五輪は企業が最先端の技術をいち早く実用化し、海外へのアピールを競う場でもある。クルマやエネルギー、警備などの分野で、東京を舞台に世界初の新しい試みが始まる。「科学技術イノベーションを起こす」アベノミクスの牽引役、東京はどこまで進化するか。

 世界的な自動車の祭典「東京モーターショー」。その不振は東京、そして日本の産業力の地盤沈下を象徴していた。そんな閉塞感を吹き飛ばす巨大なインパクトを、2020年に東京が世界へ与えるに違いない。

 街自体がそのまま、最先端のクルマやエネルギーなどを実際の生活で利用する展示場に生まれ変わる。進化を遂げた東京を訪問した世界の観光客やメディアに、技術力をアピールするのだ。

 その代表格が、事故の心配が少ない自動運転カー。来日したVIPらを安全に競技場などへ運ぶ。東京五輪では、こんな光景が見られそうだ。

 カメラやレーダーで路面状況や標識を読み取り、人がハンドルを握らなくても安全に目的地へとたどり着ける。今は米国カリフォルニア州など一部の地域でだけ公道実験が認められ、米国に比べ、日本は開発面で遅れていた。

 だが今年8月、日産自動車のカルロス・ゴーン社長が「画期的な新技術である自動運転を、2020年までに投入することを確約する」と表明。自動運転の試作車(下写真)を公開した。

 政府も実用化を後押しする。安倍晋三首相は今年5月、自動運転の公道実験ができる特区構想を打ち出した。

 観光客や都民に日々の移動の足として乗ってもらい、そこで得た豊富なノウハウを今後の開発にも生かせる。東京はより安全な街へと変貌し、その流れは日本全体へと広がるだろう。


 競技会場の間をつなぎ、多くの観客を運ぶ交通機関。そこでは、水素エネルギーで動く燃料電池バスが主役になる。東京都と自動車大手の間では、かねて五輪での活用を視野に入れた燃料電池バス導入の検討が進んでいた。

 東京五輪では、レールを使った交通機関は新設しない。燃料電池バスはコストがその10分の1以下で、コンパクトで環境に優しい五輪というコンセプトに合う。「燃料電池バスが走れば、またとないPR」(自動車大手幹部)という思惑も、メーカー側にはある。

 今後の実用化や普及へ向けた段取りはどうか。まず、2015年にトヨタ自動車やホンダが乗用車で燃料電池車の市販を始める。そして、国内100カ所の水素ステーションが整備される。

 2020年は、米ゼネラル・モーターズ(GM)と燃料電池の共同開発を決めたホンダが「競争力のあるシステムを実用化する」(福尾幸一・常務執行役員)と定めた年だ。独ダイムラーや米フォード・モーターと組む日産、独BMW・トヨタ連合も含めて「手頃な価格帯」の燃料電池車が続々と出始める。

 五輪を機に、燃料電池車の本格的な普及が始まる可能性は高い。「排ガスが少なく空気がきれいな東京」に、ますます磨きがかかりそうだ。


 「環境」は五輪の重要テーマの1つ。環境先進国である日本での開催とあって、招致活動でもアピールポイントになった。その柱の1つが、選手村や競技会場で使うエネルギーを「100%グリーンエネルギーで賄う」と申請書類に明記したことだ。

 だが、五輪会場内に太陽電池などの発電設備を少々設置したくらいでは、必要な電力を賄うことなど不可能だ。

 現実解は、東北の風力発電所などから電力を購入、東北電力と東京電力の送電線経由で会場まで送る方法。東日本大震災の被災地を含む東北は、土地が豊富なうえ、風況も良好で風力発電に適した場所は多い。

 東京五輪には「3・11からの復興を世界に見せる」役割もある。福島県沖に建設中の浮体式洋上風力発電所など、被災3県から再生可能エネルギーを供給すれば、復興もアピールできる。

 もちろん、それだけでは終わらせなない。五輪終了後に、一般家庭や企業などが全国各地の再エネを広く利用するモデルケースに位置づける。ただし、政府が2020年までに予定通り、電力制度改革を完了することが条件だ。

 今年3月、国際オリンピック委員会(IOC)評価委員に東京五輪の環境対策を説明した、前東京都環境局長で自然エネルギー財団の大野輝之・事務局長は、「五輪後に使い物にならない技術ショールームにせず、10年、20年後の東京、日本のあるべき姿をいち早く作るべき」と語る。東京は再エネ利用の先進都市になる。


 2020年、東京を訪れた外国人は、外貨両替の必要がなくなるだろう。

 「ボブ・ブラウンと言います」「お待ちしておりました。コーヒーとサンドイッチですね」。入店し、店員が客の名前と顔だけ確認すれば、決済が完了する。その時間わずか5秒。米スクエアや、ソフトバンクが出資する日本ペイパルが目指すのは、そんな世界だ。

 「顔パス決済」の仕組みはこうだ。客が専用のアプリをスマートフォンにダウンロードし、クレジットカード番号と自身の顔写真を登録。あらかじめスマホ上で注文の品を選択しておく。

 店側は、客のスマホがGPS(全地球測位システム)を使って知らせてくる「チェックイン」のアラートで、来店を把握。客の名前と顔が、POS(販売時点情報管理)レジに映し出された顔写真と一致しているかを確認し、登録済みのカードで決済する。

 米国のカード利用率は日本の2倍以上で、カード決済は外国人への拡販のカギとなる。決済の手数料や端末費用の高さから、カード決済導入をためらっていた多くの中小企業がカード決済可能となれば、その分利用率も上がる。

 今後、そば屋や駄菓子屋のような伝統的店舗や人力車といった外国人好みの事業に普及が進めば、訪日客の財布のひもが緩むのは間違いない。


 前回の東京五輪が開かれた1964年に、日本政府観光局の呼びかけで始まった通訳ボランティア「善意通訳」。外国人観光客がまだ珍しかった当時、その存在はとても貴重だっただろう。

 2020年の東京五輪でも、こうしたボランティアの活躍が期待されている。一方で、インターネット上での多言語間通訳や翻訳機能の精度向上を背景に、クラウド技術を活用した翻訳や通訳も、多くのシーンで使われそうだ。

 基礎技術は、ネット上の無数の文書から最適な訳文を弾き出して採用する「統計的機械翻訳」。ネット翻訳で先進的な米グーグルの「Google翻訳」は、この技術を採用し、書かれた文章の翻訳機能を無料提供している。対応する言語は71カ国語に達する。

 日本勢では、NTTドコモが「はなして翻訳」というサービスで、英語や中国語、韓国語の通訳機能を携帯での通話中に利用できるようにしている。東京五輪までに精度を向上させ、さらに複雑なフレーズの通訳が可能になっていくだろう。

メガネのようにかけて使う「グーグルグラス」。多言語間の翻訳や通訳機能も持つ

 使う端末も、現在のスマホやタブレットから、より自然にコミュニケーションできるメガネ型端末「グーグルグラス」など、ウエアラブル(身に着ける)コンピューターに移る見通し。五輪需要の盛り上がりを見越し、オリンパスやソニー、キヤノンなど日本メーカーが参入する可能性もある。

 英語が苦手な日本人でも、積極的に外国人の道案内を買って出られるようになる。言葉の壁を技術が乗り越える、新しいコミュニケーションの時代はすぐそこまで来ている。


 東京の空に浮かぶ大きな飛行船。据え付けた超高精細カメラが競技場付近で不審者の姿を捉えると、ただちに現場の警備員にその情報が共有される。空と陸、両方からの監視で「死角」を潰し、五輪を狙う犯罪者を威嚇する。

 これは、警備サービス大手のセコムが2020年の東京五輪に向けて温めている警備の構想だ。

 IOCの委員たちが東京を選んだのは、「安全」が大きな理由だった。セコムは「ハイテク技術をとことん活用して警備の質を高める」と強調する。人海戦術だけに頼るよりも監視の能力を大幅に高めて、五輪での大規模な採用を目指す。

 基礎技術は確立しつつある。同社は昨年末に無人監視用の小型ヘリコプターを発表、2014年度中に商品化する。店舗での利用を想定しているが、五輪にも応用できる。監視カメラの映像を解析し、姿勢や行動から不審者を割り出す技術の開発も進めている。

 セコムは1964年の東京五輪で選手村の警備を無事に遂行したことが評価され、飛躍を遂げた企業だ。だから、五輪には並々ならぬ思いがある。

 「目標が明確に定まりましたからね。我々も開発を加速させますよ」とセコムの幹部。東京五輪決定の盛り上がりの裏側で、最先端技術のいち早い実用化や世界へのアピールへ向けた企業の攻防は、既に激しさを増している。


東京五輪では1~2人乗りの超小型モビリティーも活躍しそうだ。国土交通省は2015年度までの実証実験を経て、関連法規の改正を進める。


選手村などの建築は自然採光や断熱など省エネ技術を駆使。環境へも配慮し、国土交通省の建物の環境格付け「CASBEE」で最高ランクを目指す。


成田空港と羽田空港を結ぶ新鉄道「都心直結線」が2020年にも開業。完成すれば成田~羽田間の移動時間は、今の1時間半から1時間以内へ。


日経ビジネス2013年9月16日号 10~12ページより

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