知恵と経験を持つ高齢者と中小企業の橋渡しをする。あえてイントレプレナー(企業内起業家)の道を選んだ。若きリーダーを突き動かす原動力とは。

(写真:木村 輝)

 丸の内ビルディング(東京都千代田区)の会議室で斉藤紀夫(64歳、当時)が向き合ったのは、我が子と年の変わらぬ若者だった。大きな目でこちらをじっと見ている、体格の良い青年だ。久保田雅俊。人材サービス会社、インテリジェンス ゼネラルマネジャー(当時の肩書)と名刺にある。一通りの挨拶を交わすと、彼は躊躇なく、思いをぶつけてきた。「斉藤さんのような方々の力を、中小企業の成長に生かす。そんなビジネスを新しく始めたいんです」。2010年10月の昼下がりのことだった。

 斉藤は日本IBM(東京都中央区)で人事畑を一直線に歩み、2006年に定年を迎えた。部長時代に当時珍しかった女性登用や在宅勤務のテーマで何度も取材を受け、取締役の頃には苦しいリストラを断行した。退職後は知り合いに頼まれてインターネット調査会社を手伝っていたが、以前と比べれば静かで穏やかな日々だった。

 学生運動で東京大学の入試が中止になった1969年に社会に出、その後「企業戦士」としてがむしゃらに働き続けた斉藤にとって、そんな毎日は少し物足りなかったのかもしれない。あるいは単純に、目の前で大演説を繰り広げる青年の熱っぽさに引かれただけかもしれない。

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