(写真:村田 和聡)

 問 社長就任から丸2年。MNP(番号持ち運び制度)で13カ月連続首位を維持するなど、auブランドは消費者の支持を取り戻しつつあります。

 答 経営のバトンを引き継いだ2年前、KDDIはスマートフォンシフトに出遅れ、モメンタム(勢い)を失っていました。

 今年1月に発表した固定ブロードバンド(高速大容量)通信サービスとスマホのセット割引を目玉とする「3M戦略」は、実は私が社長になる前から検討を重ねていたものです。しかし、当時の状況で3M戦略を始めたとしても、うまくいかないことは目に見えていました。まずは「どうすればauブランドが好調だった2007年前後の会社のイメージに近づけるのか」という課題設定から着手したのです。

iPhone獲得は絶対だった

 問 優先課題は何だったのでしょうか。

 答 固定ブロードバンドへの加入をテコに、同一世帯内のauスマホ比率を高める「家族内連鎖」を起こすには、他社からauに乗り換えようと思ってもらえるような魅力的な端末を品揃えすることが何よりも重要でした。ソフトバンクモバイルが国内で独占的に販売していた米アップルの「iPhone」の獲得は絶対でしたし、NTTドコモで人気の高かった韓国サムスン電子の「GALAXY」やソニーの「Xperia」なども不可欠でした。このため、就任1年目は端末ラインアップの拡充に力を注ぐことになりました。

 ただし、端末の取り扱いにはメーカーとの協議が必要で、「よしやるぞ」と宣言したからといって、すぐに発売できるものではありません。iPhoneの発売当初は一部の機能に制限があり、悔しい思いもしました。社長就任2年目の今年、MNP市場で優位な競争を進められているのは、当時の地道な取り組みがあったおかげです。

 社内には今年に入ってからも「ドコモからiPhoneが出るのではないか」といった懸念がありました。幸い、こうしたリスクに直面することはなく、スマホの品揃えや通信品質の面で優位性を築けたことが、現在のMNP市場での成功につながっていると思います。

 問 ライバルの動きは気になりますか。

 答 私にとって一番心配なのは、ユーザーの要望がコロコロと変わることです。当社にとってのライバルはNTTでもソフトバンクでもなく、ユーザーだと思っています。きれいごとを言っているように聞こえるかもしれませんが、私は真剣にそう考えています。

 ドコモには安心・安全と高い顧客満足度という軸があって、ソフトバンクには孫正義社長の強いリーダーシップと、革新的な企業イメージがあります。ライバルの間で埋没しないためには、ユーザーの信頼を獲得する努力を怠ることはできません。

 企業はユーザーから離れると必ず堕落します。それはスマホシフトに出遅れた2007年前後の当社の経験からも明らかです。私はユーザーが欲しいものを先回りして提供し、満足感と驚きを提供することにこだわりながら、KDDIの経営を舵取りしていきたいと考えています。

 問 ソフトバンクは米スプリント・ネクステルの買収によって世界3位の通信会社になりますが、対抗意識はありませんか。

 答 ソフトバンクの孫社長と私はやっぱり違うと思います。私自身は一発勝負をする性格ではなく、世界の通信市場で3位になってやろうと思うこともありません。それよりも移ろいやすいユーザーを相手に、どうすれば満足感を与えられるかを考えることの方が重要だと考えています。

 もっとも、当社とNTT、ソフトバンクの3社が同じ市場で価格競争だけやっていても、ユーザーにワクワク感を与えることはできません。国内通信大手3社が別々の方向に向かい始めたことは、むしろいいことだと思っています。

まだまだ光回線のシェア低い

 問 KDDIの好調を支える固定と携帯のセット割引について、制度上の理由で追随できないNTTからは「電話時代の規制を悪用している」という声も聞かれますが、反論をお聞かせください。

 答 そもそも当社とNTTでは光ファイバー通信回線市場におけるシェアが全く違います。KDDIのシェアはようやく10%を超えたばかりですが、NTTのシェアは今も70%を超えており、やはりとんでもなく大きい。ちょっと過剰反応しすぎではないでしょうか。

 当社は2000年の合併時から、固定も携帯も手がけることができる通信事業者であることをうたっていましたが、固定通信のインフラは十分に活用できていませんでした。我々には多くの選択肢があったわけではなく、いくつかの制約の中で生き残るために今の戦略を選んだというのが実態です。

 固定通信は携帯電話に比べ設備投資が先行し、赤字が長く続きます。NTTの光回線事業は既に黒字化したようですが、我々はまだ赤字が続いています。もし光回線サービスを手がけるのがNTTだけになってしまうと、設備競争が成り立たなくなり、改めて国有化などの議論が出てくる可能性もあります。市場全体を見渡せば、今の状況はNTTにとっても悪い話ではないと思います。何とか設備競争ができるようなところまではそっとしておいてほしいというのが今の私の本音です。

行間を読む

 「通信のプロ」を自任する生粋の技術屋だ。スマートフォン(高機能携帯電話)の発表会では、細部の操作感に至るまで強いこだわりを見せながらプレゼンテーションすることで知られる。時にはユニークな発言が「ツイッター」上で議論を呼ぶなど、過去のKDDIにはなかった独特の発信力を持つ経営者だ。

 「2012年は通信業界のゲームチェンジャーになる」との宣言通り、今年1月には固定ブロードバンド(高速大容量)通信サービスとスマホのセット割引「auスマートバリュー」や、月額390円でアプリが取り放題となる「auスマートパス」を発表。ライバルとは異なる独自の戦略を打ち出し、携帯電話と固定通信の両市場でauブランドの勢いを取り戻してみせた。

 記者会見などで見せる柔和な表情からは想像しにくいが、社内では「ドライな判断も辞さない合理主義者」と言われる。必要な施策を1つずつ積み上げながら、結果を出すことにこだわる勝負師の顔も併せ持つ。

 光回線とスマートフォンの一体割引を導入し、規制に縛られたNTTの弱点を突いた。インタビューでは「NTTのシェアはまだ高く、そっとしておいてほしい」と控えめな挑戦者らしい表現でNTT側の批判をかわしている。だが、社内では「(NTTのあり方論議が再開する)2015年まではNTTには追随できない」と現場担当者を鼓舞する。

 iPhone投入によるソフトバンクとの直接対決やガリバーNTTへの挑戦状――。携帯3社の中ではKDDIは穏健な印象が強かった。温厚に見える田中氏の振る舞いの裏にはタブー破りの大胆さが隠されているように見える。

日経ビジネス2012年12月3日号 32~33ページより

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