乗り物を運転するとは、どういう行為なのか。自動運転は改めて私たちにこうした問いを突きつけている。実は、第2次世界大戦直後、国際的に承認された定義がある。

 「運転者は常に、車両を適正に操縦し、又は動物を誘導することができなければならない」(道路交通に関する条約=ジュネーブ条約、1949年)

 自動運転技術は、60年以上も不変だった「クルマは人が運転する」という定義を揺らがせている。普及が進めば、現在のクルマ社会は、根底から姿を変える。最大の問題は、「事故が起きた時、誰が責任を取るのか」ということだ。

安全性を高めるために自動化への道を進んできた――安全技術開発の歴史

メーカーにも事故の責任

 この問題が初めて提示されたのは、80年代だった。その端緒がABS(アンチロック・ブレーキ・システム)。急ブレーキ時に機械が自動で小刻みにブレーキを解除してロックを防ぎ、制動距離を極小化する。

 それからESC(横滑り防止装置)、ACC(車間距離・速度の自動制御)と運転の自動化範囲は広がってきた。だが、リスクに比べて安全性向上のメリットが大きかったため、いずれもそれほど大きな議論は呼び起こさなかった。

 自動化のリスクが最初にクローズアップされたのが、「AEB(自動緊急ブレーキ)」。今でこそ危険と判断したら自動ブレーキをかけて、衝突前にクルマを停止させる機能は当たり前だ。しかし、導入時にはドライバーが依存しすぎて油断することがないように、「ちょっとだけ衝突させるべきでは」という意見が、真剣に議論されていた。

 そして今、本格的な自動運転時代が到来しつつある。責任問題の解決を、先延ばしにすることはできない。

 米グーグル共同創設者のサーゲイ・ブリン氏は「赤信号を無視したらどうなるのか」と問われ、「自動運転カーは赤信号を無視しない」と答えた。

 現在のAEBは、あくまでもドライバー支援機能の位置づけであり、仮に衝突してもメーカー責任は基本的に問われない。だが、本格的な自動運転機能を提供するとなれば、話は変わる。

 販売の対象が「クルマ」というハードから、「運転」というこれまで人が担っていた部分にも広がるためだ。もしもの場合に事故の責任をどこまで負えるのか。自動車メーカーにも覚悟と準備が求められる。自動車保険の考え方も、整える必要が出てくる。

 そうした課題を乗り越えて、自動運転が普及すれば、どんな社会が待っているのだろうか。

 まず、産業の効率化に貢献しそうだ。今年2月、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が、時速80kmという高速で、車間距離を4mに保ちながら4台のトラックで縦列走行する実験に成功した。1秒間に50回、クルマの速度と加速度を車車間で無線通信し、隊列全体がほぼ同時に加速・減速することを可能にした。

渋滞抑制や燃費向上へ

 空気抵抗が減るため15%以上燃費が向上。車間距離が縮まるので、渋滞抑制などの効果もあるという。自動運転は、エネルギー使用量の削減や、配送時間の短縮などに生かせる。

 少子高齢化が進んだ過疎の町にも強いニーズがある。

 北九州市。かつて新日本製鉄(現新日鉄住金)八幡製鉄所とともに栄えた山あいの集落は今や65歳以上人口が35%を超え、空き家の増加に悩む。軽自動車でも通るのに苦労する狭い坂道に、地域の大学教授らが自動運転機能を備えた小型EV(電気自動車)を走らせる構想を温めている。

 「遠くに行くわけじゃない。家からクルマで10分のスーパーや病院と楽に行き来できるだけで集落は活性化する」と北九州市立大学都市政策研究所の内田晃教授は言う。自動運転の特区に認められれば、課題先進地域が先端技術を実証する場になる。

 本格的に普及するには、自動車大手などが自動運転カーを商品化することが前提となる。トヨタ自動車の豊田章男社長は「オーナーシップはドライバーに置くのが基本」としながらも、「自分の運転技能や危険回避の限界をサポートすることも必要。ドライバーをリスペクトしたうえでの自動運転を考えていきたい」と語る。

 世界保健機関(WHO)によると、世界では毎年124万人もの人々が交通事故で命を落とし、2000万~5000万人がケガをしている。事故の95%が人為ミスによるとされるだけに、高精度の自動運転技術が普及すれば、死傷者数が大幅に減るのは確実だ。既に見たように、肉体・精神的なハンディキャップを抱える人も、クルマのメリットを享受できる道が開ける。

 今後、自動運転技術を生かし、より安全で便利な社会を作るには、どのような手順を踏めばよいのか。

 飛行機では、離着陸や気流の乱れが発生するなど人間の高度な判断が必要な時を除き、ほとんどの時間が自動操縦モードになっている。

 クルマでも、まずは渋滞時や高速道路など限定的な局面から、導入が進みそうだ。渋滞時ではボルボが2014年、高速道路では米ゼネラル・モーターズが2017年までに自動運転を商品化すると明らかにしている。

 日本では、国土交通省が有識者を集めて開催する「オートパイロットシステムに関する検討会」で議論されている。プロのドライバーが運転するクルマを、ほかのクルマが自動追従して走行するなど、様々なパターンを想定。2020年代初頭の自動運転実現を目指している。

 例えば自動運転カーの走行レーンを制限したり、自動運転であることをほかのドライバーに知らせるような、新たな交通ルールも必要になるだろう。

 これまで、人とクルマは完全な主従関係だった。だが、自動化の範囲が拡大し、時にはドライバーの意図を超えて適切に状況を判断し、ドライバーを守る。まるで騎手と馬のようなパートナーの関係になる。

 もう逆戻りはあり得ない。問われているのは、リスクとメリットを見極め、どのように自動運転カーと共生するかということだ。

日経ビジネス2013年6月10日号 52~53ページより

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