1人当たり国民総所得を10年で150万円増は実現可能か。カギとなるのが、民間の設備投資の増加だ。設備投資増を原動力としてGDPが大きく成長するかに注目だ。

梅澤 眞一
労働政策研究・研修機構 総合政策部門 統括研究員
1957年生まれ、56歳。一橋大学卒業後、労働省(現厚生労働省)に入省。主に国際労働部門を担当。中央労働災害防止協会国際センター所長などを経て、2010年から現職。

 アベノミクスの第3の矢、成長戦略が公表された。1人当たりのGNI(国民総所得)を10年後に150万円増やすという方針を打ち出した。

 いくつかの賃金関連の指標は、いずれも賃金が1997年をピークに、景気の回復などで途中、少しは盛り返す場面もあったが、おしなべて減少傾向が続いていることを示している。これは、マクロの労働生産性が低下し続けたことを意味するが、この中でいかにして賃金上昇を実現していくのか。私が将来に向けて注目したいのは、民間投資額の増大によってGDP(国内総生産)が増大するかの点だ。

 デフレと円高に長い間苦しんできたわが国の企業は、市場での競争力維持の観点から、安易な賃金引き上げは行わないだろう。あくまでも企業単位のミクロの生産性が上昇し、好調な業績の持続が前提となるだろう。だが、そのためには国全体の設備投資が拡大し、それがGDPの拡大を力強く牽引するようなマクロ経済環境が極めて重要なのである。

 わが国の民間設備投資は、97年末以降の金融収縮の影響を受け、また円高に対する「空洞化」の動きもあって、長期に低迷を続けている。2000年代半ばから2007年にかけて一時期、回復の動きも見られたが、2008年のリーマンショック後、再びしぼんでいる。安倍晋三首相は今般、民間投資の拡大を目標に掲げたが、これはこうした点で個人的に極めて正しい処方箋だと考える。

(注:平均給与は暦年データ。また、雇用者所得は2000年度以前のデータが、完全には接続していない/出所:国税庁「民間給与実態」、内閣府「国民所得統計」)

企業の取り組みも重要

 一方、賃金動向は言うまでもなく企業の人事を含む賃金制度の見直しなどの影響を受ける。わが国企業は1990年代後半以降、成果主義の導入や仕事給の導入を進めることにより、人件費を全般的に抑制しつつ、労働者の生産性に応じた賃金報酬の実現といった一定のメリハリもつけてきたと考える。

 ただし、その傍らで非正規労働者の増加が生じた。2007年頃、春季賃上げ率や雇用量がともに増加する中で、労働分配率は低下を続けるといった現象が見られたが、これは相対的に賃金が低い非正規労働者の雇用増に原因があったと思われる。

 現在のところ、非正規雇用には雇用機会の不安定性や賃金伸び幅の狭さ、教育訓練機会の少ない点などの問題が指摘されている。将来の国全体の賃金拡大を確実にしていくためには、こうした非正規労働者の正社員化が進み、あるいは企業の中でOJT(職場内訓練)を含めきちんと技能を磨いていくことで、国全体として賃金が改善されていく基礎を構築・強化していくことが重要である。

(構成:白壁 達久)

日経ビジネス2013年6月17日号 24ページより目次

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