スマートフォン向け部品の商流が激変した。LSI(大規模集積回路)メーカーが、スマホの設計図を提供。端末各社から主導権を奪った。下克上の行き着く先に何があるのか。

 アルプス電気でスマートフォン向けなどの部品事業を統括する笹尾泰夫・取締役。最近、営業先の相手の顔ぶれが以前とは随分変わってきた。新しい部品の売り込み先として今、頻繁に通うのは、スマホメーカーではない。米クアルコムを中心とするLSI(大規模集積回路)メーカーだ。

 ほかの国内大手部品メーカーも同様だ。スマホ部品を売り込むためクアルコムの開発拠点がある米サンディエゴや中国・上海周辺に部品メーカーが続々と開発拠点を設ける。LSIメーカーを頂点にした企業城下町のようだ。

 米インテルや台湾・聯発科技(メディアテック)、中国・展訊通信(スプレッドトラム)といったスマホ用LSIメーカーの開発拠点でも、同様の動きが広がっている。

 LSIは半導体の一種で、通信機能の根幹を担う中核部品。LSI以外の部品メーカーが“LSIメーカー詣で”を繰り広げるのはなぜか。部品の供給先がスマホメーカーからLSIメーカーに変わったわけではない。LSIメーカーが約2年前から始めたスマホ設計図の外販が、調達網を根底から作り替えた。

 この結果、スマホ開発や使う部品の決定はLSIメーカー主導へと変貌を遂げた。変化を象徴的に示す事例がある。

 中国・深圳に本拠地を置く、あるベンチャー企業。2013年初めに産声を上げたばかりで、自社のホームページすらまだ存在しない。スマホ開発の経験はなかったにもかかわらず、開発着手からたった3カ月でスマホメーカーとしてのデビューを果たした。

 これを可能にしたのが、LSIメーカーが提供するスマホ設計図だ。盛り込まれる内容は、電気配線や部品配置、使用部品のリストだけではない。動作検証を終えたOS(基本ソフト)や主要アプリケーションソフト(応用ソフト)、開発ツールなど多岐にわたる。しかも、認証試験対策の手厚いサポートも含む。まさに、手取り足取りだ。

 この中国メーカーは、LSIメーカーから提供された設計図と開発ツールを活用。自社では外観デザインを作製しただけで、最新スマホを作り上げた。

 中国ではこの設計図を活用して、スマホ市場に新規参入する企業が相次いでいる。「400社以上のスマホメーカーが中国にはある」(TDKの逢坂清治・常務執行役員)との声があるほどだ。

 その中には一定の地位を確立してきたメーカーも存在する。中国で「クールパッド」ブランドのスマホを展開する宇竜計算機通信(ユーロン)がそうだ。中国市場で10%近いシェアを獲得。華為技術(ファーウェイ)や中興通訊(ZTE)、レノボ・グループに次ぐスマホ大手の一角に名を連ねる。

 LSIメーカーの設計図を使って開発するのは中国メーカーだけではなく、日本も含む世界に広がっている

 スマホ開発の根幹となる設計図を外部調達するスマホメーカーは、いわばLSIメーカーの下請けだ。スマホメーカーが頂点に君臨していた力関係は、なぜ逆転したのか。

 LSIメーカーが提供する部品は、通信用LSIやプロセッサーなど、まさにスマホの心臓部。以前から新しいLSIを開発するたびに、ほかの部品メーカーの協力を仰ぎながら、動作確認の目的でスマホの試作機を作っていた。

 この試作機をベースに、消費者が使用できるレベルにまでスマホ設計図の完成度を高めたというわけだ。「心臓部を手がけるLSIメーカーだからこそ実現できるビジネスモデル」(アルプス電気の笹尾取締役)と言える。

模倣携帯電話が発祥

中国の家電量販店には、LSIメーカーの設計図を活用したスマホが並ぶ

 実はこのビジネスモデルは、「山寨機(シャンジャイジ)」と呼ばれる中国の模倣携帯電話で花開いた。

 政府の認証試験を通さなくていいという模倣ならではの「手軽さ」もあり、多くのスマホメーカーが登場。新興LSIメーカーだった台湾のメディアテックも、模倣端末向けのチップ供給などを通じて業容を拡大した。スマホ設計図が欲しいというニーズを捉え、設計図を提供し始めた。中国のスプレッドトラムも続いた。そして、クアルコムやインテルなど大手LSIメーカーも、設計図提供のビジネスに目をつけた。

 日本ではスマホメーカーが通信会社の言いなりに設計してきたため、開発力が育たなかったという事情もある。

 LSIメーカーを頂点に、スマホ部品の調達網が組み替えられた影響は、多くの部品メーカーに及ぶ。

 村田製作所で通信事業部門を統括する中島規巨・取締役は、「1年ほど前からある部品の引き合いが急激に増えた」と話す。その部品とは「SAWフィルター」。通信用LSIの周辺に配置して、特定の周波数の信号を取り出す。

 急増の理由は、あるLSIメーカーのスマホ設計図で、部品の推奨リストに村田の名前が記載されたからだ。2年前には競合する部品メーカーのSAWフィルターが推奨されていたが、粘り強い売り込みで置き換えに成功した。

 部品メーカーにとって、LSIメーカーに選ばれることこそが、スマホメーカーに部品を納入する近道と言える。

 こうした構造転換がスマホ業界で進む間、多くの日系部品メーカーは変化への対応で後れを取った。しかし、ここにきて慌てて動き始めた。転機になったのは、これまで部品の最大顧客であった米アップルの失速だ。

 生産が月に1000万台を超える大口顧客の発注がここにきて激減したことで、日本の部品各社は新しい大口の販売先を開拓する必要に迫られたのだ。

日系部品各社も中国販売に活路

 日本の部品メーカーがこれから取引拡大を目指すのが韓国サムスン電子やソニーモバイルコミュニケーションズ、中国ファーウェイ、中国ZTEなどの海外スマホメーカー。だが、盛衰の激しい業界だけに、いずれアップル同様に失速する可能性は否定できない。

 そこで着目したのが、LSIメーカーと手を組み、中国の新興スマホメーカーへの部品供給に道筋をつける方法だ。スマホ世界市場の約4割を占めるまでに急成長する中国メーカーからの受注獲得は、日本の部品メーカーが生き残るためには避けて通れない。

 だが、LSIメーカーのスマホ設計図で推奨リストに掲載されるのは容易なことではない。特に、中国のスマホメーカー向けで採用される部品の評価基準は「コストの優先順位が高い」(国内大手部品メーカーの幹部)ため、中国など新興国の部品メーカーが有利だ。

 中国メーカーのスマホは「設計図がクアルコムの場合100~200ドル程度。台湾メディアテックや中国スプレッドトラムで70ドル程度の(格安)端末まである」(テクノ・システム・リサーチの丹羽健アシスタントディレクター)。

 今のところ、日本メーカーの部品を多く推奨リストに載せているLSIメーカーはクアルコムのみ。同社の中国端末メーカー向け部品リストにはアルプス電気やシャープ、太陽誘電、東芝、村田製作所などの社名が並ぶ。

 だが、クアルコムが中国のスマホメーカー向けに販売するLSIや設計図のシェアはそれほど高くない。同社より低価格のメディアテックやスプレッドトラムに受注を奪われている。この両社のリストに、日本の部品メーカーはあまり掲載されていないという。

 テクノ・システム・リサーチの調査によると、2013年における中国スマホメーカーへのスマホ用プロセッサー出荷数量シェアは、台湾のメディアテックと中国のスプレッドトラムの2社合計で約75%に達する見通し。将来は、さらなる低価格化を打ち出した新しいLSIメーカーが登場し、そのシェアを奪う可能性もある。日本の部品メーカーは、クアルコム頼みのままでは、ジリ貧になってしまいかねない。

 単純な価格勝負では、中国の部品メーカーに太刀打ちできないのは明らかだ。TDKの逢坂常務執行役員は、「LSIメーカーの要求を理解したうえで新しい部品を早期に開発し、安定して量産する力が必要」と話す。日本の部品メーカーには、自社の強みを分析したうえでメディアテックやスプレッドトラムといった新興LSIメーカーに対し、価格以外の価値をいかにして認めさせるのかが問われてくる。

 2013年に入り、LSIメーカーはスマホだけでなく、タブレット端末向けにも同様の設計図供給ビジネスを展開し始めた。日本の電機メーカーは最近、タブレットに軸足を置き始めているが、このままではいずれスマホのように、開発や商流の主導権を奪われ、下請けに転落してしまう恐れがある。

 サプライチェーンがめまぐるしく変化する中、部品であれ完成品であれ、存在価値を発揮し続けることは簡単ではない。勝ち残るための「生き様」とは何か、次の「強さを点から面へ」では見ていく。

日経ビジネス2013年7月22日号 34~36ページより

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