買収した側の責任者が自ら「ナンバー2」に“降格”し、事業トップを相手企業側に譲った――。

 医療機器メーカー、テルモの血液事業会社、テルモBCT代表の南雲浩氏(下の写真)は2年前、こんな“破天荒”な人事を自らに課した。

テルモの血液事業会社、テルモBCTの「ナンバー2」に“降格”した南雲浩氏(写真:都築 雅人)

 南雲氏はテルモの血液システム事業を長年率いてきた人物だ。同氏が中心となり2100億円を投じて2011年に買収したのが、同業で成分採血では一日の長があった米カリディアンBCT、つまり現在のテルモBCTだった。当然、競合メーカーや日本の取引先は、買った側の南雲氏がトップに就くと見ていた。だが、ふたを開けるとCEOに就任したのは、カリディアンのトップだったデビッド・ペレス氏。南雲氏は自らナンバー2を選んだ。

 ペレス氏はさらに、テルモ本体の上席執行役員にも就任。テルモBCTの本社もカリディアンがあった米コロラド州とし、もともとテルモの血液事業部門があった東京のオフィスは、米国企業の日本法人になった。本社の上下関係も入れ替えたのである。

破天荒人事の裏の深謀遠慮

 なぜ自分の役職も日本の位置づけも「ナンバー2」にしたのか。「『自分がトップで本当に戦えるのか』と冷静に考えた結果だ」と南雲氏は説明する。

 当時のテルモの連結売上高3282億円(2011年3月期)のうち、血液システム事業は約250億円。一方、カリディアンは500億円。企業ではなく事業規模を見ればカリディアンの方が大きく、統合後の販売先も米国向けが3割と、2割の日本を上回って最大だ。

 南雲氏は言う。「もし自分がトップに就いて日本に本社を置いたら、最初に頭に浮かぶ顧客は長年つき合ってきた日本の医療機関の先生たちだ」。将来の商品開発や世界でのシェア拡大を考えれば、それは買収の効果を打ち消してしまうように思えた。

 テルモBCTが支える血液事業は2012年度に国内で減収となったが、海外で伸びたため全体で前年度比4.1%成長した。初めて取り組んだ2000億円超の大型“越境M&A”が順調なのは、この逆転劇が大きかった。

 海外企業を買収した後、トップと主要幹部の布陣を日本人で固めようとする企業は依然として多い。だが、それはやはり簡単にはいかない。

 テルモのケースのように、買収先が自社の事業規模よりも大きかったり、市場での地位が高かったりした場合は、とりわけ日本側が経営の舵を取るのは難しくなる。下手をすれば、買収先の従業員のモチベーションを低下させたり、顧客基盤を失ったりといった事態を招く恐れもある。

 前述のキリンのように自らの手足をあえて縛るというのも一策だが、事実上、経営主体を入れ替えたテルモはさらに大胆な動きに出たと言えるだろう。それだけではない。買収後の統合にも独自の方法を取った。

買収後の統合にも独自手法

 「ユナイト」──。南雲氏が買収直後から1年かけて準備をしたのが、社内でこう呼ぶプロジェクトだった。営業、カスタマーサービス、物流といった顧客に接する部分を旧テルモの血液システム事業と旧カリディアンで統合していく作業だ。

 これをテルモは、ほとんど旧カリディアンの仕組みに合わせる方法を採用した。ここでも買収した側という立場にこだわらなかったのである。ただしカリディアンが強くないアジアではテルモの拠点を生かし、テルモBCTの代理店として使うことにした。

 つまり、何が一番効率的なのかを判断基準にしたのだ。それを1年かけて議論し、2012年春に一斉に統合を実施。「長引きすぎて顧客が混乱しない最適タイミングを計った」(南雲氏)。

 生産についてはさらに時間をかけている。2012年夏に始めて現在も進行中なのが、社内で「フュージョン」と呼ぶ生産拠点の融合だ。日米とアイルランドにある工場のどこで、どんな商品を作るか。製品別の顧客分布や今後の市場別の伸びの予測など、様々な点を勘案して再編を進めている。

 買収後すぐに実施した方が、一見効率的な拠点再編。だが現場の士気が下がれば不具合が出やすくなり、ブランドを毀損しかねない。拙速には動かぬ一方で、品質管理ではテルモ側の手法を旧カリディアンの拠点にも導入。クレームは、買収前の4分の1に減った。

 ただし、ここまでの過程では両者の間に戸惑いや行き違いもあった。

 「何回会議をするんだ?」。買収した当初、南雲氏はペレス氏からあきれられたと笑う。会議を繰り返して合意を形成していく日本式の意思決定は、カリディアン側からは特殊に見えたからだ。米国では「1回の会議で決める」のが普通だ。

 ただしそれも、日本側から見れば「それはいつの間に決まったの?」と思えるほど、社内に十分浸透しないうちに物事が動いているように当初は感じたという。海外M&Aには、こうした文化の違いをどう乗り越えるかが意外なほどに重要になる。

 買収から約2年経った今、南雲氏は「違うということを、ある程度時間をかけてでも『理解し合う』ことが重要だと分かってきた」と話す。そこで2013年は旧テルモの社員を米国に長期滞在させ、2014年には旧カリディアンの社員を日本のオフィスに受け入れる。日本人にも、米国人にもグローバル化してもらうのだ。

 テルモは血液事業に続いて、2013年4月から人工心肺の事業会社の本社も米国に移した。これも1990年代に米3Mから買収した事業だ。市場や顧客の状況に合わせながら、最適な経営体制を敷く。巧者はグローバル化のあり方も変え始めている。

日経ビジネス2013年12月9日号 73~74ページより

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