慎重に、堅実に。同社の海外展開が、果敢に未開市場を拓いて「勝ちに行く」ものであるというよりも、1店舗1店舗、あるいは商品一つひとつで確実に「利益」を確保する仕組みを構築し、その仕組みを磨き続けることで、「負けない」ことを第一としたものであることを見てきた。

 こうした姿勢を貫きつつ、しかも出店速度を落とさない。この二律背反を前進させる徹底力が、国内小売業にあって最も成功している海外展開の事例の1つを形作ってきたと言える。

 スタイリッシュで洗練された「無印良品」というブランドの向こうにある、泥臭いまでの地道な取り組みの数々。だが、製造業を思わせるようなこうした「カイゼン」の風土は、創業当時からこの会社に宿っていたものではない。

 「無印良品」は1980年、西友のPB(プライベートブランド)として生まれた。虚飾やムダを排し、素材の力そのものを訴求した良品を低価格で提供する。そのブランドコンセプトをずばり語った名コピーが「わけあって、安い」だった。

 象徴的な商品の1つが「われ椎茸」。干し椎茸は高価だったが、無印良品では、大きさを揃えたり割れた椎茸を除外する工程を省いたことで100g568円という価格を実現した。割れたものもそのまま入っているが、見栄えは多少悪くても味は変わらない。

 高度経済成長に得た「豊かさ」が、バブル経済の絶頂へ向けて加速していくこの時代。セゾングループの総帥・堤清二氏とデザイナー・田中一光氏らとの交流から生まれ、華美なもので溢れる世の中にあえて逆行するようなそのコンセプトは熱狂的に受け入れられた。

 89年に西友から独立して良品計画設立、95年に株式を上場。99年には売上高1066億円、経常利益133億円を計上。卓越したブランドコンセプトが消費者の支持を集め、「無印神話」と呼ばれたこの急成長を生み出したことは間違いない。

 ところが2000年度、急激に業績が低迷する。既存店売上高が100%を切り、初めて減益に。「神話」の終焉に、1999年度末で1万7350円だった株価は2000年度末には2750円まで急落した。

 新規出店による成長が覆い隠していた構造的なひずみが、販売の減速によって一気にあらわになってしまったのだ。

 そのどん底、2001年に良品計画社長に就任したのが松井氏だ。就任直後、2001年度中間期の決算では、積もりに積もった衣料品などの「在庫」の評価損と「海外」の不振店閉鎖で63億円の特別損失を計上し、赤字に転落している。

 なぜ「在庫」がここまで膨れ上がったのか。なぜ「海外」は赤字を垂れ流していたのか。松井改革の原点は、この2つの構造問題ゆえに流された63億円というリストラの血にあると言っていい。

セゾンカルチャーとの対峙

「企業の強さを決めるのは『実行力』」が松井忠三会長の持論(写真:的野 弘路)

 独創的なコンセプトで消費者を魅了し、急成長した無印良品。だが、皮肉にも、同社の業績減速を招いた一因もこの「偉大なるブランド」だった。慢心し、そのブランドを支える経営の「仕組み」を整えることを怠ってきた。もっと言えば「マニュアルは従業員の感性や創造性を束縛する」として、仕組み化することを拒む風土すらあった。セゾンカルチャーの「負の側面」と言っていいだろう。

 結果、業務の大部分を従業員の勘や感性に頼るようになってしまっていた。例えばバイヤーが、それぞれの経験や勘を基に商品を仕入れる。機会損失を恐れて多めに買う。そうした動きを経営が把握する仕組みがなかったので、気づけば在庫が蓄積してしまう。

 松井氏はそうした従業員個々人が抱えるブラックボックスを一つひとつ可視化し、ムジグラムなどの基準や仕組みに置き換えることを続けた。

 営業出身でなく、人事畑が長い松井氏の「仕組み化改革」に、セゾン文化で育った従業員からは反発や批判の声も上がったが、動じなかった。結果、在庫が大幅に削減されてキャッシュフローが改善。経営は正常化し、2002年度以降は増収増益を重ねるV字回復を遂げている。

 以後、リーマンショックの影響で一時的に成長が減速した時期もあったが、自律的にカイゼンを続ける「仕組み」が定着したことで経営基盤は安定している。そして、残る課題が、松井氏が社長就任時、「在庫」とともにリストラの血を流した「海外」の立て直しだった。

 その取り組みは、国内事業における「松井改革」の精神と変わらない。感性や勘に頼らず、徹底した可視化と仕組み化で「負けない」基盤を作り、磨き続ける。その具体例は、本稿で見た通りだ。


良品計画の「松井改革」について執筆した記事「V字回復へ柔和な剛腕 松井忠三・良品計画会長」(2008年7月21日号)を、日経ビジネス Digitalに再録、公開しています。海外事業の根底にある松井改革の思想とその軌跡についてより深くご理解いただけますので併せてお読みください。
日経ビジネス2013年3月11日号 55~56ページより目次