(写真:大高 和康)
INNOVATOR 07
富士フイルム記録メディア研究所長
野口 仁
1962年生まれ。87年京都大学大学院修了、富士フイルム入社。大容量データを保存する磁気テープに専念し2011年、世界に先駆けて商品化。2012年4月から現職。2013年は大容量化に磨きをかけた。写真で手にするのはバリウムフェライトの磁性体。

 「ビッグデータ」と呼ばれる、デジタル化で増える一方の映像や音声、文書などの膨大なデータ。最近は企業や官公庁の間でこうしたデータを保存・解析するニーズが飛躍的に高まっている。そんな中で意外な技術が脚光を浴びている。

 磁気テープだ。HDD(ハードディスク駆動装置)やフラッシュメモリーに押されて「消える」と思われていた技術を、1人の男が絶望の淵から救った。

 野口仁、富士フイルム記録メディア研究所の所長だ。2013年、野口は1巻の磁気テープの記憶容量を実験段階で100テラバイト(テラは1兆)にまで高めるメドをつけた。HDDやフラッシュメモリーといった競合技術と比べて、大量のデータを低コストで保存できる優位性が鮮明になる。

 2011年には共同開発する米IBMと35テラのテープの製品化も発表。米グーグルや米政府機関もデータセンターで磁気テープを使うようになった。

 だが、ここに至る道は決して平坦ではなかった。開発中止を覚悟する窮地を野口は何度も乗り越えてきた。

 大容量化のカギを握っていたのが「バリウムフェライト(BaFe)」というデータを記録する磁性体だ。茶色で、自動改札用の切符の裏側などに用いられる。野口は大容量化のカギである強い磁力を持つBaFeの可能性に注目して、1992年から研究を続けてきた。

20年越しの開発、相次ぐ苦境に

 それでも結果はなかなか出せない。IT(情報技術)バブルが崩壊し、富士フイルムは新たな収益源の育成も課題になっていた。「選択と集中」の号令の下、野口が手がける技術開発も縮小・撤退の逆風にさらされる。

 「2001年3月31日でBaFeの研究を打ち切るよう上司に宣告されていました。でもなかなか本人に伝えられなかった」。野口の6年先輩で前所長の斉藤真二はこう打ち明ける。日夜、研究に打ち込む野口を見てきたからだ。だが会社の方針である以上、伝えるしかない。タイムリミットが迫る中、野口は突破口を探した。「あと3カ月だけ頑張らせてください。それまでに結果を出せなければ考えます」。

 目をつけたのが、磁気テープよりも大容量化が先行するHDDの磁気ヘッドを使うこと。高感度で読み書きする性能が高い。写真用フィルムで培った技術を用いて大容量フロッピーディスク用シートにBaFeの磁性体を塗ることで、大容量化の可能性を探った。

 こうして野口らが実証データを揃えたのは、研究打ち切り期限の1週間前、2001年3月23日のこと。BaFe磁性体を使えば、既存の技術よりも大容量化できる可能性を証明した。

 次の難局は、ほどなく訪れる。磁気テープで開発提携していたIBMとの関係だ。評価軸の違いだった。テープメーカーの富士フイルムが周波数の特性などに注目していたのに対し、機器メーカーのIBMは、磁気テープドライブを作動させた時の不具合発生率などを数値で弾き出す。

 野口はIBMの研究者とのコミュニケーションを密にし、お互いの考え方を理解することでギャップを乗り越えた。2006年には両社でBaFeを使う磁気テープの共同発表にこぎ着けた。

 製品化が視野に入ろうとするタイミングで、野口を悩ませたのは量産技術の確立だった。

 カギとなったのが材料を供給するメーカーとの協力関係だ。磁気テープは土台部分(ベースフィルム)の性能が欠かせない。ベースフィルムの研究開発で交流の深い帝人デュポンフィルム開発センター長の飯田真は「多い時は週2回、岐阜県の研究所から小田原にいる野口さんを訪ね、激論を交わした。それだけお互いの技術者魂が燃えていた」と振り返る。

 ビッグデータが脚光を浴びた2013年は野口にとって、20年培った技術が飛躍する手応えをつかんだ年でもある。だが、野口に成功に対する気負いや慢心は微塵もない。「まだ20年、もう20年、いやこれから20年です」。

日経ビジネス2013年11月11日号 40~41ページより

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