究極の安全と利便性を求め、世界中で自動運転技術の開発競争が起きている。だが、技術の完成度を高めるだけでは普及は望めない。

 「それでも事故が起きた時、どうするのか」という疑問が残るからだ。だが、「ぶつかっても死なない」技術開発が進んでいるとしたら、どうだろう。

衝突試験、日独で最低評価続出

 その最先端の現場が、スウェーデンのイエーテボリにあった。

 「なぜ新しい衝突試験に対応できたのか、とみんなに聞かれた。だが、我々にとっては当然のことだ」。ボルボのセーフティ・センターで、ヤン・イバーソン シニアマネジャーは、淡々と説明を始めた。

 ドイツ車、日本車で最低評価が続出――。2012年に米道路安全保険協会(IIHS)が始めた新しい衝突試験の結果に、自動車業界はショックを隠せなかった。

 その試験とは車体前部の面積の25%に集中的に衝撃を与え、乗員が無事かどうかを調べる「スモールオーバーラップ試験」だ。一部に負荷が集中するほど車体の変形は大きく、乗員が無事でいられる確率は下がる。

 その中で、軒並み最高評価の「Good」を獲得したのがボルボだった。新しい試験の概要を知り、慌てて対策したわけではない。既にそれを織り込んで、クルマを開発していた。背景には、行政や病院と連携した綿密な安全対策がある。

 「イエーテボリから100km圏内で事故があったら、即座に連絡が来る協力体制を築いた」とイバーソン氏は説明する。ボルボの事故調査隊が現場に急行。事故に遭ったユーザーの承認を得たうえで病院のカルテも閲覧し、あらゆるパターンの事故の被害実態を調べる。蓄積した事故データは3万件、カルテは5万人分。スモールオーバーラップへの知見は、その中で培われた。

事故現場にボルボの調査隊が急行。実態を調べ、新車開発に反映する

 2000年には最新鋭の安全検証施設、セーフティ・センターを開設。ここは、年間で最大400回の事故再現能力がある。その中枢にある円形の巨大な施設に足を踏み入れると、まず2本のレールに目を奪われる。「それぞれクルマを最大時速120km、同80kmで引っ張り、中央の高速カメラ群の前で激突させて事故を再現する」という。

 片方のレールは可動式で、クルマの「発射」角度を90度まで自在に変えられる。正面、側面、斜めなど、あらゆる角度の衝突事故を再現できる。安全を軸にブランドイメージを構築したいボルボの意気込みがにじむ施設だ。

 ボルボは「2020年までにボルボ車が関わる事故での死亡者や重症者をゼロにする」という目標を公言。自動車メーカー初の快挙の達成を誓う。

 自動運転に人のような判断ミスはない。それでも不具合は起き得る。人間が開発する制御プログラムが完璧とは限らないし、時には故障するからだ。

 ある大学が開発中の自動運転カーに5月中旬、記者は試乗した。「いざという時は緊急停止ボタンを押して」と指示を受けていたが、ついつい写真撮影に没頭してしまった。スタート地点に戻りかけたその時、カメラのモニター越しにベンチが見え、気づいたらぶつかっていた。制御プログラムのバグが原因だった。

 自動運転カーが普及する際、ハードルになるのは、わずかな確率かもしれないが起こり得る故障や設計ミスだ。ITS(高度道路交通システム)普及を目指すITSジャパンの天野肇専務理事は「自動化が進めば、事故で亡くなる100人中95人は救えるが、たまに不適切な動作をするかもしれない」と指摘する。

 万が一ぶつかっても、人の命を守る技術の重要性が分かる。

 衝突安全性の高さを売り物に、自動車産業への本格参入を目論む企業がある。化学大手の東レだ。

 2011年9月、英クランフィールド大学で行われた衝突実験。時速32kmで壁にぶつかったクルマの構造部材がぐちゃりと潰れるかと思いきや、ハラハラと黒い粉が舞った。最初は細かく、徐々に大きな塊となり飛び散った。

 この部品はCFRP(炭素繊維強化プラスチック)でできている。「僕らはCFRPの壊れ方を自由に設計できるんです」と東レ・オートモーティブセンターの山中亨所長は言う。炭素繊維は繊維方向には強いが、それ以外は弱い。その特性を利用し、織り方や重ねる量を工夫すれば、あえて一部を壊すことで衝撃を吸収させることもできる。

 東レは英国での実験で得たデータを基に、クルマの前部に壊れやすいCFRPを配し、座席の周りを強固なCFRPで囲んだスポーツカーを製作した。1kg当たりのエネルギー吸収量は70ジュールで鉄の2.5倍だ。「軽いけど高い」と言われ食い込めなかった自動車素材。「安全性」を武器に鉄からの代替を図る。

 「ぶつかっても安全なクルマ」を目指す時、乗員だけでなく歩行者をいかに守るかも課題だ。ボルボは2012年に、世界初の歩行者用エアバッグを新型「V40」に搭載して脚光を浴びた。

進化したクルマは柔らかい

 日本にも歩行者安全を突き詰めようとする研究者がいる。広島県東広島市で、以前はマツダの車体部品を試作していた町工場を訪ねた。

 「ここに立っていてください」。理化学研究所の升島努・理学博士はそう言って、一風変わった外観の電動3輪車に乗り込んだ。そして、記者をめがけて突進してきた。急ブレーキをかけても止まりきれない場合を想定し、時速5kmほど。それでも、目の前にクルマが迫ってくるのは、正直言って怖い。

 クルマは記者の体にめり込んだ。しかし痛くはない。マッサージ機でぎゅっと圧力をかけられたような、不思議な感覚に包まれた。

 開発中の3輪車「アイセーブ」は、クルマの周囲にスポンジを巻きつけ、さらにテント布で覆った構造だ。ぶつかった時に空気が抜けて衝撃を吸収するよう、車両内部の所々に穴を開けた。5代目(写真)は公道を走れるナンバーも取得。目下、デザインを改良した6代目を製作中だ。

柔らかい素材に包まれた自動車「アイセーブ」は、事故が起きても人を傷つけない。高齢者からの問い合わせが多い(写真:沖松 岩生)

 「人のおしりを見てください。進化したモノは、周囲と触れる部分が柔らかくなる」と升島氏は言う。これは、相手を傷つけず、共生していくための知恵なのだ。実は同氏は細胞分析の専門家。生命科学の世界での常識を、クルマに適用しようというわけだ。

 6代目をベースに車両を量産し、58万円で販売する計画。金型、樹脂のガラスコーティング、パイプ、曲げ加工などは、かつてマツダと取引があった近隣工場に委託する。

 8月中にも完成する。「ナンバープレートを取ったら、このクルマで通勤するつもり」。升島氏の胸は高鳴る。

日経ビジネス2013年6月10日号 50~51ページより

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