(写真:飯山 翔三)

 「こんな遊びクルマ、本当にやる意味があるのかね」。発売直前まで、社内からもそう言われながら、走りの楽しさから世界的な大ヒットになったマツダのオープンカー「ロードスター」。1989年発売の初代から3代目までの主査を担当した経験から、経営者の方にお伝えしたいことがあります。「技術者に二律背反の解決を要求することを、ためらってはいけません」と。

 ロードスターの開発は、常にコストとの戦いでした。このクルマの価値は、「人馬一体」をキーワードとする運転の楽しさを、手頃な価格で提供することにあります。運転を楽しくするには、まず軽さが大事です。技術者としては多少高価なクルマになっても、アルミなどの高価な素材を使いたくなる。

 「マツダさんはいいですね、運転の楽しさを評価してくれるファンがいるから、多少高くても買ってもらえて」と誤解している人もいますが、そんな甘い話があるわけがない。目に見えない楽しさ、いわば「感性」にお金を払っていただける人はほんの一握りです。実際、いくつもの自動車メーカーが、その一握りの人々向けにクルマを開発し、数が出ずに撤退しています。

 一方、米国の販売担当からは「やっぱり馬力ですよ。安くて馬力のあるクルマを作ってください」と突き上げられました。「目に見える」数字は、確かにお客さんに訴えます。だけど、大馬力のエンジンを積んだら重く、扱いにくいクルマになり、人馬一体の身軽さが失われます。「感性」の視点からはこの選択肢はあり得ない。

 ということは「軽く、面白く、しかも安く」作るしかないんです。競争が激しい今日、こうした二律背反は、どんな分野でも技術者を苦しめているでしょう。そして「ここにコストをかけられたら」「品質を妥協できたら」と、経営者に相談にも来るでしょう。

 でも、経営者は安易に彼らに妥協してはいけません。「感性」と「コスト」の二律背反を乗り越えられない商品は短期間しか売れないし、儲からなければ続けられない。つまり、経営者がお金に対してシビアでなければ、世の中に長く愛されるモノになりません。

 経営者の妥協を許さない姿勢を受けて、技術者は品質とコストを高いレベルで合致させるべく努力する。我々も、高いコストの部品を「ここぞ」というところに絞って大胆に使いました。安くて楽しいクルマとしてロードスターは熱烈に支持され、私が引退した後も作り続けられています。4代目が現れるのもそう遠くないはずです。

 もちろん、お金にシビアなだけでいいなら、経営者なんて要りません。「あれこれ言うが、要するにカネか」と思えば、技術者は簡単に面従腹背的なことができます。彼らを納得させて働かせるには「この人は専門家ではないけれど、俺たちより先を見ている」と思わせなければならない。

 経営者自ら、時代や人間への「感性」を磨き、そのうえで「利益」に悩む。そんな姿が見えてこそ、二律背反を突破せよという指示に説得力が生まれて、世の中に長く愛される商品が出てくるのではないでしょうか。(談)

日経ビジネス2013年11月4日号 108ページより目次

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