安倍政権が正式にTPP(環太平洋経済連携協定)交渉参加を表明した。TPPが締結されれば、工業製品や農産物など幅広い製品の関税が撤廃される。

 これを受け、農業を営む私の元にはTPPに関する取材が増えている。私が「農業の6次産業化」に取り組み、海外に農産加工品を輸出していることもあり、TPP賛成派と思われることが多い。だが実は、反対派である。

 あらゆる障壁を取り払い自由化すれば経済は栄える――。賛成派の多くはそう主張する。ここに疑問を感じている。どの国にも、歴史の中で培われた文化や地域性、独自性がある。TPP締結によって幅広い産業が自由化されることで、失われるものも大きい。

 「競争力の高い日本の農産物を海外に売り出すチャンスだ」と評価する声もある。だが、これは妄想に過ぎない。

 確かに私は、昨年から自社で栽培・加工したシラタキを、欧州に輸出している。「有機栽培」「低カロリー」といった付加価値を売りに世界で勝負しているが、それでも食品には「売れる価格帯」がある。どれほど強みがあっても、値段が高ければ売れない。「富裕層に売ればいい」という主張は、一部の現象を捉えた極論であり、実際に国際競争で勝つには価格がものをいう。

 つまり、関税が撤廃されたからといって、日本の優良な農作物が、それを機に国際競争で勝てるわけではない。だが、海外の安い農産物は確実に流入する。そんな厳しい事態を迎えても、日本の農業が生き残り、世界で競争力を高めていくためには何が必要なのか。そのポイントは、海外の農家と同じルールで戦う「土俵作り」にある。

もはや「断固反対」を叫ぶだけでは、農業の未来は拓けない(写真:TK/AFLO)

直接所得補償の手厚い欧米

 かつてフランス郊外にある酪農家を訪れた時、とても不可解な光景を見た。乳牛を30頭ほど飼育する酪農家が、日本では考えられないほど豊かな暮らしをしていたのだ。自宅には2台の新車が並び、倉庫には1台1000万円もするトラクターが置いてあった。当時のフランスの乳価は、日本の半額以下。ところが、日本の同規模の酪農家は、そんな裕福な生活は望めない。

 この格差はどこから来るのか。実はフランス政府は、農家に直接、収入の約8割を補塡している。米国でも、政府が穀物農家に収入の5割程度を補償している。

 何も、政府による所得補償によって、農家を富裕層にすることを狙っているわけではない。TPPが締結されるのであれば、他の先進国の農家と同じ条件で戦えるように環境を整備することが、日本の経済社会にとって不可欠だと考えている。関税が撤廃されても、他国並みの所得補償があれば、農家は価格競争でも「泣き言」は言えない。ここで初めて、日本の農産物は世界の農家と同じ土俵に上がり、期して戦えるのだ。

 この時、所得補償の恩恵は農家だけにとどまらない。仮に所得補償によって農産物の値段が下がれば、それを使う加工食品メーカーや外食産業、小売業も仕入れ値が安くなり、様々な商品やサービスが開発され、輸出も促進するだろう。つまり「食」にまつわる幅広い産業が活性化され、その恩恵は消費者に還元され、雇用も増えるわけだ。

 政府は「TPP交渉参加」を明言した。このまま関税が撤廃されれば、日本の農家は否応なしに世界市場で戦わざるを得なくなる。その際、世界の荒波にのみ込まれず、勝ち抜くにはどんな条件が必要なのか。関税撤廃を決断するならば、併せて「世界標準」の所得補償を実施する以外に、農家の国際競争力を高める手立てはない。

澤浦 彰治(さわうら・しょうじ)氏
1964年群馬県昭和村生まれ。高校卒業後、家業の農家を継ぐ。92年に有機野菜生産グループを立ち上げるなど、早くから大規模栽培に取り組んできた。

日経ビジネス2013年5月20日号 104ページより目次