金融危機以降、過去にない手法で金融緩和を進め、低金利の維持に腐心してきた先進国。だが、経済回復の足取りは重く、失業率も依然として高止まりが続く。バブルの芽を摘むには金利の引き上げしかなく、先進国は早晩その判断に迫られる。

ノリエリ・ルービニ氏
ニューヨーク大学スターンビジネススクール教授。経済分析を専門とするRGEモニターの会長も務める。米住宅バブルの崩壊や金融危機の到来を数年前から予測したことで知られる。

 先進国の大半が、趨勢を下回るGDP(国内総生産)の伸び率と失業率の高止まりに苦慮する中、先進各国の中央銀行は非伝統的な金融政策への依存度を強めている。

(出所:国際通貨基金(IMF)が10月8日に発表した世界経済見通し)

アルファベット入りスープのよう

 既に様々な措置が導入されており、これらは、ZIRP*1(ゼロ金利政策)、QE*2(量的緩和)、CE*3(信用緩和)、FG*4(政策の先行き指針)といったアルファベットの頭文字で呼ばれている。まるで食卓に供されたアルファベットをかたどったパスタ入りのスープのようだ。

*1=zero-interest-rate policy、*2=quantitative easing、*3=credit easing、*4=forward guidance

 ご存じの通り、QEは短期政策金利がゼロ近辺にあり、これ以上の引き下げ余地が乏しい時に国債を購入して長期金利を押し下げる政策であり、CEは民間部門の資産を購入することで、民間部門の資本調達コストを引き下げるために導入された。

 FGは、失業率が一定の目標水準に達するまでQEやZIRPを続ける方針を中央銀行が明言することにより、長期金利の上昇を抑えることを狙った政策である。一部の国では、マイナス金利政策を意味するNIRP*5の導入さえ提唱されている。

*5=negative-interest-rate policy

 だが、こうした政策を相次ぎ導入したにもかかわらず、成長率は一向に上向いてこない。失業率に至ってはいまだに受け入れ難い水準に高止まりしている。

 これは、QEに伴うマネーサプライ(通貨供給量)の拡大が信用創出につながらず、民間部門の消費や投資を浮揚させられないことに原因がある。おかげでマネタリーベースは拡大しているものの、銀行が超過準備という形で現金を積み上げているばかりで、銀行システム内に資金が滞留している。

 資本が不足している銀行は、リスクの高い貸し手に貸し付けを行おうとせず、信用収縮を引き起こしている。さらには経済成長が低迷し、家計が高水準の負債にあえいでいる現況下では、信用需要も冷え込んでいる。

金融市場にばかり流れる資金

 その結果、銀行が抱える余剰流動性は実体経済にではなく金融市場に流れ込んでいる。政策金利がゼロ近辺で推移していることを背景に、金融市場では「キャリートレード」が活発だ。

 キャリートレードとは、低利で資金を借り入れ、長期国債や社債、株式、国際商品、金利の高い国の通貨など、リスクの高い高利回り資産に投資する取引を指す。

 そうした取引の影響もあって、金融市場は割高になり始めており、やがてバブルへと変容していく恐れがある。

 事実、米国の株式市場をはじめ多くの国の株式市場は、2009年の底から100%以上の反発を見せている。高利回りの「ジャンク債」の発行額も、2007年の水準に戻った。これらの高リスク債券の利回りは低下を続けている。

 加えて、金利低下を受けて、住宅価格が上昇を続けている。このことは、先進国と新興国の双方で恐らく不動産バブルが膨らみ始めていることを意味する。スイス、スウェーデン、ノルウェー、ドイツ、フランス、香港、シンガポール、ブラジル、中国、オーストラリア、ニュージーランド、カナダなどの国・地域が挙げられる。

スイスのバーゼルに本部を置く国際決済銀行(BIS)は、国際的な大手金融機関の自己資本比率の規制を強化、金融システムの強化を図っている(写真:ロイター/アフロ)

再びバブル崩壊の危機に直面か

 2007~09年にかけて、米国、英国、スペイン、アイルランド、アイスランド、ドバイにおいて株式、信用、住宅に関連したバブルが崩壊、深刻な金融危機を引き起こし、経済に甚大な打撃を与えた。

 ということは我々は今、再び金融市場のバブルと崩壊のサイクルにさらされているという可能性はないのか。

 一部の政策当局者は、それほど心配する必要はないと見ている。米連邦準備理事会(FRB)の次期議長への就任がほぼ決まったジャネット・イエレン氏はそんな1人だ。なぜか。彼らはこう主張する。

 中央銀行は今、2つの政策目標を掲げている。1つがインフレ率を低く抑えつつ、力強い成長を回復し、失業率も低下させること。もう1つは、バブルの発生を未然に防いで金融の安定性を維持することだ。

 これらを達成するには2つ手段がある。1つは政策金利である。長期にわたり低い水準に据え置き、利上げをする際も緩やかなペースで進めることにより、成長を下支えする。

 もう1つの手段は、マクロプルーデンスの視点を持った規制により金融システムを監視していくことだ。マクロプルーデンスとは、金融システム全体のリスクの状況を分析・評価し、それに基づいた制度設計、政策対応を通じて金融システム全体の安定を確保し、バブル発生の回避を図ることを言う。

 だが、FRB理事のジェレミー・スタイン氏を筆頭に、こうした見方を批判する向きもある。スタイン氏は、マクロプルーデンス的な政策によって信用とレバレッジ(負債)の膨張を抑制しようとしても、うまくいくとは限らないと指摘する。

 同氏によれば、住宅ローンの融資比率*6を制限しても、高リスク融資を行う銀行に高い自己資本比率を求めても、あるいは融資基準を厳格化しても、そうした取り組みに効果があるかどうかはまだ実証されていないという。

*6=物件価値に対する融資の割合

 しかも、銀行システムの一部でレバレッジを抑えても、ゼロ金利政策から生み出される流動性は、ほかの分野に流れ込むだけで、レバレッジを完全に抑え込もうとすれば、流動性は規制の緩いシャドー・バンキング・システムに向かうことは必至だという。

 金融システムの「すべての抜け穴を塞ぎ」、資産バブルを予防できるのは金融政策だけであり、政策金利を引き上げる以外に方法はない、とスタイン氏は主張する。

金利引き上げ、相反する二面性

 問題は、マクロプルーデンスが機能しないなら、金利の操作だけで2つの相反する目標、すなわち景気回復と金融の安定を達成しなければならないことだ。

 一段の景気回復を促そうと、利上げのタイミングを失すれば、あらゆる資産バブルの温床が育まれてしまう。やがてバブルが崩壊、大規模な金融危機が新たに発生し、景気はたちまち後退局面に転がり落ちていくだろう。

 だが、利上げによって早期にバブルの芽を摘もうとすれば、債券市場が急落、景気回復が腰折れして、経済と金融市場はさらに深刻な痛手を被る。

 従って、マクロプルーデンス政策が計画通り機能しない限り、早期利上げに踏み切ろうが切るまいが、政策当局者は早晩、困難な立場に立たされることになる。

 今のところ、信用、株式、住宅市場でバブルの予兆が芽生えている国の政策当局は、経済の低成長を踏まえて利上げを先送りしている。だが、彼らが頼りにしているマクロプルーデンス政策が本当に金融システムの安定に役立つかどうかは定かではない。

 仮に役立たなければ、政策当局はいずれ厳しい二者択一を迫られることになる。重大な危険をはらむバブルを回避すべく景気回復の息の根を止めるのか、それとも金融危機再発の危険をあえて冒しても経済成長を優先するかの二者択一だ。

 現状はと言えば、資産価格が上昇を続けている一方で、多くの国であらゆる景気回復策が出尽くした感がある。

国内独占掲載:Nouriel Roubini © Project Syndicate

日経ビジネス2013年11月11日号 150~151ページより目次

この記事はシリーズ「世界鳥瞰(2013年11月11日号)」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。