イスラム教とはいかなる宗教なのか。一夫多妻、偶像崇拝禁止、1日5回の礼拝、喜捨──。16億人が信じる世界宗教について、もっと知ろう。 監修:拓殖大学 イスラーム研究所 森 伸生所長

ラマダンとイフタールの風習
断食月に外食産業の売り上げが上がる?

 飲酒はしない。豚肉は食べない。それに加えてイスラム教の「食」にまつわる習慣として知られているのが*ラマダンの断食(*サウム)だろう。

*ラマダン=ヒジュラ暦(イスラム暦)の「9月」を表す。同暦では9月は29日~30日間あり、この時期にムスリムは断食する。この言葉自体に「断食」の意味はない。
*サウム=断食を表す。ムスリムに課される義務「5行」の1つ。唾を飲み込むことすらも禁忌とする。旅行中や病中などやむを得ない場合はその義務を免れる。

 毎年、ヒジュラ歴(イスラム歴)9月の29日間もしくは30日間、ムスリムは断食する。と言っても1日中何も食べないのではなく、食を断つのは日の出から日の入りまで。その間は食事は取らず水も飲まない。喫煙、性行為も慎む。*コーランに「信仰する者よ、汝らに断食が定められた」などの記述があることに由来する。貧しい人のつらさを共有する狙いがあると考える人もいる。

*コーラン=イスラム教の啓典。預言者ムハンマドが唯一神アッラーの啓示を受け、その言葉を書き留めたものとされる。アラビア語で神を1人称として書かれている。
ラマダン期間中、日没後は仲間とごちそうを囲む

 日中は何も食べないとなると外食産業の売り上げが心配になるところだが、あにはからんや現実は正反対。ラマダンの期間はむしろ、外食産業の売り上げがほかの月に比べて拡大する傾向がある。日中、飲食を慎む分、夜には家族や友人らとともにごちそう(*イフタール)を囲む習慣があるからだ。レストランはイフタール向けの特別メニューを用意したり、夜間の営業時間を延長したりしてこの書き入れ時に備える。国や地域によっては、ラマダン期間中に家庭用品や家具などを買い替える習慣がある。これを狙って、「ラマダンセール」を催す小売業者も少なくない。

*イフタール=ラマダン中、日々の断食明け(日没後)の食事を、家族や親しい人を集めて共に取ることが多い。イフタールに専ら食べられる特別な料理や菓子もある。

 また、ヒジュラ暦10月(シャウワール)1日はラマダン明けを盛大に祝う祭りが催される。多くのイスラム国がこの日を休日に指定している。この祭りは、アラビア語で「イード・アル=フィトル」と呼ばれる。小売業では、この前後が売り上げのピークとなる。イブをピークに盛り上がるクリスマス商戦に近いものがある。

 ただし、製造業にとってはむしろラマダンは逆風だ。一般に、従業員が空腹に耐えながら仕事に臨むため、生産性が落ちる傾向があると言われる。ラマダン期間中は労働時間を2時間短縮し、その分を働かせる場合は特別な残業代を支払わねばならない国もある。

 ラマダンが訪れる時期は年によって違う。ヒジュラ暦は太陰暦で1年が354日しかなく、うるう年による調整もない。つまりラマダンは毎年およそ11日ずつ早まっていく。ラマダンが真夏の盛りにある年もあれば、真冬にある年もあるということだ。イスラム圏に進出する企業には、大きな行事や繁忙期がラマダンと重ならないようにする配慮が求められる。

スンニ派とシーア派
宗派争いの姿を借りた政治・経済対立

 中東情勢を報じるニュースで「スンニ派とシーア派の対立」について耳にすることが多い。預言者ムハンマドが632年に死去した後、イスラム共同体(ウンマ)の後継指導者に誰がふさわしいかという点で意見が分かれ、両派が生まれた。それ以来、今日まで対立が続いている。

 コーランに基づき、唯一神*アッラーを信仰する根本的な教義に違いはないが、宗教儀式に対する姿勢などが若干異なる。例えば、*サラートの回数。スンニ派の信者は1日5回だが、シーア派ではうち2回をそれぞれ別の1回と併せて略し、3回とする。

*アッラー=天地を創造した唯一神。「アッラーのほかに神はなし。ムハンマドはアッラーの使徒なり」と「信仰告白(シャハーダ)」することでイスラム教に改宗できる。
*サラート=1日に5回、キブラに向かって決められた時間に祈ること。イスラム教の5行の1つ。モスクで行うことが推奨されている。通常、礼拝前には手足を清める。

 ムスリム人口のおよそ85%がスンニ派、残りの大半がシーア派と言われる。だが、例えばイラン、イラク、バーレーン、アゼルバイジャンなどではシーア派が多数を占める。

 こうした国々で、少数派であるスンニ派が(時に欧米諸国と結んで)政権を独占し、抗議するシーア派と対立を深めるケースが少なくない。多くの場合、両派の対立は、宗教的な問題でなく、経済的もしくは政治的な問題に起因する。

 両派いずれにも穏健派もいれば過激派もいる。アルバニアに拠点を置く過激なイスラム主義組織・ジハード団はスンニ派、レバノンを中心に活動するヒズボラはシーア派の過激派組織である。

財産の2.5%を寄付する「喜捨」
マイクロファイナンスも イスラム精神から生まれた

 イスラム教に通底するのは、イスラム共同体(ウンマ)に属する民の艱難辛苦を皆で分かち合おうという姿勢だ。ラマダンの断食や、イスラム保険の*タカフルにそうした背景があることは別記の通り。イスラム圏のバングラデシュで広まったマイクロファイナンスの底流にも、貧しい者の苦しみを分かち合う精神があるとする識者もいる。苦難を共有するこの姿勢を明確に体現するのが「喜捨(*ザカート)」と呼ばれる仕組みだ。

*タカフル=イスラム式の保険。イスラム教で禁じられている「賭博」に当たらないように、喜捨=ザカートの概念などを使ってスキームを組み直したもの。
*ザカート=ムスリムに課される義務「5行」の1つ。所有財産のうち一定の割合を拠出し、貧しい人に分配する仕組みのこと。税制度として採用するムスリム国もある。

 一定以上の資産を所有している者は、1年に1回、その資産を貧しい者のために拠出しなければならないというもの。例えば金88gを持っている者は、その2.5%、つまり金2.2g(相当の財産)を政府もしくは政府系団体に拠出する。現金ならやはり資産額の2.5%、牛を30頭所有していたら1歳の牛1頭、ラクダを24頭所有していたら羊かヤギを1頭。政府や団体はこれを貧困者などに分配する。

 個人だけではない。例えばサウジアラビアは法人に「喜捨税」を課している。ただし対象はサウジの企業のみ。外資企業は課されない。現地企業と合弁している場合は、資本比率に応じて課されることになる。サウジが外資企業に喜捨税を課さない理由は単純明快。喜捨は、それをなすのも受け取るのもムスリムに限る、とされているのだ。

キリスト教、ユダヤ教との関係
7世紀に生まれた“新興宗教”

 イスラム教と、キリスト教やユダヤ教は同根だ。610年頃、ムハンマドは、天使ジブリールを通じて唯一神アッラーの啓示を受けた。アッラーは、モーゼに十戒を授け、イエスに啓示したのと同じ「神」だ。3宗教は、同じ神による天地創造を信じる宗教と言える。

 最後発のイスラム教は、ユダヤ教、キリスト教の啓典(新旧約聖書)もイスラム教の啓典として取り込んだ。それはユダヤ教の「タナハ」をキリスト教が「旧約聖書」として取り込んだのと同様だ。この2宗教の土台の上に、イスラム教は独自の教義を固めていった。

 同根なだけに、親しみもあるが反発も強い。キリスト教がユダヤ教に対する批判から生まれた“新興宗教”であったように、イスラム教も先行する2宗教に対する批判として生まれた。イスラム教は、2宗教が神の啓示を正しく受け取っておらず、啓典が人間によって歪められていると考えた。ゆえにコーランは、聖書のような「預言者がこう語った」という文体でなく、神が語った言葉(アラビア語)そのものを記録した文体になっている。

 アラビア語で書かれたコーランだけがコーランであり、他言語に訳されてもコーランとはならない。翻訳書は「注釈書」という体裁を取る。

 「新興宗教」対「旧宗教」の争いは、信仰に根ざすだけに熾烈だ。イスラム教徒は、キリスト教徒が支配・重視する土地に勢力を拡大。両者は、領土を巡って長い争いを続けることになった。ムスリムに占領されたイベリア半島の回復を図ったレコンキスタ(国土回復運動)、聖地エルサレムの奪回を大義名分とした十字軍の遠征などが知られる。キリスト教圏に脅威を与えたオスマン帝国は一時、東欧から北アフリカまで版図に収めた。

 ユダヤ教徒とムスリムの間にも対立がある。第2次世界大戦後にユダヤ人がイスラエルを建国して以降、旧住民のパレスチナ人(ムスリム)と激しく争うことになった。米国の調停もむなしく、解決の道筋は見えていない。

 ただし、地域間の紛争を、安易に宗教問題に結びつけて考えるべきではない。「イスラム過激派」によるテロの脅威が報じられているが、多くのムスリムは過激派をイスラム教の教えから逸脱した者たちと見なしている。イスラム圏の生活様式や思想様式は深くイスラム教に根ざしているため、ムスリムが大義を語る時にはおのずとイスラム主義になる。ゆえに、非イスラム圏の人々は、イスラム教の教えを純粋に守ろうとしている人々と、そこから逸脱した過激派の区別がつかなくなっている。紛争の本質は多くの場合、政治的・経済的な対立であり、単なる宗教対立であるケースは少ない。

1日数回のお祈りを欠かさない
「人工衛星から見たらメッカはどちら?」に議論百出

 2007年に誕生したマレーシア初の宇宙飛行士は、イスラム教徒だった。宇宙へ出ると、信者の義務である礼拝が問題になる。通常、1日に5回定められた時間帯に、聖地であるメッカの方角(*キブラ)に向かって祈らねばならない。

*キブラ=メッカにあるカーバ神殿の方角。サラートはこの方角に向かってなされる。ホテルの天井やクローゼットの中に示されていることも多い。

 だが、「空が白み始める」「太陽が傾き始める」といった礼拝時間の基準は、地球上でしか計れない。地球の軌道上を高速移動する宇宙ステーションの中で常にメッカに正対するのは不可能だ。

 無重力では起立・平伏など礼拝の動作をするのも難しい。しかも宇宙滞在時期はラマダンと重なっていた。

 同国のイスラム法学者らは数カ月に及ぶ議論の末に、礼拝は個人の判断に委ねられる、断食は帰還後に延期できるなどの指針を示した。

 宇宙に飛び立つ人は例外的存在かもしれないが、飛行機に乗る人は少なくない。イスラム圏で運航する航空会社の中には機内モニターなどにキブラを示す機能を装備しているところがある。旅行者は、かつてはキブラを示すコンパスを持ち歩いた。今は、これを代行するスマホのアプリが登場している。

 メルカトル図法の地図上で現在地とメッカを直線で結んでもキブラは分からない。地球が球であることを考慮した大圏コースで結ぶ必要がある。ちなみに日本から見るとメッカはおよそ西北西の方角にある(下の図参照)。

北を向いた時、矢印の方にメッカはある

ムスリムと働くということ
「有給祈祷時間」を設けるべき?

 経済のグローバル化が進む今、ムスリムと働くことは、イスラム圏で事業を展開する企業だけの問題ではなくなりつつある。なじみのない習慣に、企業が戸惑うケースは少なくない。

 例えば、ムスリムは1日複数回、礼拝する。毎週金曜日の昼、男性はモスクでの集団礼拝が義務づけられている。これらの宗教行為を行う時間帯は、企業によっては、就業時間帯と重なってしまう。

 祈祷の時間を有給の休憩時間として確保することを法的に義務づけているイスラム国もある。これには従うほかない。そうでない国では、どう考えればいいのか。答えは単純だ。優秀な人材を確保したい企業は、待遇や福利厚生を充実させることになる。相手がムスリムの場合も例外ではない。

 礼拝の時間に合わせて休憩時間を設定してくれる企業と、そうでない企業。ほかの待遇が同じであればムスリムはどちらを選ぶだろうか。金曜日の昼休みを、ほかの曜日に比べて長く設定する。お祈りのために祈祷室を設け、キブラを示し、じゅうたんを敷く──。大切なのは、企業が、従業員たちが信じる宗教やその生活様式を理解しようと努めていることを示すことだ。

 宗教儀礼だけではない。例えば、イスラム教における男女の性差の捉え方は、他宗教と比べて厳格だ。例えば「握手」は、欧米圏では親しみを表現するための最も無難なスキンシップだが、男性から握手を求められることに不快感を覚えるムスリム女性は少なくない。

 一方で、「アッサラーム・アライクム(あなたがたの上に平安がありますように)」と挨拶すると喜んで返してもらえることが多い。イスラム圏では言葉の壁を超えてほぼ通じる挨拶だ。何も知らずに女性に握手を求める日本人と、アラビア語の挨拶を覚えた日本人と、ムスリムはどちらと一緒に働きたいと思うだろう。多くの場合は後者だろう。

マレーシアの大正製薬子会社はラマダン明けに会食をする

 一緒に食事を取る際に豚肉は出さない。アルコールも控える。性的な冗談は言わない。ラマダン期間中は、日中は空腹に耐えるムスリムの前での飲食を控える。公衆の面前で屈辱を味わわせるような叱責をしない。これらすべてに厳格な地域もあれば、そこまでではない地域もある。大事なのは「べからず集」のような硬直的なルールを守ることではない。仕事のパートナーや共に働く従業員たちが大切にしているものを、自分が大切にしているものと同じように尊重するという、他地域でも当たり前の姿勢こそが求められる。

イスラム法の今昔
改宗者は死刑、姦通者は石打ち?

 サウジアラビアの基本法には「憲法はコーランとスンナ(預言者ムハンマドの慣行)」と明記されている。国体と*シャリアをここまで明確に一致させている国は多くはないが、法として明文化されているかどうかは別として、イスラム圏の多くの国でシャリアの考え方や効力は依然として存続している。

*シャリア=コーラン、ムハンマドの言行であるハディース、ファトワーなどを法源とするイスラム法。明文化され一般法に組み込まれている場合も。

 シャリアには、宗教儀礼を規定するもの(イバーダート)だけでなく、様々な生活様式を規定するもの(ムアーマラート)を含んでいる。ゆえに、宗教行為に直接関わることのない企業にとっても無縁ではない。シャリア不適格な「利子」を回避するイスラム金融や、豚肉やアルコールの使用を避けるハラール食品の製造などはその好例だ。

 シャリアをどこまで順守すべきか、その基準には地域差がある。下記グラフは、シャリアに対するムスリムの意識を調査したものだ。コーランは、罪とそれに応じた罰を次のように記述している。棄教者には死刑、婚外性行為を行った者には石打ち、飲酒した者には鞭打ち、窃盗を働いた者には手首の切断。これらの量刑を「ハッド刑」と呼ぶ。これらを現代でも適用すべきか否か、あるいは、非ムスリムにまで適用すべきか否か、について意識を尋ねた。四角形の面積が大きいほど厳格にシャリアを支持している。国や地域によってその意識に大きな違いがあることが分かる。

注:数字は「YES」と答えた人の割合(%) 出所:Pew Research Center

偶像崇拝の禁止と企業活動
サウジアラビアのマネキンには頭がない

 イスラム教は偶像崇拝を禁じている、という話はご存じの向きが多いだろう。キリスト教の教会に飾られているような宗教画の類はモスクにはまずない。代わりにイスラム教は、その世界観を幾何学的な「文様(アラベスク)」で表現しようと試み、技術を練り上げてきた。

 と、そんな話は美術史の中だけの話と思いきや、さにあらず。国や地域によっては、今もなお、企業活動がこの「偶像崇拝禁止」の考え方に制限されることがある。例えば、サウジアラビアのショッピングモールに立ち並ぶ、色とりどりの衣服をまとったマネキンの中には、首から上がないものが多い。企業の宣伝チラシに顔写真が載ることも最近まであまりなかった。海外から輸入した商品を、パッケージに掲載されている顔写真を塗りつぶしたうえで販売することもあった。

(左)羽をなくしたキユーピー人形、(右)一般的なキユーピー人形

 キユーピーは今年、家庭用マヨネーズのパッケージに印刷されている「キユーピー人形」のデザインを、マレーシアとインドネシアで一部変更。同人形の背中に生えている小さな羽をなくした。マレーシア政府系機関から、イスラム圏への輸出も視野に入れるなら「天使の偶像」と見なされる可能性を排除した方がいいとのアドバイスを受けたためだった。

イスラム社会における「女性」
ブルカで覆っていても中はおしゃれ

 昨年のロンドン五輪で、サウジアラビアから女子選手が初めて参加した。そのうちの1人は、髪を隠すために黒い帽子を着用して柔道の試合に臨んだ。

髪を隠すサウジアラビアの女子柔道選手(右)(写真:時事通信)

 コーランは女性に対して、慎み深さを尊び、露出を控えるよう説いている。だが、どの部分まで隠すべきかは明記していない。よって、くるぶしから顔まで一切見せない信者から、髪を出し半袖シャツやスカートで外出する信者まで、国や地域によってありようは様々だ。

 イスラム教は「女性を差別している」と批判されがちだ。コーランに「男の方が女の上に立つべきもの」という記述があり、現代社会において、女性蔑視と言える性格があることは否定できない。条件を満たせば、一夫多妻を認める国・地域があることも理由の1つだ。

 しかし、イスラムの観点から見れば、そこには女性を保護する意識がある。イスラム教の黎明期は戦争で夫を亡くした女性が多かったため、知人男性がその女性を娶(めと)ることで、その子供まで救済しようという発想だったとされる。

 どんな社会でも、おしゃれは女性の関心事だ。目元まで隠すスカーフであるブルカの着用が当然の地域でも、女性だけの集まりで即席のファッションショーで盛り上がるとか。

注:近年、アラビア語を仮名で表記する際、その発音により近くなるよう表記することが広まりつつあります。しかし、本特集では混乱を避けるため従来の表記を採用しています。アルカイーダ=アルカイダ、イスラーム=イスラム教、クルアーン=コーラン、シャーリア=シャリア、スンニー派=スンニ派、タカフール=タカフル、マッカ=メッカ、ラマダーン=ラマダン

日経ビジネス2013年9月23日号 52~55ページより

この記事はシリーズ「特集 イスラム・パワー」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。