「東京電力任せ」だった原発事故対応からの転換を進める安倍晋三政権。東電をほぼ今のままの姿で存続させ、除染などに国費を投入することが固まった。国民不在の中、利害関係者の思惑を優先する「結論ありき」の構図が浮かび上がる。

揺らぐ「王国」の行方は?
東京電力や電力自由化などの流れ

1883年
・東京電灯(現・東京電力)設立
1938年
・全国の配電事業が9社に再編
1951年
・「電力再編成」で東京電力創立
1964年
・電気事業法成立、沖縄を含む10電力体制に
1971年
1971年に運転を開始した東京電力福島第1原子力発電所
・東京電力福島第1原子力発電所1号機が運転開始
1995年
・電気事業法改正(第1次電力自由化、発電事業への新規参入解禁)
1999年
・電気事業法改正(第2次電力自由化、大口需要家への小売り解禁)
2002年
2002年にトラブル隠し発覚で首脳陣が辞任
・東電のトラブル隠しが発覚、南直哉社長ら首脳陣が辞任、勝俣恒久氏が社長へ
2003年
・東電、全原発17基を停止
・電気事業法改正(第3次電力自由化、小売り自由化を拡大)
2007年
・東電、原発検査データ改ざんが発覚
・新潟県中越沖地震、柏崎刈羽原発でトラブル多発
2010年
・東電、柏崎刈羽原発6号機が再開
2011年3月11日
・東日本大震災による福島第1原発事故発生
3月末
・三井住友銀行などが東電に総額2兆円規模を緊急融資
5月
・事故の損害賠償巡り政府が支援枠組み決定
6月
・政府が原子力損害賠償支援機構法案を閣議決定
・東電の清水正孝社長が辞任、西澤俊夫氏が社長へ
9月
・原子力損害賠償支援機構が発足
11月
・政府が「緊急特別事業計画」を認定し賠償資金8909億円の援助を決定
12月
・東電が機構に賠償資金6894億円の追加援助を申請
2012年3月
・東電が機構に1兆円の資本注入を申請
4月
・東電と機構が「総合特別事業計画」を策定
6月
・東電、委員会設置会社へ移行
・勝俣氏、西澤氏らが退任、下河邉和彦氏が会長、廣瀬直己氏が社長に
7月
・東電へ1兆円の資本注入、実質国有化
11月
・東電、新たな経営方針を発表、賠償や除染費用の追加支援を要請
2013年4月
・東電、社内カンパニー制度導入
・福島第1原発の汚染水漏れが相次ぎ、東電が対策見直し
8月7日
・政府の原子力災害対策本部で安倍晋三首相が汚染水問題の「東電任せ」からの転換表明
9月3日
・政府が汚染水対策へ470億円の国費投入を決定
9月7日
・安倍首相が五輪招致演説で「状況は制御できている」と強調
9月27日
柏崎刈羽原発の安全審査を申請する東電幹部(右)
・東電、柏崎刈羽原発の再稼働に向けた安全審査を申請
11月
・東電、福島第1原発の廃炉部門の分社化、将来の持ち株会社化を検討
11月11日
・与党が除染費用などを国が分担するよう提言
・原子力規制委員会が追加の被曝基準の見直しを報告
・政府が国費投入に向けた具体策を本格検討

写真3点:共同通信

 「このぐらいの内容ならいいよね」

 今年10月末。首相官邸の執務室で安倍晋三首相はある資料に目を通した後、周辺にこう語った。

 それは、大島理森・自民党東日本大震災復興加速化本部長や額賀福志郎・本部長代理らがまとめた東京電力福島第1原子力発電所事故への対応に関する提言案だった。民主党政権時に決めた除染、賠償、廃炉を「東電任せ」にする枠組みを転換。除染や、それに伴う廃棄物を保管する中間貯蔵施設の建設費などの一部を国も負担するよう求める内容が書かれていた。

 だが、東電へ多額の税金を投入することになるにもかかわらず、法的整理の可能性はきっぱりと否定。注目された東電改革は、廃炉部門の社内分社化などを求めるにとどめた。その理由について大島氏は「東電には事故災害への対応と、電力の安定供給という2つの責任がある。だから、経営破綻させることは考えていない」と説明する。

 現在の東電支援の枠組みを原則維持し、税金投入などに道を開く。政府・与党内で固まったこうした方向は濃淡こそあれ、昨年末の安倍政権発足前後から、主要幹部らの間でほぼ共通認識となっていた。結論は最初から決まっていたのだ。

 では、この1年近い時間とは一体何だったのか。国民からの批判をかわしつつ、政府や東電など利害関係者間の調整やタイミングを計るのに費やされたと言っても過言ではない。

 政権発足後、安倍首相が真っ先に注力したのが大胆な金融緩和を柱とするアベノミクス。「日本は変わる」という強いメッセージを市場に発することで、円高修正と株高を演出。高い内閣支持率を維持したまま今年7月の参院選になだれ込むシナリオを描いた。

動かなかった経産省

 そのため、政府・自民幹部は論争を巻き起こしかねない政策課題をできるだけ先送りするか、曖昧にする方針で一致。その1つが原発政策や東電支援に向けた協議だった。

 実は昨年11月、東電は新たな経営方針を発表すると同時に、賠償や除染の費用が10兆円規模になるとして、国に追加支援を求めていた。今の国による東電支援の枠組みは、賠償や除染などの費用を一時的に肩代わりするのが柱。国の支援の上限は5兆円と決まっていたが、いずれ底を突く。しかもお金は将来的に国に返す約束。追加支援がなければ経営は立ち行かなくなる可能性が大きいと、東電の経営陣は危機感を強めていたのだ。

 だが、経済産業省は「新政権の初動で取り上げるには大きすぎるテーマ。当面は動けない」(幹部)として静観を決め込んだ。参院選の混乱要因になることを避けるためだったと見られても仕方がない。結局、安倍政権は今年2月成立の2012年度補正予算で廃炉の研究施設などの整備に850億円を計上するささやかな対策にとどめた。

 これにしびれを切らした東電の下河邉和彦会長や社外取締役の面々は3月中旬、強硬手段に打って出る。「国の責任分担のあり方が曖昧なまま経営改革を進めるのは極めて困難」などと記した紙を、資源エネルギー庁幹部に提示。国が動かなければ、下河邉氏や社外取締役全員が辞任するとの考えを伝えたのだ。

 慌てた経産省は、下河邉氏と社外取締役に続投を要請すると同時に、国と東電の費用分担のあり方などの検討に着手した。首相官邸に対し、政権発足後初めて、東電経営の窮状と対応策の必要性を伝えた。

官邸動かした「社外取締役の乱」

 ようやく安倍首相や菅義偉・官房長官らも事態を深刻に受け止め始める。4月26日、安倍首相は官邸で社外取締役全員と会談。「福島の復興再生のため国も一歩前に出る。東電が民間企業として再生することが重要だ」と、国の役割強化を約束。続投を要請し、何とか事態を収拾する。

 そして、自民は参院選を圧勝で乗り切った。菅氏は参院選直後には「東電問題については国が前に出るしかない」と腹を固めていた。ただ、いきなり東電への国費投入に向けた議論を打ち出せば、「破綻させろ」などと世論が沸騰しかねない。タイミングを見計らっている間に、再び事態が動いた。

 福島第1原発で大量の汚染水漏れが発覚。安倍首相が「アベノミクスの第4の矢に」と狙う2020年の東京五輪・パラリンピック招致活動の致命傷になりかねなくなったのだ。

 原子力規制委員会が国際原子力事象評価尺度の評価を「レベル1(逸脱)」から「レベル3(重大な異常事象)」に上げる方針を示し、海外メディアは「2011年の津波による炉心溶融以来、最悪の危機」(英国放送協会)などと報じた。

 これに背中を押される形で9月3日、政府は汚染水対策として遮水壁建設などに約470億円を投じると決定。その後の五輪招致の成功で、汚染水対策は国際公約にもなった。

「まずは自民党から」

 来年度予算案編成作業の本格化や東電が年内に総合特別事業計画をまとめるスケジュールも踏まえると、もはや福島第1原発の事故処理、東電への支援拡充に向けた作業を先送りすることは許されない。それでも官邸は慎重な姿勢を崩さなかった。「自民党がまず提言という形で方針転換を打ち出し、世論の反応を見極める」(安倍首相に近い議員)という戦術を選ぶ。

 対応を委ねられた大島氏や額賀氏らは9月中から経産省、財務省など関係省庁、東電関係者らとの本格的な調整を開始。自民内からも「税金を投入するなら東電を破綻処理すべきだ」(河野太郎・衆院議員)との声が上がったが、それはかき消された。破綻の選択肢は「はなから棚上げされた」(自民関係者)のだ。

 原発政策を進める経産省、国が全面的に対応を担うことで国費投入が膨れ上がるのを嫌がる財務省、東電に多額の融資をしている金融機関…。民主党政権時に今の東電支援の枠組みを決めた際と同じ構図の下、1年近い時を経ても、「東電をつぶさない」の1点で主要関係者の利害は一致していた。

 そして、焦点は東電が負担するはずの除染費用にどこまで国費を投入するかに移った。

 除染費用を国が全額負担するよう自民議員に働きかけを強める経産省・東電に対し、財政負担の急増を懸念する財務省は強く反発。双方の綱引きが続いた。

 関係者によると、東電の負担軽減のため幅広い国費投入が持論の額賀氏と、「国民の反応を意識しなければ」と主張する大島氏が何度も激論を交わしたという。結局は多額の財政負担に踏み込むのは時期尚早との判断に傾く。計画済みの除染は東電に請求する一方、計画分以後の学校などの除染や住民の帰還支援策は公共事業として実施というように整理した。中間貯蔵施設の財源は、経産省が所管するエネルギー対策特別会計から捻出する方向で財務省と折り合った。

 提言では除染について帰還可能な地域を優先することや、除染目標の実質的な緩和も明記。税金投入が際限なく膨らまないような枠組みも整えた。

 「政府としても廃炉や汚染水処理について与党と取り組んでいきたい」。11月11日、大島氏らから正式に提言を受け取った安倍首相はこう応じ、翌日の閣僚懇談会で早速、提言を踏まえた具体化を急ぐよう指示した。

 示し合わせたかのように、規制委も追加の被曝基準の見直しを提起。被曝基準と連動する福島第1原発周辺の除染目標も、実質的に緩む方向になった。

1年前に想定した姿に近づく

 この後、規制委は東電が再稼働を目指す柏崎刈羽原子力発電所6、7号機(新潟県)の安全審査の開始を決定した。一層のリストラが条件とはいえ、三井住友銀行など金融機関11社は、規制委の審査開始も「有力で肯定的な要素」(銀行幹部)と評価。12月中旬までに借り換え分も含め、総額5000億円の融資に踏み切る方向だ。

 「時間を要したとはいえ、ほぼ1年前に想定していた東電への支援内容に近づいてきた」。政府関係者はこう明かす。その過程で、本質的な議論はどこまで戦わされたのだろうか。

 経産省幹部によると、例えば①東電を破綻処理②原発部門を国有化③現在東電が検討中の廃炉部門の社内分社化──などに関し、それぞれの場合の電気料金の見通しの比較などは行っていない。

 既存の枠組みの維持を前提にした話し合いで方向性が固まった今回の東電支援策。国民負担を最小にする観点から十分な検証作業が政府・与党で行われたのか、疑問が残った。

日経ビジネス2013年12月2日号 36~39ページより

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