力の高い現場が密接にコミュニケーションを取り合い、細かな改善を積み重ねる日本型の組織が適していた。情報共有と連携がスムーズな系列部品メーカーの存在も強みになる。

 だが、事業環境の複雑化が想定以上に進んだことで、従来型の開発方法では対応しきれなくなっている。例えばエンジン技術。ガソリンとディーゼルの2種類から、今ではHV(ハイブリッド車)やPHV(プラグイン・ハイブリッド車)、EV(電気自動車)、CNG(圧縮天然ガス)車、エタノール車、そしてFCV(燃料電池車)まで登場した。

 市場のグローバル化も複雑化を加速させる要因だ。先進国とは消費者の嗜好が異なる新興国市場が台頭している。さらに、消費者が求める価値の重心が、馬力や頑丈さなどの「ハード」から、衝突防止機能や自動運転などの「ソフト」へと移りつつある。

 コンピューターの進化でシミュレーション技術などが発達し、効率的に良い製品が作れる環境が整いつつあるという要因もある。デジタル製品などで起こっている、モジュール化による「組み合せ型」の開発への移行が迫られているのだ。東北大学大学院経済学研究科の柴田友厚教授は、「製品や事業が成熟すれば、おのずとモジュール化へと進化する。自動車業界も例外ではない」と話す。

 こうした変化の中にあっても、日本の自動車メーカーは過去の成功体験があるあまり、すり合わせ型開発への依存度を下げられないでいた。そこに、いち早くモジュール化へと舵を切ったVWが優れた製品を出し始め、トヨタなどを慌てさせたという構図である。

 日本勢が陥った成功の罠とは無縁だったVWは、環境変化にいち早く対応し、新たなルール作りへと動き始めた。現在のモジュール化の源流に当たる、共通の車台を使ったプラットフォーム戦略を世界に先駆けて導入したのは1990年代初頭。当時のドイツは東西ドイツの統合特需が去り、強い労働組合を背景とした高コスト体質などがたたって苦境に陥っていた。それは、「ジャスト・イン・タイム」に代表される効率的なトヨタ生産方式に、世界の注目が集まり始めていた頃と重なる。

 立命館大学経営学部の山崎敏夫教授は、「日本勢よりも柔軟性のない最終組み立て工程の弱さを、設計のモジュール化で補おうとしたのではないか」とVWの戦略を分析する。つまり、生産というクルマ作りの「下流」に強い日本勢に対抗するため、設計や部品調達という「上流」からゲームのルールを変えようとしたのだ。

 プラットフォーム戦略の推進は、試行錯誤の連続だった。何を共通化し、何を差別化するのか、そのさじ加減が難しい。2000年代初頭には、VWの高級車「フェートン」が、大衆車と同じ鍵を使っていたことなどが批判を集めた。VWはこうした失敗から、クルマの個性を失わずに部品共通化を進めるためのノウハウを着々と蓄積してきた。

机上のデザインがそのまま走る

 現在のVWのモジュール化は2000年代前半、アウディの開発担当だったウルリッヒ・ハッケンベルク氏のアイデアに端を発する。それを当時アウディ社長だったマルティン・ヴィンターコーン氏が見いだし、まずアウディで実施。両者は2007年からそれぞれVWの開発担当取締役、VW社長へと昇進し、グループでモジュール戦略を全面展開することになった。

 今年7月から、古巣のアウディで開発トップに就任するとともに、VWグループ全体の技術開発統括も兼ねるハッケンベルク氏は「モジュール化は、巨大な開発陣を束ねる組織的ツールでもある」と話す。

 開発部門の人員数はグループ全体で4万人、VWで1万3000人、アウディで8000人にもなる。各社が勝手にクルマを開発しては、部品の設計がバラバラになりコストが増大する。傘下に12のブランドを持つVWグループにとって、モジュール化は求心力を高めるうえでも欠かせない。各車種の開発担当者は、独自部品が必要な場合、プラットフォームの構造設計部隊から承認を得なればならない。完全な中央集権的な開発体制である。

 モジュール化で最も変化したのが、エンジンの置き方だ。変速機や排気管などの位置に応じたエンジンの置き方は、MQBの対象車種で見れば約250通りから2通りに激減したという。

 モジュールの設計をエンジン開発の側から支えたのが、元VWのエンジン開発責任者ウォルフガング・ハッツ氏。現在、VWグループのポルシェで開発担当取締役を務めるハッツ氏は、「モジュール化のメリットは、エンジンの置き方が決まっていること。机上の設計通りにエンジンを載せれば、すぐに走る試作車ができる。開発負担が大幅に減った」と言う。

 このことは、環境規制への対応で威力を発揮する。環境規制は国や地域によって異なり、しかも頻繁に変わる。欧州では、CO2(二酸化炭素)排出規制が2~3年ごとに強化されており、その都度、対応を迫られている。ポルシェの研究開発投資の売上高比率は業界平均を上回る10%以上だが、それでも「モジュール化をしなければ対応するのは難しい」(ハッツ氏)。

 VWによれば、クルマの開発コストの約6割はエンジン回りに集中する。つまり、この部分の構造をグループ全体で標準化して、設計を変えずに多様なエンジンを搭載できるようにすれば、最も効果があるというわけだ。

 現在、VWグループは3つの主要プラットフォームを持つ。VWが開発する大衆車向けの「MQB」と、アウディが開発する高級車向けの「MLB」、そして、ポルシェが担うスポーツカー向けの「MSB」だ。ゴルフ7の発売でモジュール戦略の基本が固まったことで、今後はグループ全体でその効果を最大限に引き出す段階へと入る。

(写真3点:Hans Rudolf Oeser)

トヨタに学んだポルシェ

 VWはルールを変えゲームの主導権を握るため、時間をかけ周到に準備をしてきた。それは、生産分野にも及ぶ。

 6年前、VWはトヨタ生産方式にヒントを得た独自のリーン生産方式をグループ全体に導入した。そこに、モジュール化に対応した新たな生産方式を融合させようとしている。

 VWグループがトヨタ生産方式に生産の効率化を学び始めたのは、今から20年ほど前。きっかけは、当時、赤字を垂れ流して経営危機に陥っていたポルシェが、トヨタ生産方式の導入で奇跡的な復活を遂げたことだ。

 1993年、ポルシェの改革を託されて社長に就任したヴェンデリン・ヴィーデキング氏は、トヨタ生産方式の生みの親である大野耐一氏を支えたトヨタOB、岩田良樹氏らにコンサルティングを依頼。ドイツ企業として初めて、トヨタ生産方式を導入した。

独シュツットガルト郊外にあるポルシェの本社工場。トヨタ生産方式をドイツで初めて導入した(写真:Hans Rudolf Oeser)

 ヴィーデキング氏は著書の中で、岩田氏に「ポルシェは私たちから30年遅れている」と指摘されたと打ち明けている。トヨタとの差は、それほど大きかった。それでも、ジャスト・イン・タイムを導入して在庫を減らすなどして、3年後には黒字に転換した。

 それから20年が過ぎた現在、ポルシェはドイツでトヨタ生産方式の伝道師となっている。自社の改革のために設立した子会社ポルシェコンサルティングが、そのノウハウをVWグループだけではなく、航空会社などほかの産業にも提供している。

 だが、今でも本家トヨタには追いつけていない。当時のプロジェクトメンバーの1人で、現在、ポルシェコンサルティング社長を務めるエバーハルト・ヴァイブレン氏は、「一部の工場ではトヨタと肩を並べる水準に近づいたと思うが、日本は今もロールモデルだ」と打ち明ける。

 この差を詰め、そして追い抜くための武器。それがモジュール化だ。

 例えば、MQBで設計されたクルマでは、基本的な部品はグループ内で標準化されている。そのため工場でも、部品の流し方から組み立てロボット、設備のレイアウトまで標準化できる。理論的には、MQBで設計されたクルマなら世界中のどの工場でもそのまま生産できる。設計のモジュール化によって、需要に応じて車種を自在に変えられる極めて柔軟な生産体制を手に入れたのだ。

 この生産革新の陣頭指揮を執るのが、ポルシェの復活を導いた初代ポルシェコンサルティング社長で、現在はVWでグループの生産担当取締役を務めるミヒャエル・マハト氏である。マハト氏は、「工場を標準化することで、基本的に生産品質も世界で同じになる」と話す。人件費が安い中国の自動化率はまだドイツより低いが、人件費が上昇すれば工場のレイアウトなどを変えずに、そのまま人手をロボットに置き換えることも可能だという。

 11月、VWは2018年までの5年間で総額842億ユーロ(約11兆7880億円)を投資すると発表した。そのうち、634億ユーロ(約8兆8760億円)を工場や設備などに振り分ける。昨年の計画より1年当たりの投資金額は5億ユーロ(約700億円)減るが、ユーロ高の逆風もある中での強気の投資計画。そこには、入念に築き上げてきた開発・生産システムへの自信が見える。

クルマ作り「第4の波」は来るか

 米調査会社IHSオートモーティブのアナリスト、ティム・ウルクハルト氏は、「トヨタ生産方式を日本から学び、そこにプラットフォーム戦略というドイツ流のモデルを融合させたことが、今のVWの強さの背景にある」と見る。

 ゴルフの発売からまだ1年強。ライバルたちは、慎重にVWの動向を分析している。事実、モジュール化へと動き始めたトヨタは、VWの目指す方向とは微妙な距離を置く。同社の加藤副社長は、「VWのやり方を参考にしながら先回りしたい」と言う。

 モジュール化を進めても、最終的な商品の差別化には「すり合わせ」が決め手になると見ているからだ。中央集権的な開発体制のVWに対し、トヨタはモジュールの開発チームの役目を、あくまでも各モデルの開発責任者の支援だと位置づけている。

 トヨタは、TNGAで開発した最初の製品を2015年に投入する予定だ。VWグループのアウディが、モジュールで作ったクルマの生産を開始した2007年から8年遅れである。収益力で比較すれば、現状ではまだトヨタが勝る。直近の四半期の売上高営業利益率で両社を比較すると、トヨタが10%であるのに対し、VWは6%だ。

 モジュール化がVWの収益にどれほど貢献するかは未知数だが、「過去10年の自動車業界で最大のイノベーションの1つ」(独フラウンホーファーIPA研究所自動車部門長のイヴィツァ・コラリッチ氏)との評価は広く聞かれる。

 自動車産業の歴史には3つの転換点があった。ガソリン車の発明がクルマ革命の「第1の波」とすれば、大量生産を確立した「T型フォード」は「第2の波」、大量生産に柔軟性を加えたトヨタ生産方式が「第3の波」だろう。

 VWの仕掛けたモジュール化が成果を出し、ライバルたちもその流れに乗った時、それはクルマ作りの「第4の波」となる。今、自動車業界は、その歴史的転換点にある。

(写真中2点:Getty Images)
日経ビジネス2013年12月23日号 30~35ページより

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