今回の特集を始めるに当たって、まずチェルノブイリに入ろうと決めました。周辺住民はどう放射能と向き合って事故後27年を過ごしてきたのか。「恐怖」を体感することが、「福島」を知る第一歩だと考えたからです。

 しかし、現場に立ってみると一切恐怖は感じません。当地では4000人の作業員が平然と事故処理をしており、談笑しながら行き交っています。近年は「原発ツアー」も登場し、惨劇の場は一転、観光地化し始めました。

 人一倍怖がりの私はポケットに防塵マスクを忍ばせていたのですが、そんなものを着ければ笑い者にされかねない雰囲気です。高度汚染地で知られる町では、地産の野菜やキノコの入ったボルシチをたらふく食べました。

 ところが帰国してみると、編集部への土産に買ったチョコが「汚染されている」気がして手に取れない。現地で着ていたコートから「放射線が出ているのではないか」と考えてしまう。

 放射能に限っては「鈍感」は危険であり、「敏感」も過剰になると健康によくありません。しかし「鈍感」と「敏感」の折り合いをつけるのは難しい。心を制御できないのが人間だとすれば、「核の制御」を試みること自体、おこがましいのかもしれません。

(鵜飼 秀徳)

日経ビジネス2013年3月11日号 115ページより目次