写真:陶山 勉

 海外展開を加速する多くの日本企業で、グローバルの共通語を英語にする動きが目立っています。海外売上高比率が8割近くに達し、世界で約14万人の従業員の7割を日本人以外が占めるブリヂストンも例外ではありません。

 しかし英語を共通語にすると、経営においてある問題が生じがちです。米国や英国など英語が母国語の人が会議で発言しやすい一方、そうでない人は意見を言いにくくなる。能力が高くても英語が下手なので発言をためらう人も目立ちます。「この程度の英語しか話せないのか」と思われるのが恥ずかしくて、「ギブアップして会議では黙っていよう」となりがちです。

 これではいけない。私はブリヂストンで海外営業や海外駐在を長年経験する中で、常々そう思っていました。

 そこで2006年にブリヂストンの社長に就任してから、「ナショナルイングリッシュ」を共通語にする方針を打ち出しました。米国や英国の英語ではなく、世界各国の社員がそれぞれの国で学んだ英語を指す造語です。

 最初は「社長は何を言っているんだろう」とみんなぽかんとしていましたが、だんだん私の意図を理解してもらえるようになりました。

 「発音が悪くても、語彙が少なくてもいい。自分が育った国で学んだ英語を使って、単語を並べてでも堂々と話そう」「ジャパニーズイングリッシュでもシンガポール訛(なま)りの“シングリッシュ”でもいい」。こう説明すると、非英語圏の人は歓迎してくれましたね。ブロークン英語でも、バカにされないなら話そうと思う人が増えました。

 最初は下手でも、あきらめずに話し続けると語学は必ず上達します。次第に語彙の数が多くなって、使い方も上手になる。発音も良くなってくる。土俵に上がることを恐れず、自分の意見を一生懸命言うとみんなが認めてくれるようになります。

 英語が母国語の社員の意識も変わりました。「私はニューヨーク訛りがきつくて英語が分かりにくいので、ゆっくり話します」と米国人が会議で言うようになった。非英語圏の人が理解しやすいように話して、英語が下手な人の意見を聞く雰囲気が生まれました。

 こうした取り組みは、危機の際にも役立ちました。2008年秋のリーマンショックで世界経済が急減速し、ブリヂストンの業績も悪化した時のことです。世界中で何が起きているのかという情報を短期間で吸い上げ、意思決定する必要がありました。世界各国の社員が意見を出しやすい風土は、正確な情報を集める力になりました。一部の工場を閉鎖するなど難しい判断も迫られましたが、効率化を進める一方で攻めの投資を実行して、短期間で業績はV字回復しました。

 日本企業の海外進出は、かつては欧米が中心でしたが、最近は東南アジアやインドなど新興国が成長の牽引役です。欧米流に合わせるのではなく、多様な国の習慣や文化、価値観を前提に、経営することが今の時代には欠かせません。ナショナルイングリッシュの考え方は、グローバル経営を成功させるカギだと信じています。(談)

日経ビジネス2013年9月16日号 130ページより目次

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