『二代目が潰す会社、伸ばす会社』
久保田 章市(くぼた・しょういち)
日経プレミアシリーズ
893円
(写真:スタジオキャスパー)

 以前、人材コンサルティング会社、プロノバの岡島悦子社長の講演を聴く機会を得た。その時の「戦略では差別化しにくい時代になっている」という彼女の言葉が、今でも非常に印象に残っている。

 ピーター・ドラッカーとかマイケル・ポーターとか、いわゆる経営戦略の大家という人々の理論は、経営者には既にかなり知れ渡っていると言える。情報化社会の進展で様々な企業の成功体験も共有されやすくなり、経営者たるもの、ある程度の水準の戦略を持つのはもはや当たり前になったというのだ。

 では今の時代、優れた経営者とはいったいどんな要素を持つ人なのだろう。もちろん事業戦略は必要だ。業務に関わる基本的な知識や、競争力のある技術なども当然求められる。だが自分も企業を経営している立場にあって思うのは、そうしたことよりもはるかに、経営者個人の熱意や人柄の方が事業全体に与える影響は大きいということだ。

 今回紹介する書籍で著者は、親の後を継いだ「2代目社長」がなぜ事業を傾けてしまうのか、後継者問題に悩む中小企業がどうすればうまく世代交代を果たせるのか、といったことを解説している。その中には「資金繰りを意識する」といったハウツー的な要素も含まれてはいるのだが、私は何よりも「経営者の人柄が事業を左右する」ということが強調されていることに共感を覚えた。

 たとえ親子でも、またはどれだけ長く一緒に仕事をしてきた仲間であっても、後継者は前任者とは別人だ。他人の作り上げた組織の中で、代わりに来た人が最初から求心力を発揮できることなどめったにない。後任がその集団を「自分の組織」に作り替えていくためには、結局は熱意や人柄でもって「いろいろあるけどあいつに協力してやろう」と周囲に思わせるしかない。

 誰が見ても明らかな実績を出すことは、もちろん信頼を獲得するうえで重要だ。だが自分の手腕を示そうとするあまり、独り善がりに改革を急げばたとえ成果は上がっても人心が離れていくことにもなりかねない。

 データや理論などを基に客観的・合理的に判断しようという風潮は近年強まってきた気がする。そしてその半面、人間的な魅力を磨くことは軽視されている印象がある。だが、人の上に立つ人は、必ず下からその全人格を評価される。他人を説得できる熱意や人柄がなければ、自分のために動いてくれる組織を作り上げることは決してできない。魅力的な人間であることは、正確な知識や理論を構築するのにも増して仕事をするうえで重要だ。

 何かの仕事を前任から引き継いだ時、人はつい自分の色を出すことに意識を向けがちだ。だが、自分の意思が浸透する土壌がなければ、どんなに優れた戦略もアイデアも空回りしかねない。逆に、信頼関係で結ばれた組織であれば、ほかと似たような戦略を取っていてもはるかに優れた成果を出すこともできる。

 本書は中小企業の事業承継に焦点を当ててつづられているが、これは何も経営トップだけに関わる話ではない。部長、課長、チームリーダーなど、あらゆる集団の長について当てはまるだろう。

 タイミングは人それぞれだが、多くの人は人生のある段階で人の上に立ち、下にいる人から全人格を問われることになる。そういう意味では、前任者がいるわけではないが、子供が生まれて親になったという人についても同じことが言えるかもしれない。その時、どんな姿を周囲に見せるべきなのか。本書は、組織に属するあらゆる個人がもっと考えなくてはならない課題を深く突きつける。

日経ビジネス2013年11月25日号 64ページより目次