(イラスト:岡田 丈)

 暖かい気候。プール付きのマンション。日本の半分以下の物価。 定年後は海外、中でも生活費の低い東南アジアへの移住生活を夢見る人も多い。日本の財政悪化を気にする若年層が、現地の銀行口座を開設し、資金を少しずつ海外に移す例も増えている。

 実際、利点もある。例えばマレーシア。日本とは租税協定を結んでおり、日本からの移住者には同国の税法が適用される。そしてマレーシアは年金への課税がない。つまり、移住者は年金をそのまま受け取ることができるのだ。日本の住民税もかからないので、不動産収入などを得ている人は節税メリットがより大きくなる。

 いいことずくめのように見えるが、意外な壁が立ちはだかるようになった。アベノミクスの原動力ともなっている円安だ。

 マレーシアではリタイア層向けに「MM2H」ビザがある。MM2Hは「マレーシア・マイ・セカンド・ホーム」の略。ビザの期間は10年で、更新もできる。取得要件も、かつてはハードルが高くなかった。35万リンギット(約1100万円)の流動資産と、月1万リンギット(約31万5000円)の収入だ。

 円高時代、1万リンギットは25万円ほど。この金額であれば、年金収入のほか、投資信託の配当収入などを加算すればクリアできる人は少なくない。だが、30万円を超えるとどうだろう。

円安が移住者の痛手に
アジア諸国・地域の長期滞在制度
国・地域期間更新主な条件
マレーシア10年35万リンギット(約1100万円)の資産と月額1万リンギット(約31万5000円)の年金
タイ1年年金月額6万5000バーツ(約20万円)など
インドネシア1年生活費として2500ドル(約25万円)の支払い能力を証明する年金証書あるいは銀行の残高証明
宿泊滞在施設の購入証明書あるいは賃貸物件の契約書
フィリピン永住年金受給者は、月1000ドル(約10万円、妻帯者)の年金と1万ドル(約100万円)の定期預金
台湾180日不可
(再申請は可能)
5万ドル(約500万円)以上の資産、年金の受け取りを証明する書類
出所:ロングステイ財団

 コンサルタントからも安易な移住に対しては懸念の声が上がる。JMマイセカンドホームコンサルタンシーの柴田夏男アドバイザーは「MM2Hビザの取得に四苦八苦する所得水準の人は、よほど好きか赴任歴があるなどの場合を除き、いきなりの移住は勧めない」と話す。賃貸物件を見ても、首都クアラルンプールで日本人が快適に住めそうな物件は月2500リンギット(7万9000円弱)が相場の下限。円安と物価高のダブルパンチで、家賃が円換算で10万円を超える物件も増えている。

 食費も日本食レストランを利用したりすればすぐに跳ね上がる。日本と同じ感覚で夫婦2人で普通に暮らせば、家賃込みで月15万~20万円ほどは見込む必要がある。この金額は、大まかにはタイやインドネシア、フィリピンなど、ほかの東南アジアの国々でも同じ水準だ。

健康保険が使えなくなる

 日本の住民票を抜いて非居住者になると、日本の健康保険を使うことができなくなる点にも注意が必要だ。海外では日本語が通じる病院そのものが多くなく、診療費も高い。「大まかに言って、保険適用となる日本の倍近くかかる」(柴田氏)。60歳以上の人が長期の医療保険に加入することも難しくなっている。

 快適な南国暮らしと健康面への備えを両立させるなら、「数カ月の短期滞在を繰り返すのが手っ取り早い」(ロングステイ財団の山田美鈴・主任研究員)。この場合、日本での生活の拠点が必要で、コスト面の優位性は大きく失われる。

海外での移住生活を案内するサイト。移住するのであれば、仲介する業者の選定にも細心の注意を払いたい

 つまり、①よほど現地での暮らしが好きで、生活水準も合わせられる②月30万円を上回るような十分な収入がある③短期滞在を繰り返す場合、日本での拠点がある――といったケースでなければ海外暮らしの利点は享受しにくい。そうでない場合、老後不安への処方箋にはなりにくいだろう。

日経ビジネス2013年12月9日号 42ページより

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