原子力発電所の立地にことごとく失敗したがゆえに、火力発電が7割超を占める。生き残りのために磨いた火力発電が、原発が止まった今、最大の武器になった。他社が電力料金の値上げに踏み切っても追随せず、独自の成長路線を描く。

中部電の知多LNGターミナル(愛知県知多市)には年間150隻超のタンカーが入港する(写真:高木 茂樹)

 「生活や産業活動に多大なる負担をかけることになり、誠に申し訳なく深くお詫び申し上げます」。関西電力の八木誠社長は11月26日、本店で開いた定例会見で頭を下げた。

 関電は同日、政府に電気料金の値上げを申請。認可が必要な家庭向けでは11.88%、認可が要らない産業向けは19.23%の値上げを求めた。27日には九州電力も値上げを申請しており、今後、東北電力、北海道電力、四国電力も追随する見通しだ。

 東京電力・福島第1原子力発電所の事故が発生し、国内にある大半の原発が停止する今、その穴を埋める火力発電用の燃料費が電力会社の収益を圧迫している。政府の試算によれば、沖縄電力を除く電力9社の2012年度の燃料費は、2010年度に比べて約3兆2100億円増える。2012年9月期中間決算は、電力10社のうち原発を持たない沖縄電力と水力発電の比率が高い北陸電力を除く8社が最終赤字となった。

 電力各社が相次いで企業や家計に負担を求める中、中部電力は他社とは様子が違う。水野明久社長は断言する。「電気料金の値上げは考えていない」。

 値上げに動いた電力各社が厳しい批判を受け、身を削る努力をしているのは確かだ。しかし、中部電のたどってきた道のりを見ると、値上げ以外の方策があるのではないかとも思わされる。

 震災前の中部電は、言ってみれば「知られざる電力会社」だった。企業規模では、トップの東電が頭1つ抜けているものの、第2位の関電に拮抗する3番手ながら、注目を集めることはまれだった。それは、ひとえに発電電力量に占める原発比率が低かったからだ。

中部電力の原発比率は震災前から低い
発受電電力量構成比(2010年度末)(注:他社受電分を含む。地熱は新エネルギーなどに含む 出所:電気事業連合会)

原発立地にことごとく失敗

 電力10社の電源の内訳を比べてみると、中部電の原発比率が小さいことが分かる。震災前の2010年度末で関電は44%、九州電力は39%。ところが中部電はわずか13%にすぎない。原発比率で他社に見劣りする中部電を、「国も含めてある意味、素通りしていた」(電力系コンサルタント)。

 ところが、3・11で状況は一変する。中部電も浜岡原発(静岡県御前崎市)が停止した余波で燃料費は増えているが、原発比率が低いことから影響は他社よりも小さく、供給力にも余裕がある。関電などへの売電収入が売上高を押し上げ、2012年9月中間期の最終損益は7億円の赤字にとどまった。他社が軒並み2013年3月期の配当を見送るのに対し、中部電は60円を50円に引き下げたとはいえ配当を維持する。

 苦境にあえぐ電力会社が多い中、値上げもしなければ、配当も継続する。中部電にとってこれまで弱点でしかなかった原発比率の低さが、一転して強みに変わった。しかも、中部電の“余裕”の背景には、火力発電の燃料費を他社以上に圧縮できるスキルがある。中部電は電力10社の中でも火力のコスト競争力を備えた1社だ。

 水野社長は言う。「長い歴史の中で火力発電主体の会社になったがゆえに、他社以上に燃料調達に工夫をしなければならなかった」。

 「長い歴史」は思うように原発を手に入れられなかった苦難の軌跡でもある。中部電は何度となく原発の新設に挑戦してきた。だが、1964年に三重県の芦浜原発の立地計画がスタートしたものの、地元の反対に遭い、36年後の2000年に計画を取り下げた。1976年に関電や北陸電とともに計画した石川県の珠洲原発も2003年に白紙撤回に追い込まれた。立地に成功したのは浜岡原発、ただ1カ所だった。

 3・11まで、原子力は電力会社にとって競争力を高める源泉とも言える存在だった。政府からの交付金などを除いた電力会社が負担するコストが、他の電源に比べて安価だからだ。最大の武器を手中に収めきれなかった中部電に残された道は、電力の7割超を生み出す火力発電を他社を圧倒する水準にまで磨き上げることだった。

自動車王国の要求に応える

 中部電が火力発電の低コスト化に本腰を入れたのは、2000年の電力自由化が契機だった。「新規参入者や原発を持つ他電力に攻め込まれるのではないかという焦りがあった」。経営戦略本部の奥田久栄部長は振り返る。

 社内では自由化での競争激化を見込んで大号令がかかる。厳しく突き上げられたのが、燃料を調達する「燃料部」と、発電所を運営する「火力部」だった。

 火力発電用の燃料費が全社のコストの約4割を占めるため、燃料調達価格次第では、他部門のコスト削減効果を吹き飛ばしてしまうほどの影響力があった。一方の火力部にとっては、発電所の建設費用に加えて、発電効率がコストを大きく左右する要因だった。

 自由化から10年以上が経過し、電力業界の不安は杞憂に終わっている。新電力のシェアは約2%にとどまり、電力会社同士の競争も起きていない。

 だが、中部電の火力発電への熱意が冷めることはなかった。水野社長は「たとえ直接、競合しなくても間接競争はある。なんせ中部エリアの顧客は厳しい」とつぶやく。中部エリアは、言わずと知れた自動車王国。トヨタ自動車を頂点に、コストに厳しい企業がひしめき合う。他電力の料金をにらんでは厳しい値下げを要求してくる。

 では、中部電はどのように火力発電のコストを下げていったのか。3つのポイントを順に見ていこう。


 今年7月。日本のLNG(液化天然ガス)調達史上、画期的なニュースが飛び込んできた。中部電と大阪ガスの米フリーポートとのLNG加工契約だ。北米で勃興したシェールガス革命が生み出した安価な天然ガスを商社を介さず自ら調達し、LNGへと加工して日本へ運ぶ。LNGの「買い手」が「作り手」になる前例のない試みだ。しかも、中部電と大阪ガスが手を組むという。

 天然ガスの価格指標には、パイプラインで流通する北米の「ヘンリーハブ」と欧州の「NBP」、LNGでのアジア価格がある。アジアは原油価格にリンクして価格が決まる。シェールガスの影響でヘンリーハブが下落し、原発事故で日本の需要が増えたことで、今や3倍の価格差がある。これが、「アジアプレミアム」と言われるゆえんだ。

 高額なLNGの調達費用が電力料金の値上げの最大の要因だと、たびたび批判の的になってきた。佐藤裕紀・燃料部LNGグループ長は、「契約の最大の目的はヘンリーハブの価格指標を日本に導入すること」と明かす。価格指標の多様化は、中部電と大阪ガスの、ひいては日本の交渉力を高めることにつながる。

 フリーポートで加工するLNGは、20年間にわたり年間440万トン。中部電1社で契約するには量が多すぎる。そこで、かねて親密な関係にある大阪ガスと手を組んだ。大阪ガスの武内敬・資源トレーディング部長は、「中部電とは思惑が一致。一緒にやろうとすんなり決まった」と明かす。

 今後、1隻でも北米からのタンカーが日本に入港してくれば歴史が変わる。世界の売り主に対して交渉力を発揮でき、割高なLNGを買い続けざるを得なかった苦い歴史にようやく幕が下りる。

 そもそも日本の電力会社やガス会社が購入しているLNGは、供給量や仕向け地を固定した10年超の長期契約が大半。中部電も以前は横並びの調達をしていたが、今では様々な形態の契約を組み合わせている。「中部電はLNG調達に最も長けた電力会社」。ライバルたちはそう評する。

次々と新たな契約形態を勝ち取ってきた燃料部LNGグループ。中央が佐藤裕紀グループ長(写真:高木 茂樹)

 最初の一歩は、2000年の台湾中油(CPC)との世界初のタイムスワップ取引だった。「首を縦に振ってくれるまで、一歩も動かない」。佐藤グループ長はインドネシア国営石油会社プルタミナの総裁室に立てこもり、タイムスワップを認めるよう迫った。説得の末、CPCがインドネシアから購入する予定だったLNGを2000年、2001年と中部電が引き取り、2005年に同量をCPCが引き受けることを認めさせた。

 長期契約は、契約時に約束した量を必ず毎年引き取らなければならず、引受量の変更幅は5~10%程度しかない。だが、電力会社のLNG消費量は電力需要によって変化する。少しでも契約の柔軟性を高めたい。かねてそう考えていた佐藤グループ長はこの時、勝負に出た。

 この契約の成功が、世界のLNG市場で中部電の存在を知らしめる契機となった。その後、タイムスワップ取引の成功を知った韓国から、季節ごとにLNGをスワップする「シーズナルスワップ取引」の提案を受け実現させた。

 さらに、売り主との間で仕向け地と日程を柔軟に変更できる「マスター契約」を世界28の売り主と結んだ。英BGや英BPとは、LNGの産地や特性などを問わず、調達量だけを約束する「ポートフォリオ契約」を締結。売り主は余剰のLNGをさばくことができ、中部電はより安価に調達できる利点がある。こうした経験の積み重ねが、フリーポートとのLNG加工契約へとつながった。

 そして各種の契約の背後には、人的ネットワークの構築に労を惜しまないメンバーの姿がある。国際会議のレセプションなどで名刺を交換したら、相手が社長だろうと会長だろうとアポイントを取り、どこの国へでも出かけていく。佐藤グループ長は言う。「『おまえのためなら一肌脱ごう。でも俺の顔も立ててくれ』という関係を1つでも作れたら大成功だ」。


 石炭トレーディングのメッカ、シンガポール。ここに中部電の石炭トレーディングを手がける子会社、中部エネルギートレーディングシンガポール(CETS)がある。中部電は2007年、英EDFトレーディングと業務提携したうえで、CETSを設立した。同社は、欧州の大手電力会社、仏EDFの石炭トレーディングを担う子会社だ。

 CETSは中部電社員が11人、EDF社員が7人の混成部隊。石炭トレーディングには、ノウハウと取引用のIT(情報技術)システムが欠かせない。中部電はアジア進出を狙っていたEDFと組むことで、この2つを手に入れた。

石炭のトレーディングを手がける中部エネルギートレーディングシンガポールのオフィス。日本人と外国人が一体となって石炭トレードを手がける

 「中部電で消費する以上の石炭を購入し、余剰分を転売することで、需要の変動に安価に対応できる」とCETSの葛西和範マネージング・ダイレクターは説明する。欧州の電力会社が自由化後、生き残りのために始めた手法だ。

 CETSのトレーダーは、会社の決裁を経ずに石炭購入を決める権限を持つ。例えば、1隻分の石炭を追加的に調達する場合、以前では役員の決裁が必要で2週間近くを要したが、今なら即日の調達も可能だ。

 CETSは豪州の石炭先物市場で流通している石炭であれば、銘柄を問わず購入することを決めている。石炭は産地などによって品質や特性に大きな差があり、モノによっては火力発電所のボイラーなどにダメージを与えかねない。このため、購入する石炭の仕様を厳密に定める電力会社が少なくない。

 だが、石炭の品質や産地を細かく指定して購入するのでは、トレーディングの機動性が失われる。そこで、第3のポイントである「火力技術の向上」が重要になる。


 「燃料部からの要請に発電所の現場で軋轢がなかったわけではない。それでも、コストを抑えられるならと取り組んだ」。中部電火力部の安井稔・業務グループ長は言う。

 燃料部が石炭の産地や品質を問わずに調達できるように、火力部は事前に数百種類の石炭を様々に組み合わせて燃焼試験を実施した。知見を蓄積することで、どんな石炭も使いきれる実力を身につけた。これはLNGでも同様だ。発電効率を見ても、この数年は中部電がトップを独走する。

 情報共有を図るための人事交流も盛んだ。市況を知る燃料部と発電への適用性を把握する火力部がタッグを組むことで、調達の柔軟度は格段に高まった。

 メーカーに頼らず自社で技術を磨くのは、中部電に新しもの好きの社風があるからかもしれない。たとえ実績がなくても、潜在力を見込んだ新技術は臆せず取り入れる。一方で、メーカーに求めるコスト削減の度合いは他電力の比ではない。

 安井グループ長は「近年建設した発電所は新興国の発電所にも負けないほど安く仕上げた」と胸を張る。中部電は海外での発電事業も複数手がけており、海外で得たコスト削減手法を国内に持ち込んでいる。

 ある重電メーカー関係者は、「中部電には本気で入札させられるが、その分、新技術を使ってもらえる可能性があるのがありがたい」と言う。

「三男はビジネス志向」

 中部電の経営判断は合理的だ。2008年に浜岡原発の1号機、2号機を30年超で廃止決定したのがそれを象徴する。「耐震工事をすると経済性が合わない」というのがその理由だった。

 企業としては当然のことだが、こと電力会社の経営判断には様々な要素が複雑に絡み合う。中部経済圏に詳しい三菱UFJリサーチ&コンサルティングの内田俊宏エコノミストは、「他電力が地域の雄だと自認するのに対して、中部電は自分たちを黒子だという点が異なる」と言う。中部経済界を支える老舗の一角を占めるが、今ではトヨタの方が存在感が大きいという立場も影響しているのかもしれない。

 ある関係者は、「政治的に動く東電が長男なら、武闘派で原発を次々に立地してきた関電が次男。三男の中部電はビジネス志向が強い」と表現する。

 これは中部電が2011年2月に発表した「経営ビジョン2030」からも見て取れる。中部地域の電力需要が今後、減少していくと予測したうえで、火力発電用燃料のトレーディング事業や海外での発電事業を収益の柱にすると明記している。また、ガスと電力を組み合わせたソリューションを企業に提供することで総合エネルギー企業を目指すとある。

 あるエネルギー会社幹部は、「東電をはじめとする多くの電力会社は、地域独占と公益特権を守るために、本業以外の事業の拡大戦略にあえて言及しないもの」と指摘する。言い換えれば、中部電は特権を失っても戦っていけるように体質を変えていこうとしているのかもしれない。

 エネルギー事業は規模の経済が働く。世界のエネルギー会社は、企業規模の拡大を目指して、合従連衡を繰り返してきた。こうした世界の潮流に鑑みると、電力10社に新電力、200社に上るガス会社がひしめき合う日本は、エネルギー会社が多すぎる。

 中部電の奥田経営戦略本部部長も「日本の国土の広さなら2~3社で十分」と話す。ただし、電力会社が合従連衡に動こうとすれば、独占禁止法などの制限もあり時間がかかることが予想される。ならば、調達などできるところから他社と共同で取り組んでいこうというわけだ。

火力発電技術を磨き、発電効率では電力10社のトップを走る(三重県川越町の川越火力発電所)(写真:高木 茂樹)

規模拡大を目指す未来

拡大するパイプライン網
中部電力と他社間を結ぶパイプライン

 布石は打ってある。上の地図を見てほしい。供給エリアが重なる東邦ガスや静岡ガス、さらにはエリアが重ならない大阪ガスともパイプラインを結ぶ準備を進める。東邦ガスとはかねて、LNG基地を共同で運用しており、共同基地間を結ぶパイプラインも2013年の開通を待つばかりだ。

 現在、中部電はタンクローリーを使ってLNGを企業向けに販売しているが、パイプラインが拡充できれば、よりスムーズにガスと電力をセットで売ることが可能になる。パイプラインを結んだガス会社にとって、中部電は協業相手でもあり、ライバルでもある。

 静岡ガスとは2011年2月、カタールと中部電の3者でLNG契約を結んだ。カタールとの価格や引受量の調整は中部電が担い、中部電と静岡ガスの間でLNGを融通し合うことができる、世界で初めての契約形態だ。かねて経営陣も含めて親密な関係にある大阪ガスとは、北米でのLNG加工契約を手がけたことは既に述べた通りだ。

 大阪ガスは、関西エリアで関電としのぎを削るライバル同士。仮に、大阪ガスと中部電がさらに協業の幅を広げていくとすると、間接的とはいえ、大阪ガスを介して、関電と中部電の競争が起きる。それは、これまでの電力会社と新電力という、圧倒的な力の差がある競争ではない。

 大半の電力会社は、今なお原発の再稼働を前提に織り込み、火力発電用の燃料調達に本気ではないように見える。新たな契約を結んだ後に原発が再稼働したら無駄になるという思いが透ける。

 確かに来年以降、安全性が確認された原発は少しずつ再稼働していく可能性が高い。だが、原発の新増設を進めようとしていた震災前の状況に戻ることはないだろう。原発が減った日本の電力市場で、中部電は台風の目になるかもしれない。

(山根 小雪)

日経ビジネス2012年12月10日号 52~57ページより目次