米フェイスブックCOOのサンドバーグ氏が3月に出版した『Lean In』が世界で話題だ。米フォーブス誌の「世界で最も影響力ある女性」で6位の人物が目指す社会とは――。日本語版出版に伴い来日した本人は、「女性だけに書いたのではない」と語った。

写真:五十嵐 隆裕
シェリル・サンドバーグ(Sheryl Sandberg)氏
フェイスブック COO(最高執行責任者)
1969年米国生まれ。91年米ハーバード大学卒業後、世界銀行のチーフエコノミストを務めていたラリー・サマーズ氏のリサーチアシスタントとして1年勤めた後、ハーバード大学経営大学院にてMBA(経営学修士)取得。米マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て1996~2001年まで米財務省勤務。このうち1999~2001年はサマーズ財務長官の首席補佐官を務める。2001年11月米グーグルに入社、副社長に。2008年3月、米フェイスブックにCOO(最高執行責任者)として移る。家族はベンチャーキャピタルを経営する夫と8歳の息子と5歳の娘。

 問 男女平等問題については長く自分の意見はあえて表明しないスタンスだったと本に書いています。なぜ今回、本を書いたのでしょうか。

 答 この10年、米国における女性の地位が全く変わらないからです。その10年を私はグーグルで副社長、フェイスブックのCOO(最高執行責任者)という立場で過ごしてきました。男性部下は毎日のように誰かが来て、「もっと違う仕事に挑みたい」「昇進したい」と主張するのに、女性は違う。

 「この仕事に挑戦してみるべきよ」と女性の部下を説得しても、「私にできるか分かりません」という反応です。こんな事態を何度も経験し、気がつけば会議室にいる女性はいつも私だけか、私を含めても2人程度。「これではいけない」と思ったわけです。

 世界的に見ても状況は同じで、どこの国でも女性指導者の数は目立って増えてはいません。依然として圧倒的に限られています。

 日本も大企業のトップが女性である比率は1%。米国も4.5%と、理想とはほど遠い。同じ仕事をしていても報酬も男性より低い。米国の女性の報酬は男性に比べ23%低いし、日本では29%、韓国では39%低い。

 私は最初からフェミニストだったわけではありません。2011年12月にTEDトークに招かれて、講演したのがきっかけでした。それまでこの種の問題について公の場で話をしたことはありませんでした。しかし、TEDから招待され何を話すか考えた時、女性の社会進出が停滞していることを話すべきだと思ったのです。

世界中の女性から手紙が来た

 周りには「そんな話をしたら、あなたの築いてきた実績が無になる」「あり得ない。ビジネス界でやっていけなくなる」と大反対されました。しかし、今の状況をどうしても変えたいと思い、(「なぜ女性のリーダーは少ないのか」というテーマで)話をしました。

 そしてTEDでの講演が米動画サイト、ユーチューブにアップされると、何百万人もの人が見てくれて、世界中の女性から次々に手紙が来たのです。「ありがとう。勇気を出して昇進希望を申し出たら、昇進できました」「夫に思い切って買い物リストを渡しました」「(あなたの講演について話したら)夫が家事を手伝ってくれるようになりました」と。

 みんなの生活、人生が変わりつつあると肌で感じ、本を書けばこの問題についてさらに様々な会話や議論を巻き起こせると考えたのです。

 問 この本は女性にだけ向けて書いたのではないと強調されています。

 答 そうです。男性にもぜひ、読んでほしいと思って書きました。真の平等を実現することは、女性にだけプラスになるということではありません。

 多様性に関する様々な研究も、人類が持ち合わせているすべての資源と能力を活用できれば、社会全体としてよりよい成果を生み出せることを示しています。実際、女性が多く登用されている企業の方が生産性が高いことは既に明らかになっています。

父親の育児参加で子も力強く成長

 家庭においても、統計的に夫婦が共に家事と育児に主体的に関わっていると、離婚率が低いだけでなく、結婚生活に対する双方の満足度も高いという結果が出ています。

 それだけではありません。父親がより積極的に家庭の運営や育児に参加すると、その子供はそうでなかった子供に比べて精神的充実度が高く、成長した際の教育水準も経済的水準も高くなるという調査結果が出ています。

 私たちが長く抱いてきた「男の子」「女の子」といういわゆる固定観念から抜け出すことができれば、それは男の子にとっても女の子にとっても選択肢が広がることを意味し、そうなれば誰もが性別にとらわれることなく、自分の希望や才能に応じた期待や志を追求できるようになります。それはより豊かな活力ある社会を築くことにつながります。そのことを私は強調したい。

 問 まず固定観念からの脱却が必要だと。

 答 そうです。「男の子」は小さい頃から「リーダー」となるべく自信を持つように育てられる一方で、「女の子」は人をサポートしたり助けたりするのが理想で、リーダーのような態度、行動を取ると「bossy(男勝り)」と否定的に見られます。

 本にも書きましたが、ビジネススクールで実在する女性起業家ハイディ・ロイゼンのケースはその典型例です。1つの学生グループにハイディのケースをそのまま読ませ、もう1つの学生グループにハワードという男性名に変えて読ませたところ、学生たちはハワードについては「好ましい人」と見なしたのに対し、ハイディについては「自己主張が強い」「一緒に働きたくない」と見ていたという結果が出た。みんなが男女についていかに強い固定観念を抱いているかを象徴する話です。

 周囲がこういう反応を示すから、私を含め女性はつい自信が持てなくなる。しかし、女性にはもう少し自信を持って、あえて「Lean In」、つまり一歩踏み出してほしいと思います。

 問 そう変われるといいですが。

 答 私は「簡単に実現できる」とは言っていません。その点は強調しておきたい。今、話していることを達成していくことは極めて大変なことです。世界中、どこで実現しようと思っても難しいでしょう。日本で「男性に家事を分担してほしい」「長時間労働を見直そう」と求めるのは容易ではなさそうです。

 しかし、「難しすぎるから変えるなんて無理」と最初から諦めてしまうのかということです。「変えられる」と信じることも可能で、そう考えて努力することはできます。

 問 しかし、ご自身もグーグル時代、子供が生まれる前は毎日、最低でも午前7時から午後7時まではオフィスで働いていたと本に書いています。

 答 はい、そうでした。しかし、グーグル時代に息子が生まれ、起きている息子に会うために勤務時間を午前9時から午後5時半に変えました。「勤務時間を短くするなんて無理だ」と思っていましたが、売上高も伸びて、利益も含めすべてうまくいきました。

 今も朝、子供たちを学校に送ってから出勤し、夕方は帰宅して子供と食事をして、彼らを寝かしたら、その後働きます。出勤時間こそ違いますが、相変わらず毎日12時間は働いています。オフィスにいないだけで、かなりハードワークを続けています。

 最も生産性が高いのは母親ではないかと思います。日本では出産した女性の職場復帰について懸念する声が強いようですが、そういう人たちが最も仕事をこなす生産性が高い社員だったりするかもしれません。自分の時間を無駄にしない人は大抵、人の時間も無駄にしないものです。

長時間労働修正がなぜ必要か

 問 しかし同僚を見ていても、仕事ができる人ほどさらに仕事が降ってくるという状況もあります。

 答 確かにそういう面はあります。私は、個人がみんな決意すれば働き方を変えられるとは言っていません。だから、それなりの地位にいる女性が働き方を変えるためにできることを意識してほしいと思います。経営上層部に女性が多くいる会社の方が、女性に働きやすい労働環境が整っています。

 日本でも、三菱化学という会社では、会議はすべて1時間以内、社員は午後7時に帰宅するのがルールになっていると聞きました。素晴らしい。企業も働き方を変える努力をすべきで、それは不可能ではない、ということです。

 労働時間を変えるのは簡単だとは言っていません。「必要だ」と言っているのです。それだけははっきりしています。今回、安倍晋三首相とも会う機会があり、安倍首相は女性の労働参加率が上がらなければ、日本の経済成長率は落ちると言っていました。人口が減少する日本では既に男性のほとんどが働いているため、経済成長を実現するには女性の労働参加率を引き上げるしかありません。

 米国も早晩、同じ問題に直面します。ですから米国にも(女性の労働参加率を引き上げる以外)選択肢はない。つまり、私たちは女性の労働参加率を上げるためにも長時間労働を変えていく必要があるわけです。

 この長時間労働問題を含め、女性が「Lean In」という姿勢で努力を重ねていけば、男女を巡る状況も少しずつ変わっていくかもしれません。変わっていかなければならないのですから、私は変わっていくと思っています。

将来、政治家を目指すのか

 問 話は変わりますが、今後はどうされる計画でしょうか。本を出版されて以降、世界の女性や企業に呼びかけてLean Inの運動を展開されています。

 答 本を書き終えて多くの人に「今後どうするのか」と聞かれます。フェイスブックでの仕事をしながら、本を書くのは大変でした。やっと書き終えて少し楽になったので、今後はフェイスブックでの仕事とLean Inの運動の両方をやっていくつもりです。

 今のフェイスブックでの仕事をとても気に入っているし、マーク(・ザッカーバーグCEO=最高経営責任者)と働くのは非常に楽しく、フェイスブックは最高の会社だと思っていますから。同僚もみな素晴らしく、どんな人にも発信、発言できる場を提供しているフェイスブックがやっていることがまた素晴らしいと考えていて、そういう仕事に携われていることをラッキーだと感じています。

 マークには「私を要らないと思うなら、クビにするしかないわよ」と言いました。でもマークは当面、そんな計画はないと言うので、フェイスブックで働き続けるつもりです。

 問 将来的に政治家を目指すということを考えたことはありませんか。

 答 ありません。

 問 全くない?

 答 全くありません。政治家は大変で、あまり面白くなさそうです。自分には合わないと感じています。女性が政治の分野でも活躍することは大切だと思うので、その分野を目指そうという人の気をそぐことはしたくないですが、自分には向いていない。

 問 それではフェイスブックのCOOがあなたの最終目的地ですか、それともほかに目指すものがあるのでしょうか。

 答 自分の力を発揮できる分野で仕事をしていきたいと思っています。ですから、今以上にもっと自分が力を発揮できて活躍できるという仕事があればそれを選ぶと思います。

 しかし、フェイスブックのユーザー数は今や世界で11億1000万人に達しました。フェイスブックの仕事と私の「女性のために」という取り組みは、互いに相乗効果があると考えています。両方をうまく影響させ合うことができれば、もっとできることが出てくるでしょう。

 男性と女性の平等が実現するのに、どれほどの時間がかかるか分かりません。しかし、こういう課題に取り組む機会に恵まれてよかったと今は思っています。これで誰かが傷つくわけではないですし、多分、世の中に進歩をもたらすわけですから。

(聞き手は 石黒 千賀子)

日経ビジネス2013年7月15日号 100~102ページより目次

この記事はシリーズ「世界鳥瞰(2013年7月15日号)」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。