小林製薬の強みは、社員の積極的な提案による商品力にある。それを支えるのが人材育成のための様々な制度だ。独特な褒め方、叱り方で社員を伸ばす小林製薬流の極意を学ぶ。

(写真:山田 哲也)
小林 一雅(こばやし・かずまさ)氏
1939年9月生まれ、74歳。小林製薬入社後に米国へ渡り、マーケティングを学ぶ。62年に3代社長である母親、小林映子氏が経営する小林製薬に入社。66年に取締役、76年に37歳の若さで社長に就任。その後、2004年まで28年間社長を務め、弟である小林豊氏に社長を譲り、会長へ。今年6月、長男の小林章浩氏が社長となる。

 今回は「社員の士気」とマーケティングについて話します。小林製薬の強みは、現場から生まれたアイデアを形に変えていくところにあり、そのサイクルを回すには、人を育てる人事戦略が欠かせません。その際に、マーケティングの視点はとても有効です。

 一般的に、マーケティングは対顧客視点の活動を指すので、人事のような社内的な活動はマーケティングの対象ではありません。ただ、マーケティングを「市場創造のための活動全般」と定義づければ、社員は商品開発で重要な役割を果たしており、市場創造の連環の1つと考えることができます。

 同様に、社員の士気向上や人材育成などもマーケティング的な発想で捉えています。

 マーケティングをかみ砕いて言えば、消費者のニーズを調べ、商品を作り、消費者に認知させる活動のこと。そのために、価格や売り場、広告宣伝などを組み合わせていくわけです。

 これを社員に当てはめれば、社員が士気高く働くために何を求めているのかというニーズを捉え、そのための施策を社員に認知させ、実際の行動を起こさせる――ということになります。

 具体的に見ていきましょう。

(※正解⇒本文で)

「今日から私も『小林さん』」

 小林製薬には、ユニークな社内制度がいくつもあることで知られていますが、その多くは社員の士気を高めるためのものです。その1つに、「ホメホメメール*1」があります。会社に貢献した社員に、私や社長などトップが直々にメールをする制度です。

 「LA&LA(Looking Around Listening Around)*2」という制度もあります。全国に散らばる工場や研究所などの現場を含め、会長や副会長、社長が1年中飛び回り、現場の不満を徹底的に聞きまくるのです。年に10回以上、様々な場所を回ります。

 極めつきは「さん付け呼称*3」です。今でこそ導入する企業も多くなりましたが、当社は1995年以来、20年近くにわたって全社員が「さん付け」で呼び合っています。

 あるメーカーさんの工場を視察した時、その工場の従業員が「工場長」を「○○さん」と呼んでいて、とても新鮮に感じたんです。その工場は活気があって、現場の風通しの良さを感じました。

 役職や階層を誇示するのは、縦社会ではいいのかもしれませんが、小林製薬には「全員が経営者の視点を持って働く」という理念があります。当社の信条も、階層の区分なく、自由に意見を交換して新しい物を生み出していくというものです。口では「皆平等」と言いながら、実際には権力を振りかざすのでは矛盾すると思って、さん付け呼称を導入しました。

 導入時のキャッチフレーズは「今日から私も『小林さん』です」。当時は社長でしたが、導入してからは社長と呼ぶことを禁じました。ただ、弟の小林豊(副会長)や長男の小林章浩(現社長)など、当社は小林姓が多いので、私は一雅のイニシャルを取って「Kさん」、豊は「Yさん」、章浩は「Aさん」と呼ばれています*4。新入社員や中途入社の社員は驚きますが、すぐに慣れますよ。

 このような制度を導入しているのは、社員が前向きに働けるような環境を作るためです。

 メールで褒めるなんて大したことじゃないと思われるかもしれませんが、トップがきちんと見てくれていると思えば、社員の士気は必ず上がります。工場の不満を聞くのも、経営陣に聞く耳があり、実際に不満を改善する意思があると社員が理解することで、組織の風通しが良くなると思うからです。

 さん付けで呼び合うのも同様です。

 実は、さん付け呼称の導入に現場は猛反対しました。導入の際に、階層を極力減らすフラット制を合わせて入れたことへの反発でした。せっかく上り詰めた役職。その肩書を手放すのが嫌だったのでしょう。階層が上がると、家族にも喜ばれる。それがフラット制ともなれば、やはり面白くない。

 ただ、肩書が何かを生み出すわけではありません。むしろ、権威をかざせばかざすほど官僚化が進み、言いたいことが言えない空気が生まれてしまう。そういったリスクをなくすためにも、さん付け呼称を導入する必要があると思ったんです。

 消費者が求める商品を開発し、実際の購買行動に至るまでのストーリーを紡ぐのと同じように、何をすれば社員が意欲を持って働いてくれるのかに思いを馳せる。お客様のことを考えるように、社員のことを想像する――。その姿勢がトップには欠かせません。

 ちなみに、導入した制度や仕組みは組織に定着するまで粘り強く周知徹底させていきます。

社員提案制度で優秀な提案をした社員は役員主催の夕食会に招かれる

部下が育つ叱り方とは

 よく制度が長続きするコツを聞かれることがあります。確かに、制度を作っても長続きしない企業は少なくないようです。それは、社員が制度の意味を真に理解していないからでしょう。

 現場の社員一人ひとりがきちんと理解しなければ、制度は経営者や経営企画の独り善がりになってしまいます。そのためには、トップ自らが社員に向かって手本を示し、広めて浸透させていかなければなりません。

 ただ、単に褒めるだけでは社員が勘違いしてしまう。「おべんちゃらはアカン。ごますりも厳禁。そんなヤツは会社を去れ」と言い聞かせています。

 おべんちゃらやごますりをする動機は、会社や自分のためであって、お客様のためではない。そこが一番の問題です。さらにしょうもないのが「メンツ」。自分のメンツや経験を基準にして判断すると、大概失敗します。

 もう1つ、上司が間違った判断を下した場合、反省して謝るのも小林製薬の特徴かもしれません。

 私もそうですよ。かっとなって怒った後に、今のは間違いだったと気づいたならば、翌日でもいい。きちんと「悪かった」と素直に謝る。そこでメンツを気にしてしまうと、部下はついてこなくなる。そして、会社のまとまりがなくなることで魅力的な新商品が出なくなり、お客様の期待に応えられなくなります。

 叱り方にもコツがあります。ここでも「お客様のため」を意識して、何がダメなのかをきちんと伝えないとダメです。ただ理不尽に怒られたと曲解されかねませんから。自分をなくし、お客様の立場に立って叱る。これが鉄則です。

 逆境に置けば、その社員はもがき苦しみます。そこで厳しい状況を抜け出す術を考える。この瞬間こそ社員が伸びる時なのです。

 その反対が、仕事の調子が良い時です。みなさんもあるでしょう。ただ、それは危険信号です。仕事の調子が良い時は、それまでの仕事の進め方が通用している証し。つまり、革新性がない。こういった考え方から、調子が良い社員にあえて徹底的に仕事を振ることもあります。愛のムチです。そこでの反発に大いに期待してのこと。うまくいけば大いに褒めてあげます。

 「任せて任さず*5」も、小林流の人事の特徴です。現場の担当者に権限を与えて任せてしまう。もちろん、きちんと報告はさせますが、問題が発生した場合は上司が責任を背負います。権限委譲に似せた無責任は許しません。

 当社の場合、監督者ほど処分が重くなる。執行役員が処分され、部長や課長は処分なしということも少なくありません。これが任せて任さずの極意です。それだけに、監督者はしっかりと部下を見て育て、部下はきちんと監督者に現状や悩みを報告する。そのサイクルが必要です。

問屋時代の大失敗

 たとえ失敗しても、挽回の機会は必ず与えます。その際も、生易しくクリアできるような仕事を与えない。逆境に身を置き、悩んで反発して成功へと導く。そして成功したら褒める。アメとムチのバランスが重要です。

 褒めるも叱るも、簡単なことではありません。バランスも難しい。ただ、基準を明確に決めるのが最優先です。何のために叱るのか。それが大事です。

 そもそも、なぜ人事にもマーケティングの発想が必要だと感じたのか。それは、小林製薬が問屋からメーカーへと転換*6する際の混乱にありました。

 業態転換に当たって、問屋事業を担当する優秀な人材を製造事業に配置転換したのですが、結果がなかなか出ませんでした。人事異動を繰り返してみたものの、大成した人材は出てこず、失敗の連続。分かったのは、問屋とメーカーでは求められる人材が全く異なるという点でした。まさに水と油で、正反対だったのです。

 他社の場合は違うかもしれませんが、小林製薬の場合、問屋事業では短期の視点を持つ人材が求められました。在庫を抱えすぎず、ローリスクローリターンを心がけていたからです。

 一方、メーカーを主業としてからは長期視点の人材が必要になった。時間をかけて、お客さんが欲しいと思う商品を考えて、売り出す。長期的な時間軸で、創造性、革新性、差別化を考える人材が必要になったのです。

 問屋事業からの転換で社員を変えられなかったのは、つまるところ私が彼ら彼女らを本質的に理解していなかったからでしょう。もっと彼らを理解すれば、変えられたかもしれないのですから。そういう過去もあり、社員を理解し、彼らが働きやすい土俵を作ることを心がけるようになったのです。

 自社の社員がどのような強み、弱みを持っていて、将来の会社の利益に対してどのような貢献をしてくれるのか。市場の分析だけでなく、社員の分析も企業には必要不可欠です。人事のマーケティング、皆さんも実践されてみてはいかがでしょう。

(構成:白壁 達久)

*1 1996年に小林一雅社長(当時)が導入した。経営トップが社員に対して直接メールを送り、実績や功績をたたえる。メール送信の対象者は現場の管理職が推薦する。メールを送る際、トップはその社員に関する情報を担当の上司から事前に聞き取り、そのうえで社員の功績についてたたえる。ただ褒めるだけでなく、相手を知って送れば社員の喜びは増す。トップとしても現場社員の理解が深まる。該当本文に戻る
*2 LA&LA(Looking Around Listening Aroundの略)。小林一雅会長など経営トップが率先して研究所や工場など全国の職場へ訪問し、自身の考え方の浸透を促進しつつ、現場社員の考えや思いを吸い上げるために実施している。現場の若手社員や中堅社員など、その都度テーマを持って集める。経営トップと現場社員が意見交換できる貴重なワークショップだ。年間10回程度開催する。該当本文に戻る
*3 「今日から私も『小林さん』です」のキャッチフレーズで1995年に始めた。関西のあるメーカーの工場に小林一雅社長(当時)が視察に訪れた際、工場長を「さん付け」で呼んでおり、風通しの良い職場に感動して小林製薬に導入した。当初は、役職が高い人から不満の声も上がったという。だが、「威張っても、肩書が何かを生み出すわけではない」と一雅氏が反対を押し切って導入した。該当本文に戻る
*4 トップに小林姓が多く、混乱を避けるために使う。社内だけでなく、取材などの対応でも「Yさんが…」「Aさんの…」と使われる。もちろん、現場の社員も会長や副会長、社長と呼ばずに「Kさん」「Yさん」「Aさん」と呼ぶ。まるでイニシャルトークをしているようだが、ごくごく一般的に使われている。トップ自ら権威を振りかざさないようにするため、役職で呼ぶことを禁じている。該当本文に戻る
*5 小林一雅会長が社内の管理職に提唱する教えの1つ。現場の担当者にしっかりと仕事を任せることで育成を図る。ただ押しつけるだけでは意味がないので、仕事を任せる一方で、きちんと上司に報告するよう担当者にも指導する。上司に対して管理責任を厳しく問うこともあり、問題が起こった時には現場担当者よりも監督する上司の方が重い処分が科されることがある。該当本文に戻る
*6 薬の問屋として創立した小林製薬だが、1960年代に製薬事業へと軸足をシフトしていった。ニッチマーケットを他社に先駆けて開拓して先行者利益を得るスタイルを確立。トイレ洗浄剤の「ブルーレット」や芳香剤の「サワデー」といったヒット商品を中心に、生活に密着した商品開発で知名度を上げ、今に至る。該当本文に戻る
日経ビジネス2013年11月11日号 118~121ページより目次