知識創造理論を提唱し、ナレッジマネジメントの世界的権威として知られる野中郁次郎氏。その著書や論文は海外で広く翻訳され、国内外の多くの経営者に影響を与えてきた。野中イズムを自社の経営に落とし込んできたエーザイの内藤晴夫社長がその本質を語る。

内藤 晴夫(ないとう・はるお)氏
エーザイ社長
内藤 晴夫(ないとう・はるお)氏1947年生まれ。74年米ノースウエスタン大学経営大学院でMBA(経営学修士号)を取得。75年エーザイ入社、88年社長。2009年国際製薬団体連合会(IFPMA)会長。2012年5月、日本製薬団体連合会会長。


(写真:陶山 勉)

 私は1988年、40歳でエーザイの社長に就任した。その際に会社を経営していく方針を考える中で、製薬企業は今まで医者を顧客と見ていたのではないかという思いにとらわれた。

 薬剤の真の顧客は患者の方々であるはず。ならば、顧客の規定を変えなければならない。患者を顧客として会社を経営することを決意した。

 それを最初に示したのが、89年に発した「エーザイ・イノベーション宣言」である。その中で「ヒューマン・ヘルスケア(hhc)」という理念を打ち出した。後に当社の定款にまで盛り込んだこの理念の一部を紹介しよう。

 「本会社は、患者様とそのご家族の喜怒哀楽を第一義に考え、そのベネフィット向上に貢献することを企業理念と定め、この企業理念のもとヒューマン・ヘルスケア (hhc)企業をめざす」

 「本会社の使命は、患者様満足の増大であり、その結果として売上、利益がもたらされ、この使命と結果の順序を重要と考える」

患者の喜怒哀楽は暗黙知と知る

 この理念を実現するために、社員一人ひとりが行動を起こし、患者の喜怒哀楽を理解して、事業での取り組みに結びつけることを求めた。この行動を当社では「hhc活動」と呼んでいる。ところが、彼らが実際に起こした行動はまちまちで、なかなか1つの方向に収斂しない。患者の元を訪れて話を聞くグループもあれば、近くの海岸のごみ拾いをしたりするグループもあった。社会奉仕活動をすれば、会社が要求している取り組みになるんじゃないかと考えたわけだ。

 今振り返れば、混乱が生じたのも無理はなかった。企業理念を実現する行動様式がどのようなものかを会社も具体的に示していなかったからだ。

 どうすれば社員たちに企業理念を理解してもらい、それに則した行動を実際に起こしてもらえるのか。こう思い悩んでいた時に、ナレッジマネジメントの第一人者である野中郁次郎・一橋大学名誉教授が96年に出版した『知識創造企業』(共著、東洋経済新報社)を紹介してくれた人がいた。早速、先生に会社に来ていただき、レクチャーを受けた。それが大変な衝撃だった。

 初めてお会いした野中先生は小柄だが、大変なオーラが出ていて、まるで巨人のような印象を受けた。その時の話は今でも鮮明に覚えている。長嶋茂雄さんと第2次世界大戦のゼロ戦の撃墜王、坂井三郎さんの話だ。

 撃墜王の坂井さんに相手の戦闘機の背後にどう回るのかと問うと「操縦桿をぐるっと右に回して足を思いっきり踏ん張るんだ」。普通の人が聞いてもまるで意味をなさない答えだ。長嶋さんのラジオ解説でホームランの打ち方を聞いても、同様に全く理解できない。なぜなのか。「それは形式知ではなくて、暗黙知だからだ」と野中先生は説明してくれた。

 暗黙知とは言葉や文章で表現することが難しい主観的な知識であり、個人が経験に基づいて暗黙のうちに持つものだ。対する形式知は、言葉や文章、データなどで表現できる明示的で客観的な知識で、共有しやすい。

 先生の指摘は、私にとっては天の啓示に匹敵するコペルニクス的大転換だった。患者の喜怒哀楽は実は暗黙知であり、それを把握して当社の事業活動へ結びつけるには、先生の考案した「SECI(セキ)モデル」と呼ばれる知識創造活動のサイクルを回さなければならないことに気づかされたからだ。

 先生は『知識創造企業』において知識の共有・活用によって優れた業績を上げている企業がどのように組織的知識を生み出しているかを追究し、組織における新たな知識は暗黙知と形式知の相互変換のプロセスの中で創造されるとする知識創造理論を提唱した。

写真:陶山 勉
野中 郁次郎(のなか いくじろう)氏
 ナレッジマネジメントの世界的第一人者。1935年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。富士電機製造(現・富士電機)を経て、米カリフォルニア大学バークレー校経営大学院で博士号取得。南山大学、防衛大学校、北陸先端科学技術大学院大学、一橋大学大学院国際企業戦略研究科の教授などを経て、2006年から一橋大学名誉教授。2007年、米クレアモント大学大学院ドラッカースクール名誉スカラー。
 『知識創造企業』(共著、東洋経済新報社)、『失敗の本質』(同、ダイヤモンド社)、『イノベーションの本質』(同、日経BP社)など著書多数。

知識創造活動を社内に埋め込む

注:野中郁次郎教授の「SECIモデル」をベースに、エーザイのヒューマン・ヘルスケア活動をモデル化

 その知識創造のプロセスには、(1)共同化(Socialization)、(2)表出 化(Externalization)、(3)連結化(Combination)、(4)内面化(Internalization)という4つのモードがある。そしてこれらのモードからなる知識創造のプロセスを、英語の頭文字を取って「SECIモデル」と名づけられたのである。

 最初の共同化では、現場に赴いた個人が獲得した暗黙知(思い、イメージなど)を、共同体験などを通じて互いに共有し、組織の暗黙知にする。

 次の表出化では、暗黙知を言葉や図などで表現し、形式知(コンセプトなど)へ転換する。

 3番目の連結化では、形式知とほかの形式知を組み合わせ、1つの体系としての形式知を創り出す。コンセプトを具体化する設計や製品開発はこの連結化に該当する。

 最後の内面化では、新たな形式知を創り出す経験を通じて、各自が新たな暗黙知を獲得する。これらの4つのモードを繰り返すことで、常に新たな知識を組織で創り出せるわけだ。

 これを当社のhhc活動に当てはめてみよう。まず共同化では、病院などの現場で患者や家族と過ごし、その経験から何かを感じ取る。すなわち、暗黙知を獲得するわけだ。次に表出化で現場で感じたことを会社に持ち帰り、口に出して説明する。感じ取ったことを言葉や図表にし、形式知とする。

 連結化では自分の所属部署以外の部署も巻き込み、形式知に基づいた具体的な製品やサービスを開発する。4番目の内面化で、再び現場に赴いて製品やサービスを提示する。そして、共同化で患者の反応からまた何かを感じ取って暗黙知を獲得するというように、サイクルを回していくわけだ。

 hhc活動をどう行えばいいのか。野中先生の知識創造理論と出合って非常に明確になった。患者のところに行って同じ体験をして喜怒哀楽を共有し、そこからニーズを見つける。フィリップ・コトラーやピーター・ドラッカーは、「企業の原点は顧客満足だ」と指摘した。我々の場合で言えば、「患者満足」をどうやって得ればいいのかという道筋が見え始めた。

 さらにこうした活動を組織に根づかせるため、97年に社長直轄で知創部という部署を設立した。文字通り知識創造を司る部署で、国内外で展開するhhc活動の司令塔の役割を果たす。

hhc活動から生まれた新製品

 知創部の下でSECIモデルに基づくhhc活動が社内に徐々に定着していった。これは海外展開でも役立った。海外でエーザイの知名度は必ずしも高くなかったが、欧米で現地の人材を採用する時に、当社の企業理念とhhc活動に興味を持ってくれる人が多かったのだ。単にかけ声だけに終わらせず、それを実現するための取り組みに実際に尽力しているということに注目して入社してくれた。

 海外でもhhc活動を促進する狙いもあり、「hhc award」という表彰制度も設けた。今でも年1回、国内外を問わず最も優れたhhc活動を行ったグループや人を表彰している。対象が売り上げを一番上げた人でも、利益を一番上げた人でもないところがポイントだ。

 SECIモデルの4つのモードの中で、最も重要で大変なのが共同化だ。我々が患者のそばに行って受け入れてくれる場合もあるが、逆に迷惑だと言われる場合もある。共同化の場をしっかりと作ることは、そう簡単ではない。セッティングのために知創部の高山千弘部長を中心に毎日、様々な社内のグループや患者とコンタクトを取っている。共同化の場は病院に限らない。例えば子供の患者の場合は、東京ディズニーランドに一緒に行ったりすることもある。

世界各国で患者のところに赴いて現場での共同体験を積み重ねる。このセッティングが知創部の重要な役割だ

 hhc活動を続けることで、目に見える成果も上がってきた。好例がアルツハイマー病治療薬「アリセプト」のゼリー製剤だ。当社のある研究者はhhc活動の中で、認知症になってから水も飲まなくなった患者が、ペクチン(複合多糖類)でできたゼリーをのみ込む姿を目にした。そこから、研究員はアリセプトをゼリー状にすることを考えついたという。ペクチンがアリセプトの成分を分解する難点などを乗り越え、厚生労働省の承認を得て2009年に発売した。

 1996年に来社していただいてレクチャーを受けて以来、定期的に先生にお会いして教えを受けて野中イズムにどっぷりと浸かり、師弟と言ってもいい間柄にまでなった。その中で目の当たりにした先生の人格や姿勢にも感銘して、2005年には当社の社外取締役第1号に就任していただいた。

 取締役会で先生はよく「この議論は面白くない」と言っていた。取締役会は理念や向かうべき方向性といったビッグピクチャーの規定を行うべきで、細かいところは経営陣に任せているんだと。取締役会は大きなことを語る場という雰囲気が醸成されたのは、野中先生のおかげだ。

水も飲み込めない認知症の高齢者向けに開発した認知症治療剤「アリセプト」のゼリー製剤

 そうした議論の中で、冒頭に述べたように定款に「hhc」理念を盛り込むことになった。よく考えてみると分かるが、これは大変なことだ。この会社の目的は、利益を上げることではないと言っており、それが、株主総会で承認されたのだから。

 エーザイはまず患者満足を増大するための企業だ。しかし、結果として得る利益も大事に思っている。こうした企業像がくっきりと出来上がったのが、この時期だった。

hhc活動は新たなフェーズに

 振り返れば、当社のhhc活動には3つの波があった。まず、野中先生と出会う前の混沌としていた時期。そして野中イズムに基づき、比較的整然として行ってきた時期がこれまでだった。

 そして現在、第3の波がやってきている。我々の事業展開が新興国や発展途上国の方にシフトしているからだ。新興国や発展途上国で、hhc活動を実施するには、やらねばならないことが山積している。これらの国々では患者の経済状況は厳しい。その中で、我々の薬剤をどうやって使ってもらうのか。患者に薬剤をしっかり届ける「医薬品アクセス」の向上が課題となる。

 実際に薬剤を必要としている人に我々の薬剤を届けることができないということは、hhc理念の考え方からすれば最も起こってはいけないことだ。この問題をしっかりと解決しなければ、結果としての利益や売り上げももたらされない。

 その中で出てきたのが、リンパ系フィラリア症の治療薬のプロジェクトである。世界には、経済的な事情から顧みられない10の熱帯病がある。これはその病気の1つだ。

 エーザイは今年1月、世界製薬大手13社の一員として米ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団、世界保健機関(WHO)、米国及び英国政府、世界銀行、途上国政府などと過去最大の国際官民パートナーシップを構築した。2020年までに10の熱帯病を制圧する共同声明「ロンドン宣言」だ。

世界保健機関、政府、製薬企業のトップなどが一堂に会して、熱帯病制圧を目指す「ロンドン宣言」を発表

 そこで出てきた発想が、リンパ系フィラリア症の薬を「価格ゼロ」で販売するというものだった。プロジェクトには40億円を超えるコストがかかる。だが、価格ゼロで販売してこの病気を解決することで発展途上国に中間所得層を作り出せば、将来はエーザイのブランド医薬品をしっかりと購入していただけるという考え方だ。

 経済環境が厳しい中ではあるが、社内に反対は全くなかった。全員が「非常にこれはいいプロジェクトだから、何としてもやる」と言ってくれた。

 このプロジェクトでも、現地スタッフが実際に患者に話を聞くhhc活動を実施している。リンパ系フィラリア症は蚊を媒介にする病気だから、どのようにボウフラがわかないようにするかといった、薬とは直接関係ないことまで考えている。

 このように暗黙知をSECIモデルの4つのモードを回して組織としての形式知に変換し続けた。そうすることで、「価格ゼロ」の薬によって患者満足を得ることが、結果として売り上げや利益に結びつく道筋をつけ、株主にも説明できるようにしていった。

 私は、善意だけに基づくようなCSR(企業の社会的責任)は信じていない。余裕がある時はやるけれども、なくなったらやめるということになりがちだ。あくまで目的は患者満足の増大で、それが図れれば多少遅れても、結果としての利益がもたらされる。このことを信じている。だからこそ、中長期になったとしても、最終的に採算が合うかをしっかりと考え抜くことが、経営の大事なポイントになる。

 フィラリア症の治療が進み、中間所得層が生まれれば、当社の比較的高価な薬剤を買えるようになる。それに要する期間は最低10年は必要だ。その時にどのぐらいのリターンが得られるかなども、ある程度押さえられた。

新フェーズでもカギは知識創造

1989年の「エーザイ・イノベーション宣言」。野中イズムに基づくhhc理念の遂行がエーザイの歴史でもある(写真:陶山 勉)

 hhc活動においてダイナミックに知識創造活動のサイクルを回す。それを継続してきたからこそ、社内からこうしたプロジェクトも生まれてきた。

 これまで紹介してきたリンパ系フィラリア症の治療薬の例から、現在、製薬産業が大きなビジネスモデルの転換点に差しかかっていることが、お分かりいただけることだろう。

 近年、製薬産業のビジネスは、高収益率だが数量はそれほど多くない薬剤を販売するという方向性にあった。革新的な薬剤は価格が高くなってしまうから、購入できる患者だけに提供するという考え方だ。これが新興国や発展途上国を相手にすることで、低収益率でも大量に売ることでトータルの利益を確保するというように変わりつつある。

 ビジネスモデルが大きく変わる中、ロジックやサプライチェーン、情報提供の手法などをブラッシュアップしないといけない。それにも5~10年はかかる。

 そうした状況の中で「患者に購入できる価格で提供する」という考え方は、今後当社が販売する、どの薬にも共通するものだ。例えば「ハラヴェン」という天然物由来の非常に優れた抗ガン剤、あるいはてんかんの最新治療薬も例外ではない。「価格ゼロ」を含めて、患者の元にしっかりと届くよう、地域ごとに異なる価格で販売していく。

 だが、これは難しい取り組みだ。それは、地域ごとの人口と価格を計算し、折り合いをつける作業というだけではない。当該国の政府の協力の下で、きちんとした流通面の規制による管理がないと実現できないのだ。

 困難ではあるが、この新たな挑戦を前に、血わき肉躍る思いだ。パートナー1つ取っても、これまでとは全く違う。ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団やWHOのような国際機関、途上国の政府などが相手となる。従来は製薬業界の中での共通言語を使ったビジネストークで済んでいた。だが、今後は異なる常識を持つ世界的な組織とパートナーシップを組むことになる。

 知識創造の現場は今、先進国から新興国や発展途上国にグッとシフトしている。経営者としては、そうした現場からどういう刺激を受け、重要な情報を感じ取ることができるかが問われている。こうした考え方の1つを取っても、私の中に野中イズムが浸透していることが分かるだろう。「SECIモデルの説明をしたらオレよりあなたの方がうまいよ」と先生ご本人からお墨付きを得るほどまでになった。

 企業経営を考え続けるに当たって2つのフレームがあると私は考えている。1つは、野中先生が言うように、「顧客の喜怒哀楽とは、暗黙知である」ということだ。だからこそ、暗黙知を知る努力が要る。

 もう1つは「企業は顧客満足の維持のために存在しており、それを満たせば結果として売り上げや利益がもたらされる」ということだ。

 この2つは普遍だと考えている。企業が社会的な公器であるという由縁であり、社会の中で使命を果たしていく原点だ。先進国であっても、新興国や発展途上国に行ったとしても、そこでどのように現実に適応できるのか。フレームは、常にこの2点にある。

寝ても覚めても考え続けよ

 野中先生の本は、読みこなすのが実に難しい。前にその真意を尋ねたことがある。すると、「序章と終章だけ読んで分かったと言う人がいるが、僕はそういうのは嫌いだ。だから、そういう読み方では全く分からないようにしてある」と言っていた。要するに考え続けろということだと受け止めた。

 先生は2010年に『流れを経営する』(共著、東洋経済新報社)という本を著している。絶えず変化する現実の動き、創造の流れ(フロー)に応じて経営を行っていくという内容だ。

 現実の事象は静止した状態にあることはなく、絶えず変化する。だからこそ、目の前の現実から仮説を立て、より良い未来に向かってそれを実践していく。間違っていれば、仮説を立て直してまた実践する。見方を変えれば、経営とは寝ても覚めても、考え続けることだというメッセージだと思う。

 ニュートンが万有引力の法則を発見したのは、リンゴが落ちるのを見たからだという逸話がある。なぜそれが発見につながったか。ニュートンが万有引力のことをずっと考え続けていたからだ。どんな重要な状況を見ても、考え続けていない人にとっては、それは何の意味も持たない光景にすぎない。

 野中先生のご指導を得て、知識創造理論に基づいて展開してきたhhc活動の具体的な成果は、先述したアリセプトのゼリー製剤のように目に見えるものでは必ずしもない。最大の成果は、一人ひとりの社員が、予期せぬ事態や何らかの決断を求められる局面に対峙した時に、自らの価値観や判断基準に沿って自主的に意思決定し行動を起こせるようになってきたことだ。

 SECIモデルの4つのモードを回すという活動のプロセスは明確でも、実際にどのような場所で患者と同じ体験を共有し、そこで感じ取った暗黙知を形式知へと変換して、どのような製品やサービスを開発するのか。その際にどの部署を巻き込むか。いずれも自分で判断しなければならない。だから、hhc活動の継続を通して社員たちはおのずと自身の判断基準を持ち、物事を決定していくようになる。

 こうして個々の社員のレベルで当社の企業理念に沿った意思決定や行動を自らできるようになってきたことは、当社の大きな強みになっていると確信している。

=一部敬称略(構成:広岡 延隆)

日経ビジネス2012年12月10日号 72~77ページより目次