誰もが気になるのが、「自分は年金をちゃんと受け取ることができるのか?」という素朴な疑問だ。「今後20~30年で破綻する。持続は不可能」とする見方も多いが、実際はどうか。

 現在の制度は、2009年度の時点で約150兆円ある積立金を少しずつ取り崩しながら、約100年にわたって年金給付を続ける仕組みだ。今の計画では、2105年の時点で15兆円ほどの資金が残る計算となっている。


 ただ、この「制度の永続」にはいくつかの「仕掛け」が施されている。その1つが、年金額を経済状況に応じて自動的に抑制するマクロ経済スライドだ。特集の冒頭の表は、この仕組みが発動すると考えたうえで、手取り額を試算したものだ。

(イラスト:岡田 丈)

 経済情勢や人口の動向によるが、基本的に年金は減る公算が大きい。まずは、この事実を受け入れる必要がある。

 では、本当に2割減で止まるのか。もっとドラスチックな給付減が避けられないのではないか、という疑問が浮かぶのは当然のことだ。ここで、もう1つの前提が問われることになる。物価や賃金、運用利回りの見込みだ。

 下の表を見てほしい。年金制度の現状と先行きを検証するために、政府が2009年に作った経済の見込みだ。一見して分かる通り、「足元の前提」にはそれなりに控えめな数字が並んでいる。


(注:▲はマイナス 出所:厚生労働省)

 それでも、実際の経済は見通し通りには動かなかった。労働者の年収は上がらず、物価も長くマイナス圏で推移した。積立金が辛うじて2009年に立てた計画通りの残高を維持しているのは、ひとえにアベノミクスの恩恵を受け、運用成績が劇的に改善したからにほかならない。

 公的年金の運用利回りは2012年度に10%の大台に乗り、11兆円に上る運用益を稼ぎ出した。これにより、2011年度までに発生していた3兆円もの不足額を埋め合わせることができたのだ。今年度に入ってからも運用環境は悪くなく、特に日本株は11月に入り再び騰勢を強めている。これも年金財政に大きくプラスに働くだろう。

アベノミクスで小康状態

 アベノミクスに助けられ、年金制度は小康状態にあるように見える。だが、本当の試練はもう少し後に訪れる。恐らくは2020年東京五輪の熱狂が過ぎ去った2030~40年にかけてだろう。

 下のグラフの通り、年金の掛け金を払う被保険者数は減少ペースを速め、逆に受給者はピークを迎える。それなのに積立金が増えるのは2020年以降、賃金の上昇率を2.5%、運用利回りを4.1%と想定しているためだ。4.1%という利回りは、プロの投資の世界では際立って強気な数字ではない。しかし、本格的な人口減少社会を迎える中、2100年まで80年間にわたって、変わらずこの運用成績を残せるかは不透明だ。

(出所:厚生労働省)

 日本経済がデフレ脱却を果たし、日経平均株価4万円といったことが実現すれば、確かに年金問題は解消するだろう。ただ、一般には「楽観的すぎるとまでは言えないが、利回りなどの前提をいつまでも持続できると考えるのは強気」(東京大学の古川雅一・特任准教授)と考える専門家が多い。

 そうなると、やはり年金制度は破綻してしまうのか。結論を言えば、破綻することはないだろう。

 政府は5年に1度、年金制度の現状を検証し、その時点から約100年にわたる年金制度の青写真を描く。前回は2009年で、次回は2014年。ローリング方式で、その時々の財政、運用環境を基に数字を置き換えていく。つまり、その時点から100年間、持つように設計をする。だから、制度そのものの破綻はないという論法だ。

 一方、年金の給付額がどうなるかは分からない。支給する原資がなくなれば、現在のルールを見直してでも給付を減らすほかなくなってしまうだろう。1つ言えるのは、甘い見通しを持ったまま、問題を先送りするのは危険であるということだ。

 この秋から、物価の下落を反映せずに多めに支給していた年金(特例水準)を本来の水準に戻す作業が始まった。今、年金を受け取っている人たちからすれば、本来の水準よりわずか2.5%高いだけなのだから、できれば維持してほしいと考えるだろう。

 だが、これまでに多く払った年金は累計で7兆円に上る。この中には、現役の世代が支払ってきた掛け金が多く含まれる。問題先送りが、将来の年金受給世代に大きな負担を押しつけることになったのは間違いない。このようなことが繰り返されれば、次のような事態が起きることもあり得るのだ。


 203X年。年金制度の行き詰まりは誰の目にも明らかになっていた。

 積立金は100兆円ほど残ってはいるが、本来であればピークの200兆円に向かって積み上がっていくべき時期。なのに、逆に取り崩しが進んでしまっている。4000万人近い年金の給付を賄えるとは、到底思えない。

 なぜ、こんなことになってしまったのか。

 いくつかのボタンの掛け違いが重なったのだ。

 まず挙げられるのは市場運用の不振だ。年率4%ほどでの運用を目指していたが、実際には約2%台と、長期で見た平均的な水準にとどまった。わずか1%強の違いとはいえ、資金が巨額なだけに数十兆円規模で響いてしまっている。

 賃上げも期待していたほど進まなかった。目論見通り2.5%の昇給が実現していれば、賃金の一定割合となる年金掛け金も膨らんだはずだった。実際には消費増税を除けば1%台と、これも21世紀に入ってからの平均並みだった。つまり、政府が描いた青写真が甘かったのだ。

 そこに政治の無作為も重なった。5年に1度の財政検証のたびに積立金の状況は計画を下回り、年金の運営見直しが不可欠なのは明らかだった。しかし、貴重な票田である高齢者に痛みをもたらすのは政治的に大きなリスクだ。結果、運用や賃金が見通しを外れる中でも給付削減は遅れ、ついにはリカバリーが難しいところまで追いつめられたのだった――。

原資を増やせるか

(イラスト:岡田 丈)

 以上は年金を巡る未来の姿を予想したフィクションである。しかし、今後の年金改革の行方次第では、起こり得ない話ではない。このような状況に陥れば、冒頭で示した2割の減額では済まず、受給額はさらに大きく減るだろう。

 こうした事態が起こらないようにするためにも、年金財政の立て直しに向けた改革が急務だ。

 年金財政を立て直すには、結局、支給する年金の原資となる積立金を増やすか、もしくは給付を抑えるかの2つに1つしかない。

 積立金を増やす手っ取り早い方法は、保険料を引き上げることだ。しかし、国民年金の保険料と厚生年金の保険料率は2017年以降、固定されることが2004年の年金関連法改正で決まっている。

 そもそも、保険料を固定したのは、これまで年金財政が悪化するたびに保険料を引き上げてきた従来の改正の仕方を廃止して、年金不信を払拭するためだった。マクロ経済スライドなどの仕組みも、保険料固定を前提にしている。以前のように保険料を引き上げる仕組みに戻すとは考えにくい。また、保険料の引き上げは、今、保険料を払っている人だけが痛みを伴うもので、現在の受給者との格差が広がる。

 もう1つの方法は、日本経済を成長させ、運用利回りなどの経済条件を好転させて積立金を厚くすることだ。しかし、これについては達成への壁が高い。というのも、人口が減っていく国で高い経済成長率を維持するには、生産性をよほど高めなければならず、そのための策が必要だからだ。

 ならば移民を受け入れて人口を増やすのはどうか。すぐに実行に移すのは非現実的だろう。日本ではまだ移民を受け入れるべきかの議論が十分なされていないし、たとえ受け入れることを決めたとしても、規模の問題や移民の社会保障をどうするかなど、解決すべき課題が多すぎる。

 積立金を増やす2つの方法(保険料率アップ、日本経済の成長)は、どちらも難しそうだ。ならば給付抑制の選択肢に目を転じてみよう。

 まずは現在、政府が保証している所得代替率50%の要件を撤廃するのはどうだろうか。こちらも、政府は2004年に年金関連法で「約束」している。「やっぱりダメでした」とすぐに白旗を上げるとは考えにくい。

 残る方法は1つ。支給開始年齢の引き上げによる給付総額の抑制だ。こちらは現実味がある。実は、現在進んでいる年金改革は、まさに支給開始年齢に焦点が当てられようとしている。

 今年8月、内閣に設置された「社会保障制度改革国民会議」(以下国民会議)は、報告書を取りまとめた。その中では支給開始年齢の引き上げを「中長期の検討課題」とした。ただし、具体的な開始年齢などについては議論せず、先送りした。

8月、政府の社会保障国民会議は最終報告書を出した(写真:読売新聞/アフロ)

 国民会議でもう1つ、大きな検討課題として挙げられたのは、導入を決定したにもかかわらず、2009年以降1度も発動しなかったマクロ経済スライドの扱いだろう。マクロ経済スライドが発動しないと給付抑制が進まず、積立金の取り崩しが進んでいく。それを食い止めるためには、現在のようなデフレ状況下でもマクロ経済スライドが発動する策を出さねばならない。

懸念される先送りリスク

 2014年の財政検証を受けて検討すべき年金改革の主な課題は既に出揃っている。日本総合研究所の西沢和彦研究員も「改革についてすべきことははっきりしている。あとは政治がどう考えるかだ」と話す。懸念されるのは安倍晋三政権が何もせずに問題を先送りするリスクだ。

 給付抑制に対しては、高齢者を中心に大きな反発が出ることは間違いない。しかし、今ここで痛みを伴う改革を行わなければ、状況は悪化し、将来世代へのツケは膨らむばかりだ。

 来年の財政検証は、年金財政に注目が集まる5年に1度のイベントで、年金制度のあり方について議論を深める好機とも言える。この機会に安倍政権が現実を直視し、改革に向けてイニシアチブを取ることが、健全化への第一歩だろう。

年金用語解説
マクロ経済スライド
厚生年金の保険料率の引き上げは2017年度、平均給与の18.3%を上限に停止することが決まっている。保険料率の固定化で収入が限られる中、現役世代が減少し、受給者数が増えれば年金財政は悪化する。そこで、これまでの賃金や物価上昇に合わせた年金額改定の仕組みに加えて、現役世代の減少、引退世代の増加を勘案した給付抑制策が導入された。これがマクロ経済スライドだ。現行のマクロ経済スライドでは、年金は物価もしくは賃金上昇率から平均0.9%が差し引かれる。毎年およそ1~2%程度、受け取る年金額が減っていくイメージだ。
厚生年金と国民年金
国民年金は、20歳以上60歳未満すべての人が加入対象になる年金。それに対し、厚生年金は会社で働くサラリーマン、もしくは経営者の年金。厚生年金に加入していると、自動的に国民年金に加入していることになる。国民年金保険料は厚生年金保険料に含まれている。
特例水準
通常、年金額は物価変動率に合わせて改定される。2000年に初めて物価がマイナスになった際、本来ならば引き下げるべき年金額を政治的配慮により据え置いた。据え置きは3年間続いた。これにより、年金額は本来の物価水準よりも高い水準となり「特例水準」と呼ばれる。
所得代替率
将来受け取る年金の給付水準が、現役時代の平均収入の何割になるかを示す指標。政府は会社員と専業主婦の「モデル世帯」を例に、その夫婦の65歳時点での給付額を示している。足元の所得代替率は6割程度だが、政府はこれを今後50.2%まで下げることが決まっている。
標準報酬月額
厚生年金保険料算定の基となる給与の額。30等級に分かれており給与水準によって振り分けられる。上限は62万円となっている。毎年の標準報酬月額は、4~6月の3カ月の給料を基に計算される。これには残業代なども含まれるため、この期間の給料が高くなると保険料も高くなる。
財政検証
2004年の年金制度改正により導入された。年金財政の健全化を図るうえで、将来の被保険者や受給者の割合、経済状況の変化を考慮し、給付と負担の将来見通しを見直すもので5年に1度実施される年金財政の「健康診断」。前回は2009年に実施され、次回は来年2014年に行われる。
平均余命
平均寿命の延びにより年金の支給期間は長くなっていることも、支給開始年齢引き上げを検討する大きな理由だ。2012年の65歳時点での平均余命(平均寿命まで生きる期間)は男性18.89年、女性23.82年。これが2060年には男性22.33年、女性27.72年になるとの推計が出ている。
日経ビジネス2013年12月9日号 36~39ページより

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