シンガポールのリー・クアンユー公共政策大学院のキショール・マブバニ院長は同国の国連大使などを歴任した国際関係論の論客だ。そのマブバニ氏が今年上梓した1冊の書『The Great Convergence(大いなる収斂)』が今、世界で注目を集めている。

シンガポールのキショール・マブバニ氏は、人類史上初の世界規模での中間層拡大を指摘する(写真:AFP=時事)

 所得が高い先進国は成長率が低く、所得が低い新興国は成長率が高い。このため、いずれかの時点で世界は大いなる収斂に向かうという。マブバニ氏は著書の中で、アジアを中心とする世界経済で今、こうした収斂がすさまじい速度で進んでいると指摘する。

 アジアには約5億人の中間所得層がいる。マブバニ氏によると、この数が2020年には3.5倍の17.5億人になるという。ちょうど東京五輪が開かれるまでのわずか7年間のことだ。これは、日本の経済・外交政策や企業の戦略に重大な影響を及ぼすことになる。

 日本の政府、企業は五輪開催に向けて様々な政策や企画を進めているが、近隣諸国の中間所得層が3.5倍になることを前提に戦略を描いている人々が一体どれだけいるだろうか。

 今の臨時国会では、経済活性化のための重要法案が順次、審議される。点在する農地をまとめて借り、農業生産法人などに貸して大規模経営を促す「農地中間管理機構」法案と、首相主導で規制改革などを行う「国家戦略特区」関連法案がその代表に挙げられる。

霞が関・永田町に欠ける世界視点

 しかし、これら法案の調整過程を見ていると、内向きな論議に終始し、近隣諸国の動向への目配りを欠いていることに懸念を抱かざるを得ない。

 農地中間管理機構は生産性向上を目指して農地を集約すべく都道府県ごとに設置することになった。1つの前進ではあるが、あくまで農地のリースを前提としており、株式会社に農地取得を本格的に認めるものではない。

 近隣諸国の急成長が見込まれ、日本は農林水産物輸出拡大のチャンスを迎えている。それなのに、積極的に対応しようというアグレッシブな姿勢が官僚や与党議員に欠けているのだ。

 特区関連法案を巡る調整では、最後まで学校の公設民営化を認めるかどうかが焦点になったという。官僚と教育関係の族議員がタッグを組んで猛反対し、一時はその実現が危ぶまれたが、最終的には首相官邸の指導と下村博文・文部科学相の英断で抵抗を抑えた。勃興する近隣諸国の動向に対応するためにも、公設民営化などを端緒に、グローバル教育の強化が求められる。

 アベノミクスの成長戦略は確かに前進している。しかし、マブバニ氏が指摘するように、アジアなどの経済社会構造の激変に日本が対応していくには、さらなるパワーアップが必要だ。

 安倍晋三首相自身はこの点を理解しているようだ。臨時国会の所信表明演説で、首相は農業分野に関して、「かつて農業が産業として、これほど注目されたことがあったでしょうか」と指摘。「意欲のある民間企業にはこの分野にどんどん投資してもらい、日本の農産物の可能性を世界で開花させてほしい」と訴えた。

 特区についても、「7年後には、東京をはじめ日本中の都市に、世界の注目が集まります。特異な規制や制度を徹底的に取り除き、世界最先端のビジネス都市を生み出すために(特区を)創設する」とその意義を強調している。

 安倍首相もマブバニ氏もグローバルな変化に備えた国内改革の重要性の認識を共有している。それなのに、安倍首相を支えるはずの霞が関と永田町がKY(空気が読めない人)では困る。

竹中 平蔵(たけなか・へいぞう)氏
1973年日本開発銀行入行。慶応義塾大学教授を経て、経済財政・金融担当相などを歴任。2006年から現職。2009年パソナグループ会長に就任。

(写真:都築 雅人)

日経ビジネス2013年11月18日号 124ページより目次