(写真:都築 雅人)
INNOVATOR 11
日本大学教授
塚本勝巳
1948年岡山県生まれ。自転車を15分漕げば瀬戸内海で、夏休みはいつも泳いでいた。74年に東京大学海洋研究所(現・大気海洋研究所)の助手になり、ウナギの魅力に取りつかれていく。2009年にニホンウナギの卵を発見。2013年から日本大学教授。手にするのはウナギの卵。

 東京大学大気海洋研究所の特任准教授、青山潤はあの時の恩師の声をはっきりと覚えている。2009年5月22日マリアナ諸島沖、調査船の「開洋丸」に乗っていた青山は1本の海上無線を受け取った。同じ海域でニホンウナギの共同調査をしている「白鳳丸」からだった。

 「青ちゃん、(卵が)採れたよう」。喜々とした声の主は指導教官の塚本勝巳だ。運命の人に出会ったような愛情と熱っぽさが雑音混じりの無線機越しに伝わってきた。彼らはこの日、ニホンウナギの卵31粒の採取に成功。世界の研究者の間で長年の謎だったウナギの産卵場を、大海原から見つけ出した。

 4年後、塚本らの発見は一層重みを増すことになる。今年2月に環境省がニホンウナギを絶滅危惧種に指定したのだ。その後、国際機関でもウナギの保護に向けた動きが始まった。世界的な危機を食い止めるには、天然ウナギの保全と完全養殖技術の確立が欠かせない。産卵場の発見は、「探検的」と言われていたウナギの調査を、応用研究へと進める大きな一歩だ。

 もっとも、塚本が容易にニホンウナギの卵にたどり着けたわけではない。彼とウナギの出会いは40年前にさかのぼる。

 1973年、大学院で魚の生理学を研究していた塚本は「船に乗りたい」という一心で東大の調査航海に参加した。瀬戸内の町で造船業を営む家系に生まれ、幼い頃から大海に憧れていた。その航海の調査対象がたまたまウナギの産卵場。プランクトンネットで続々と引き揚げられるウナギの仔魚(レプトセファルス)に興奮を覚えた。

 それから塚本とウナギは徐々に距離を縮めていく。当初はアユやサクラマスなど広範な回遊魚を研究対象にしていた塚本。一番弟子の益田玲爾曰く「魚というよりも研究というゲームの魅力に取りつかれた人」だった塚本が、ウナギという生物に傾倒する決定打になったのは91年の航海だった。

 この年、塚本は7月に海に出た。それまでウナギの産卵場調査は冬と決まっていたが、成長に伴い増える内耳の石(耳石)の輪を調べるとどうやら夏場に産卵しているようなのだ。賭けだったが、結果は大当たり。生後2週間、10mm前後の仔魚を1000匹採り、英科学誌「ネイチャー」の表紙を飾った。

14年間も続いた空振り

 だが生物の研究は一筋縄ではいかない。これを境に、ウナギは塚本との距離を全く縮めてくれなくなる。数百万円の費用がかかるため、年に1度、3週間行ければ御の字の貴重な調査航海だ。帰港時、「目立った成果は得られなかった」と涙ぐむ塚本を100人の乗組員たちは幾度となく見かけた。2005年に5mm以下の仔魚(プレレプトセファルス)を見つけるまで、14年もの間、空振りは続いた。

 正直なところ、周囲の研究者たちは呆れていた。「もうやめたらどうか」と諭す先輩もいた。しかし塚本の答えはいつも必ず「続ける」。機会が巡れば全力を出し、敗れれば次を待つ。あきらめようとしたことは一度もない。

 なぜ意思を貫き続けられたのか。塚本は「僕がスペシャリストでなく、ゼネラリストだったから」と答える。ゼネラリストは彼が自嘲の意味を込めて使う言葉だ。気が多く、中途半端にできるから大成しない、と。

 しかし、結果的にはこれがよかった。産卵場調査で成果が出ない間、塚本はウナギを分類や形態という視点で研究した。「考えられるウナギのことを全部やろうとした」。関心が広い分、気が紛れたのだ。謎多きウナギは調べるほどに知りたくなる。気がつけばウナギの魅力にどっぷりとはまっていた。

 ひもとけば、海を格子状に分けてすべての交点で網を引く塚本の調査手法も、フィールド研究では一般的ではなかった。塚本が学生時代に実験屋だったから、ネガティブなデータも「意味がある」と捉え、そこから仮説を導いて検証することに抵抗感を抱かなかったのだ。2009年の卵の発見もその延長線上にある。

 「今、私らは最大のピンチです。でもね、ああいう先生がいるってのは本当に幸せですよ。ウナギへの愛では私の“右に出る”」。塚本をこう評するのはウナギ料理店「ての字」の主人、鈴木紘彦だ。多くの人の期待を背負い、塚本の研究は続く。ウナギが絶滅の危機を脱するその日まで。

日経ビジネス2013年11月11日号 46~47ページより

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