「ほら、これで出品できました。簡単でしょう」

 千葉県に住む加勢広氏(30歳)は、中古車の写真データをいくつか選び、価格や年式、備考欄などを入力していった。わずか5分ほどで、中古車売買サイトへの出品は完了した。

 加勢氏が中古車の個人売買を初めて手がけたのは4年前。独メルセデス・ベンツの中古車を仕入れてインターネットで転売したところ、約20万円の儲けを得た。「これはいける」とひらめいて独立し、現在は月に十数台を扱う。中古車販売を手がけるセカンドステージを起業し、今年9月には小さいながらも店舗を構えた。

 消費税は2年前の課税売上高が1000万円以下の事業者については免税となる。できたばかりのセカンドステージは当然、免税事業者だ。

 「中古車の顧客は、価格に非常にシビア。ウチのような免税事業者には、消費増税は競争上むしろ有利に働く」と加勢氏は話す。大手事業者に対して、4月からは8%のアドバンテージが得られる。

 これまであまり表舞台に出ることがなかった中古車の個人売買。だが、ここにきて草の根的に存在感を増している。大手SNS(交流サイト)の中にある中古車売買の掲示板には、数分おきに書き込みが相次ぐ。

 13万円で売り出されていたのは、走行距離12万kmのホンダ「フィット」。走行距離8万kmの日産自動車「ウィングロード」は12万5000円だ。掲示板へのコメントや、SNSのメッセージ機能を使って詳細な確認をしながら、価格や受け渡しなどの交渉が進んでいる。

 加勢氏は「個人売買なら、消費税を含めて業者で買うよりも20万円ほど安く買える」と証言する。

 中古車は一般的に、店頭に表示された本体価格だけでは買えない。検査登録手続きや車庫証明の代行手数料、納車費用など諸費用が十数万円かかる。さらに本体価格には中古車オークション市場の手数料などが上乗せされる。  これに対して、個人売買で自分で手続きを済ませれば、費用は大幅に削減できる。加勢氏のようなケースはもはや珍しいことではなくなっている。

 昨年9月に立ち上がった中古車の個人売買サイト「CARTOGO」。現在、月に100件程度の出品があり、3割が成約する。「3年後は常に10万台が出品されている状態を目指す」と同サイトの運営会社、トロイカの大橋賢治社長の鼻息は荒い。消費増税はさらなる追い風になる。

 とはいえ、個人間取引にはトラブルの不安もある。普通は業者に任せられる名義書き換えなども、個人の責任となる。瑕疵があった時の責任問題はどうなるのか。

 大橋社長は「最終的には個人同士が実際に対面で取引するため、お互いに責任感を持つ意識が働きやすい。この1年で800件が成約したが、トラブルの報告はない」と言う。日本には車検制度があるため、最低限の品質は担保されているといった事情もあるようだ。

 値段相応に「エアコンが効かない」「窓の開閉がしづらい」などの難点が見られるケースも少なくない。これも、双方が「だからこの価格」と納得していればトラブルにはならない。

 ネット上で個人間売買される中古車は、5万円程度から数十万円程度のものが多い。厳しくなる一方の家計負担を減らせるなら、多少のことは我慢したり、手間を惜しまず自分で修理したりすればよい。そう考える消費者は、ますます増えそうだ。

個人でも手軽に売買できる中古車売買サイトが登場(左上、左下)。売買サイトに載せる中古車の商品写真を撮る加勢広氏(右)(写真:後藤 究)

個人間取引の障壁が解消

 消費税の網に引っかからない個人間取引。だが、いかに多くの人に告知するかという情報発信面の問題がこれまであった。

 日本で初めて3%の消費税が導入された1989年、5%に増税された97年に比べて状況は大きく変わった。SNSや売買サイトなど、ネット上に取引の機会を求める個人が集まる「場」がいくつも誕生したことだ。

 加えて、もう1つの個人間取引の弱点だった、製品保証がない個人から購入する「信用」の問題を補完する仕組みもできつつある。

 個人が購入するものの中で、クルマと並ぶ2大高額商品である不動産。不動産コンサルタントの長嶋修氏の元には、複数の大手ネット事業者が、「個人が直接取引できる、中古不動産のマーケットプレイスを作りたい」と熱心に相談に訪れる。

 長嶋氏は「住宅診断(ホームインスペクション)」と呼ぶサービスの旗振り役の1人。専門家が建物の劣化状況を点検し、購入後の補修やリフォームの可能性や必要費用の見積もりなどを、プロの目でアドバイスしてくれるサービスだ。活用すれば、購入した家の品質トラブルを、未然に防止できるというわけだ。

 国も中古不動産流通の活性化のため、同サービスを後押ししている。今年6月、国土交通省がホームインスペクションのガイドラインをまとめた。消費者が安心して利用できるようにするため、基本的な業務内容や手順のほか、守秘義務なども定めた。

 中古住宅は一般に、個人が売りに出し、別の個人が購入する。だが、日本では事実上不動産業者しか宣伝・広告が不可能。そのため、仲介業者を介して売買するケースが大半だ。

 上の図のように、4月以降、中古不動産を売買すると、最大で成約価格の6%プラス12万円と消費税が仲介業者の手に渡る。仮に2000万円の物件の販売契約が成立した場合は、最大で計142万5600円が仲介業者に渡る計算だ。これを純粋な個人間の取引にできれば、金銭メリットは大きい。

 ただし、不動産に関わる契約は複雑で、素人の手に負えない場合が多い。後々のトラブルを防止するために、契約書類などの作成については、宅地建物取引主任者資格を持つ不動産業者などに依頼すべきだ。改めて買い手を探す手間や経費などが必要なくなるため、経費は10万~30万円程度に安くしてもらえるケースが多いという。宅建業者の作成した契約書類があれば、銀行ローンを組むことも可能になる。

 一方で、どれだけの検査をするかによっても変わるが、ホームインスペクションの料金は5万~10万円といったところだ。すなわち、今回の例なら、およそ100万円が取引全体の中で節約できることになる。

 長嶋氏は「国内中古不動産市場の流通件数は、今は年間45万~50万戸程度。だが、ほかの先進国と比較すれば200万戸レベルに拡大する可能性もある。消費税率が8%以後も段階的に増えれば、現在1%以下にすぎない個人間取引も大幅に拡大する」と予想する。

 既に不動産業者に頼らない個人間取引が当たり前となった、欧米並みの取引環境に、徐々に近づこうとしている。

 もちろん、消費増税で恩恵を受ける個人間取引は、高額商品だけにとどまらない。インターネットオークションやフリーマーケットで衣服や小物などを購入する場合も該当する。

あらゆる個人が「売り手」に

 環境省によると、2012年度のリユース市場規模(自動車とバイクを除く)は約1兆2000億円。2009年度に比べて約2割増加した。2014年度からの消費増税が、これに拍車をかけそうだ。

 「8~10%も割安となれば、個人間取引市場に買い手がなだれ込んでくるのは確実」と語るのは、インターネットオークションの取引情報を取り扱うオークファンの武永修一社長だ。

 同社はこの10月、全国でフリーマーケット事業を展開するマーケットエンタープライズ(東京都墨田区)の事業を買収するなど、オフラインとオンラインの両方で個人間取引市場の拡大を見越した投資を続けている。

 売り手も増える可能性が高い。「賃上げなど、具体的な景気回復の実感がない中で消費税が増税されれば、個人は所有物を売却するため売り手側に回る」(武永社長)からだ。あらゆる商品が個人間取引市場に供給され、消費税を避ける買い手が集う。既にリユース業界ではこうした動向を見越し、出店を加速させる動きが広がる。

 一方、個人間取引サイトでも、参入ハードルを下げる取り組みが起きた。

 年間約7000億円の流通総額を持つ国内最大のオークションサイト「ヤフオク!」を運営するヤフーは10月から、個人の出品者について一部のカテゴリーを除き従来10.5円だった出品システム利用料を無料化した。

 有料会員プログラムに加入していなければ5000円以上の入札ができないという買い手に対する制限も、一部商品カテゴリーを除いて撤廃している。出品、入札の両方のハードルを大幅に下げたことで、ヤフオク!の流通総額が拡大するのは確実だ。

 全世界で2億人以上の利用者を抱えるLINE(東京都渋谷区)は今秋、スマートフォンに特化したEC(電子商取引)モール「LINE MALL」を開始し、物販事業に参入する。出品手順を大幅に簡素化し、商品売買の手間がかからない仕様になりそうだ。個人がスマホで気軽に販売できる環境が整う。

 そのほか、コウゾウが運営する「メルカリ」、パシャオクの「パシャオク」、Fablicが運営する「Fril(フリル)」など、スマホに特化した個人間取引サイトが次々と登場している。

 企業との取引と比べれば、トラブルが発生する可能性は高いかもしれない。しかし、ネット事業者の多くは「エスクローサービス」と呼ばれる、商品の受け渡しが完了して初めて料金を支払う仕組みを整えている。商品が届かない、届いた商品にひどい欠陥があった、といったトラブルを抑止できる。

クラウドソーシングにも追い風

 消費税がかからない個人相手の取引を選択する企業も増えそうだ。

 大企業が個人に直接発注できる「クラウドソーシング」。クラウドとは、ネットの別称である「cloud(雲)」ではなく「crowd(群集)」のこと。その名の通り、不特定多数の人に業務を委託する仕組みを指す。  発注者が仕事の内容や希望金額をクラウドソーシング事業者のサイトに登録すると、それに応えて複数の受注者が見積もり提案を出す。発注者はその中から相手を選んで仕事を依頼する。

 仕事内容は、ロゴの作成といったデザイン、アプリ開発など様々だ。クラウドソーシング大手、クラウドワークスの佐々木翔平・取締役CFO(最高財務責任者)は、「クラウドソーシングの受注者は個人が9割。消費税率が上がれば、価格競争力は増す」と指摘する。

 矢野経済研究所によれば、2013年度のクラウドソーシング市場規模(仕事依頼金額ベース)は、前年度比230.9%の246億円となる見込み。2017年度は1474億円に達すると予測している。

 大手企業や行政もクラウドソーシングを活用するようになってきた。ヤマハや経済産業省が、ロゴを発注。パナソニックはデジタルカメラ「LUMIX」のネット直販モデルの50種類のデザインを用意するのに活用した。ユニバーサルミュージックも、クラウドソーシングを利用して、音楽プロモーションビデオを作成した。

パナソニックはクラウドソーシングを活用してデジカメのデザインを50種類用意した

 大手が利用するようになってきたのは、個人に頼む不安を払拭する仕掛けがあることが大きい。サイト上で、受注する個人の実績が確認できるようにしており、発注者はそこで実力や仕事ぶりを類推できる。トラブルが多い人は、クラウドソーシング事業者が登録を解除するケースもある。

 消費増税により、これまでになく競争力を高める「個人」。ネットの力や働き方の多様化も相まって、さらに影響力を増していきそうだ。

■訂正履歴
本文中で「マーケットエンタープライズ(東京都墨田区)を買収するなど」は、「マーケットエンタープライズ(東京都墨田区)の事業を買収するなど」の誤りでした。お詫びして訂正いたします。本文は修正済みです。 [2013年10月29日 13:50]
日経ビジネス2013年10月28日号 31~34ページより

この記事はシリーズ「特集 総点検 消費増税」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。