
2012年のノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学の山中伸弥教授が開発したiPS細胞(人工多能性幹細胞)。この技術が“イノベーション”と評されるのは、2つの理由がある。
1つ目は、その不思議な性質だ。iPS細胞は、場所と資金さえあれば培養皿で1万個、1億個と際限なく増やせる。さらに、培養環境を変えることで神経、網膜、心筋、血液、肝臓など体のあらゆる組織の細胞に成長する。
第2は作製の容易さ。iPS細胞を作るには、わずかな皮膚や血液の細胞に少数の遺伝子を組み込んで培養するだけでいい。高校生でも扱える技術だ。それまで主流だったES細胞(胚性幹細胞)が抱えていた受精卵を壊すという倫理的な課題をあっさり解決した。
iPS細胞がなぜ生まれるのか、そのメカニズムには未解明な部分が多い。しかし、iPS細胞が秘めるポテンシャルは明らかだ。失われた体の機能を取り戻す再生医療、難病の仕組み解明や治療薬の開発――。医療産業へのインパクトは計り知れない。
日本政府はiPS細胞の研究に対し、前例を見ないほど巨額かつ長期の資金を投じる方針だ。先進技術の承認の遅れを招いてきたと指摘される規制当局も、改革に重い腰を上げた。
だが、iPS細胞の産業化競争はこれからが勝負。基礎研究で出遅れた欧米は、得意の商業化で虎視眈々と巻き返しを狙う。日本も技術開発に重きを置きすぎれば、家電や半導体といった産業と同様に「技術で勝って事業で負ける」という失敗を繰り返しかねない。
iPS細胞という「夢の技術」を、いかにして日本を支える産業に育成するか。最前線の取り組みを追った。