2005年秋、NTTグループの長距離通信会社、NTTコミュニケーションズ(NTTコム)の前田潔・グループ戦略担当部長(当時、現・経営企画部グループ/アライアンス戦略室長)は、重責を担って米コロラド州の州都、デンバーに赴いた。

転機となった米べリオでの失敗

 足を向けたのは、NTTコムが8000億円もの巨費を投じて2000年に買収した米ネット通信会社、ベリオの本社。同社は買収直後に業績が悪化し、NTTコムは、2002年3月期には7250億円もの巨額減損に追い込まれていた。前田部長の任務は、そのベリオの“最終処理”だった。

 買収前のベリオは、サーバーを貸すホスティング、大容量通信回線網を使うバックボーン、インターネットへの入り口となるISP(インターネット接続事業者)などの事業を展開し、米国でも知られた存在となっていた。

 しかも世はIT(情報技術)バブルの絶頂期。NTTコムから見れば、ベリオは当然、「そのままで伸びていくはずの会社だった」(NTTコムの澤田純・副社長)。ところが、1年も経たないうちにバブルは崩壊。売上高は伸びず、多くの事業が赤字を垂れ流す結果となった。

 前編で見た日本板硝子やリコーと同様に、M&A(合併・買収)後に起きた経営環境の激変によるシナリオの狂いである。そして日本企業はしばしばこれをM&Aの失敗の「理由」に挙げる。多額の資金を投じて買収した事業が縮小し、時には消滅していっても、それは不可抗力だったというのである。

 NTTコムもいったんは、その道に迷い込んだかと思われた。巨額の損失を出した後、2011年に本格的に再開するまでの間、大型のM&Aがなかったからである。

 だが、同社はむしろベリオで被った大損を逆手に取り、M&A戦略を徹底的に見直していた。投資銀行やコンサルタントに頼らず、自力でノウハウを積み上げていたのである。その旗振り役が、澤田副社長と前田グループ/アライアンス戦略室長だった。

 NTTコムは一体、この間に何をしたのか――。

 実は前田室長は、ベリオの社長として赴任する前、同社の事業再建策を2年間にわたって検討していた。そこで改めて感じたのは、買収後に相手の事業をどう再構成して統合し、新たな付加価値を生むかという戦略は、「M&Aの前に考えていないとダメだ」ということだった。当時のNTTコムの事業統合戦略は「買収後に相手側に行ってじっくり作るというものだった」と澤田副社長は打ち明ける。

 改めて行った分析の結果、前田室長はベリオの人員を一部削減し、事業をすべて見直した。「利益の出なくなったISP事業をやめ、ホスティング事業のうち、大企業向けを自社系のNTTアメリカに、バックボーン事業をNTT欧州にそれぞれ統合。ホスティング事業の中で中小企業向けだけをベリオに残した」(前田室長)のである。

300項目のチェックポイント

 狙いは、NTTアメリカにある大規模なデータセンターや、NTT欧州のバックボーン網と一体化することで、大企業向けのサービスを強化し、営業力を高めることだ。

 だが、NTTコムは単なる再建にとどまらず、M&Aのノウハウを徹底的に積み上げた。その1つは、M&Aの候補企業を自ら分析すること。そのためにマネジメント、事業サービス、法務、財務、人事の点で分析する項目作りから始めたという。

 例えば、マネジメントでは「対象企業は、事業計画をどういう期間で立て、どんな項目を基準に設けているか」「事業計画は年に何回見直すか」といったポイントで、その精緻さを見る。

 法務なら法令順守の仕組みや事業の法的な問題点。財務はその強さ、安全性などの体質。サービスはどのようなメニューを持ち、他社との差異化はどうかといった点など、計300項目にも及ぶ精緻なものを作ったという。

 2つ目は、その対象企業も自ら探すこと。M&Aをしたい分野の世界のプレーヤーを丹念に調べ、この300項目でふるいにかけて絞っていく。利用するのは公開情報ばかりだが、それでも十分な調査と分析ができるという。「1000社以上を最初にリストアップし、絞り込んだ後、自ら訪問してさらに調べる」と澤田副社長は言う。

 実働部隊は、2007年に立ち上げたグループ/アライアンス戦略室。メンバーは前田室長を含めわずか8人。この人数で調査し、絞り込んだ相手を直接訪問し、実力を探りながら提携やM&Aを模索していく。

 投資銀行を使うのは、相当に対象を絞り込んだ後の企業評価の段階になってから。多くの日本企業が投資銀行の持ち込む案件に頼っているのとは比較にならない。

 さらに、M&Aの際にも相手企業の現在の経営者が優秀なら、そのまま数年残す契約を結び、その間に業績を上げれば買収価格を積み上げることまでしている。ただし、業績が悪化すれば「2割程度買収価格を下げる」契約をすることさえある。

 こちらは、契約時に明かされていないような経営上の問題がM&Aの後に出てくるなどして業績が傾いたりするのを防ぐのが狙い。事前に買収額の一部を銀行に預け、業績が悪化するとその分は支払わないという。

 ここまでM&Aのノウハウを徹底的に磨き上げた背景には、世界の通信市場の事業構造が急激に変わってきたことがある。2000年代末から大型サーバーを集めたデータセンターを通信網でつなぎ、複数の企業がそのサーバーを、自社のそれのように共有、あるいは一部専用で使えるようにするビジネスが急拡大してきた。

目利きで成功確率を高める

 それまで企業は自社の所有サーバーと通信網をつないで専用システムを構築していたが、新たな仕組みの方がコストは低くなるうえに、企業が拠点を動かしても素早く対応できるといった利点が大きいからだ。

 NTTコムは、この仕組みを短い期間で作り上げるために世界のデータセンター会社や通信事業者などのM&Aに積極的に動き出した。自前で買収先企業の目利きをして傘下に収めていく仕組みを作ったのも、成功確率を高め、効果を大きくするためだった。

 2012年には、インドと英国のデータセンター会社を傘下に収め、2013年も約850億円をかけて米国のデータセンター会社とネットワークサービス会社を買収。M&A巧者として世界に打って出ているのである(上のグラフ参照)。

 海外はおろか、国内もM&Aが苦手だと言われ続けてきた日本企業も、巧者は既にここまで進んできている。

日経ビジネス2013年12月9日号 70~72ページより

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