老後は年金だけで悠々と暮らす――。多くの人がいまだに思い描く理想の生活だ。しかし、それを実現するためにはここまでやらなければならない。そんな教訓を、兵庫県に住む田中陽一さん(60歳、仮名)は教えてくれる。

 田中さんは、老後の生活については全く心配していない。大手メーカーで電子デバイスの研究開発職に就いていた田中さんは、そのメーカーを早期退職後、地方のベンチャー企業から声がかかり、現在も仕事を続けている。

 現在の給与は手取りで月に25万円程度。さらに今年から前の会社の企業年金の一部支給が始まった。その金額は月に換算して6万円程度になる。毎月の給料と合わせると30万円ほどだ。

 今の会社を退職すれば給与はなくなるが、65歳の年金額は企業年金と基礎年金で月30万円。これに妻の年金が加わる。ほかにも現在の会社の退職金の一部を年金で受け取る予定だ。1億円で購入したマンションの住宅ローン5000万円は、繰り上げ返済を7回繰り返して5年前に完済。収入のほとんどは生活費に充てられる。

 退職金や保険などを含めて約8000万円の資産もある。働き始めた頃から、給料をせっせと当時3~4%と金利の高かった定期預金に預け、こつこつためた賜物だ。資産の一部ではあるが、株式や社債を購入するなど、資産運用にも力を入れている。

 しかし、資産が増えた一番の要因は「お金を使わなかった」ことだ。決して生活を切り詰めたわけではない。26歳で結婚後、2つの大きな出費を抑える努力をしてきたことが大きい。

 1つは、米国赴任中を除き、一貫してクルマを持たなかったこと。クルマを持つと、買う費用やガソリン代に加えて毎年自動車税がかかり、定期的に車検代も必要になる。マンションの場合は駐車場も必要だ。これらを合わせると、年間数十万円。クルマを買い替えながら、仮に30年間、保有し続ければ1000万円以上のコストがかかる。田中さんは住まいを駅から10分以内の場所に構えることで、クルマを持たずとも便利な生活を送れるようにした。

 もう1つは、子供にお金を使わなかったことだ。既に社会人になっている3人の子供たちは、小さい頃から習い事は1つと決めた。そして、小学校から大学まですべて公立に通わせた。米国で過ごした3年の間に、塾などに多額のお金を使う日本の教育システムに疑問を持ったからだという。

 田中さんは、企業年金制度の充実した大企業に勤め、年金面では恵まれた環境にある。しかし、豊かな老後を送るために、田中さんが現役時代から戦略的な生活設計をしてきたのも事実だ。これから年金生活を迎える現役世代は、家を買う、クルマを持つといった今まで当たり前に思われていたライフスタイルを見直す必要があるかもしれない。それは年金に頼らない生活に備える、新しい生活設計でもある。

住まい兵庫県在住/分譲マンション
家族構成妻・子供3人(同居は1人)
退職準備年齢特になし
退職一時金1500万円
趣味散歩
貯蓄・投資株式1000万円、公社債1500万円、定期預金1300万円
保険一時払い終身保険(夫・妻ともに1000万円) 、医療保険
年金60歳企業年金受給開始(年65万円程度)、65歳老齢基礎年金受給開始(年360万円程度)+妻の国民年金、企業年金1500万円、個人年金500万円
現在の家計簿
収入合計31万円
収入(手取り)25万円
前の会社の企業年金(終身部分)6万円
支出合計30.5万円
食費8万円
光熱費3万円
保険料(医療保険)0.5万円
通信費(自分、妻、固定電話、インターネット)2万円
被服費3万円
マンション管理費・修繕積立金5万円
妻の趣味費用3万円
夫の小遣い3万円
その他雑費3万円
差し引き0.5万円
特別出費税金40万円
娯楽・レジャー10万円
日経ビジネス2013年12月9日号 34ページより

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