(写真:的野 弘路)
INNOVATOR 03
バルミューダ社長
寺尾 玄
1973年生まれ。高校中退し海外を1年間放浪、その後10年にわたり音楽業界に身を置く。2001年にモノ作りの道へ。春日井製作所での修業を経て2003年にバルミューダデザイン(現バルミューダ)を1人で創業。事務所のパソコン、いすはもちろんマックとアーロンチェア。

 「3年前、私たちは扇風機メーカーになった。今日で私たちは、家電メーカーになったと感じている」

 10月10日の夕方、東京都内で開催された新商品発表会。壇上に立った男は、300人を超える報道陣や関係者を前に、こう高らかに宣言した。

 男の名は寺尾玄。2003年設立のベンチャー企業・バルミューダ(当時はバルミューダデザイン)を率いる。

 バルミューダが生み出す家電は、国内大手にはない余計なものをそぎ落としたシンプルなデザインと独特の機能を持つ。2010年、4ワットの低消費電力と自然な柔らかい風を武器に、3万円を超える高級扇風機「GreenFan」をヒットさせたのは記憶に新しい。

 この日、新たに発表された加湿器「Rain」と暖房機器「SmartHeater」の2商品も、ユニークな機能を備えている。Rainはヤカンなどで直接水を注ぐことができる「タンクレス」構造、SmartHeaterは空気を汚さない安全な暖房性能が売り物だ。

 今やバルミューダが手がける家電は5分野になった。もはや、家電大手も無視できない存在になりつつある。

 「強烈なリーダーシップ」。寺尾と関わりがある人間は、一様にこう語る。同社が世に送り出した商品は、すべて寺尾自身の発案だ。発表会にも1人で登壇。黒の長袖シャツにダメージジーンズの「強面」スタイルと裏腹に、優しく丁寧に語りかける。企業規模には雲泥の差があるが、経営スタイルは米アップル創業者の故スティーブ・ジョブズを彷彿させると言う人さえいる。

 実は寺尾自身、理系のエリートコースを歩んできた生粋の技術者ではない。高校を中退し1年間の海外放浪をした後、10年間にわたりロックミュージシャンとして活動した過去を持つ。

 モノ作りを志したのは音楽活動に終止符を打った2001年。作曲する際に愛用していたアップルのパソコン「マック」と米ハーマンミラーのいす「アーロンチェア」のように、デザインと機能を両立させたメーカーを興したいと考えたのがきっかけだ。

 とはいえ、理系出身ではない寺尾にとり、モノ作りは未知の世界。バルミューダが家電メーカーになるまでの道のりは決して平坦ではなかった。

「救いの神」になった町工場

 専門知識を持たない寺尾の技術者としての歩みは手探りそのもの。愛用のマックで調べたくても、「検索ワードすら何も思いつかなかった」。まずは、東急ハンズや秋葉原の電気街を訪れ、売っている工具や部品の専門用語や使い方などを1つずつ聞いて回った。

 次に始めたのが町工場巡り。覚えた専門用語を頼りに電話帳から金属加工などを手がける町工場を訪ね歩いた。自作したテーブルの設計図を片手に金属部品の加工を依頼するも、そのほとんどは「忙しいから」と断られた。

 「いいよ。でもお金ないでしょ。作りたかったら自分で作りなよ」

 50近い町工場に断られ続けたある日、救いの神が現れた。東京都小金井市で町工場を経営する春日井徹志だ。

 なぜ、春日井は寺尾の依頼を断らなかったのか。断られ続けてもくじけない情熱と、何よりも「寺尾の表情が真剣で面白そうだと感じた」からだった。

 その日から寺尾はバイトが終わると春日井製作所に通い詰めた。機械の使い方を学び、アクセサリーなどを何個も作った。こうして商品第1号となるノートパソコン用冷却板「X-Base」が誕生し、ベンチャー設立に至る。

 バルミューダ初のヒット商品である扇風機、GreenFanのアイデアも、春日井製作所から生まれた。当時、バルミューダはリーマンショックの影響で商品在庫を抱え、倒産寸前の状態。扇風機の開発は、最後の賭けだった。

 大手との差異化を打ち出さなければ勝ち目はない。寺尾がこだわったのが風の質。一般的な扇風機の風は長時間当たると不快なため、より自然な風を作り出せば市場で勝てると考えた。

 そこで寺尾が思い出したのが、修業中の春日井製作所での雑談時に職人から聞いた「扇風機の風を壁で反射させると自然な気持ちいい風になるんだよ」という一言。こうした風を得るために、寺尾は部下の大本雄也と2人、羽根の構造にメスを入れていく。

 試行錯誤の結果、たどり着いたのが内側と外側で形状が異なる2層構造の羽根。扇風機に装着して試した瞬間、2人は今までにない優しい風を感じた。「倒産してる場合じゃないな」。寺尾は大本と顔を見合わせて笑い、2人は商品開発を加速させていった。

 こうして発売された扇風機は、倒産回避に必要な6000台という目標に対して、2倍の販売を記録。今に至る快進撃の突破口を開いた。

 10年前に寺尾1人だったバルミューダの従業員は、現在は40人に増加。社員には、家電大手からの転職者も多い。寺尾自身、「優秀な人材がたまたま大手出身だっただけ」と説明するが、リストラが続く大手メーカーの雇用の受け皿としての役割も期待されている。

 家電メーカーとしての地位を築きつつあるバルミューダ。だが、寺尾自身、「目標の3合目」と謙虚だ。寺尾はこうも言う。「これから私たちは行きたいと考える“ある場所”まで走り続ける」。その場所は「まだ秘密」と言うが、寺尾には、ほかの人に見えない未来が見えているのかもしれない。

日経ビジネス2013年11月11日号 34~36ページより

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