(写真:村田 和聡)

 問 ソフトバンクは通信会社の中で脱・土管化の急先鋒というイメージがありました。一方で、土管に逆戻りするかのような米スプリント・ネクステルの買収に驚きの声も上がっています。

 答 ネットワークだけでも、端末だけでも、コンテンツだけでもダメだと思います。3つをうまく統合し、トータルで提供していくのが最終的な目標です。どれか1つを一生懸命にやって残り2つはおざなりではダメ。

 米マイクロソフトのビル・ゲイツ氏は米アップルのスティーブ・ジョブズ氏に「おまえほどの能力があれば、立派なソフト会社になれるのに」と言いました。スティーブもまたビルに対し「おまえほどの能力があれば立派なハードウエアの会社になれるのに」と返しました。

 現在、マイクロソフトはタブレット「サーフェス」を投入し、ハードの領域に進みつつあります。一方、アップルも端末を作りながら、特にソフトのプラットフォームを強化しています。

 ネットワークも同様です。端末の中に入る通信モジュールをいかにシームレスに統合するかが重要になってきています。通信事業者はどのハードにいかに自分が持っている周波数を対応させ、シームレスにつなげるか。これをやらないとネットワークは意味を持たない時代に入っているんです。

 ネットワーク、ハード、コンテンツは切っても切れない関係になっていきます。こうした関係を理解し、なおかつ統合していくだけの力を持ち合わせていないと戦えない時代が来ます。

 問 スプリント買収はそうした交渉で優位に立つためですか。

戦とは力、力とはボリュームだ

 答 交渉力とは価格についてだけではないのです。端末メーカーは機能を拡充し、デバイスを薄くしバッテリーも長持ちさせなければならない。限られたスペースで、どの周波数帯に対応したチップを入れてもらうかという交渉力を持つ。これが勝負どころの交渉力なんです。国内という限られた市場だけにとどまっていては意味をなさない。「何とかモード」やら「うちの庭は美しい」などと言っている会社は、IT(情報技術)の世界で隅に追いやられてしまいます。この戦いはIT戦争なんです。

 戦は知恵だけでは勝てない。兵力がないと勝てない。兵力とはボリュームです。これがないと相手に対する交渉力を持ち得ない。日本の家電メーカーがことごとく大赤字になっているのは、ボリューム競争から自ら降りていったからです。

 問 iPhoneは5年で世界を変えましたが、5年後どうなっているか分かりません。

 答 10年、20年という単位で見たコモディティー化のスピードがポイントです。ハードは必ずコモディティー化します。パソコンだってそう。米デルが一世を風靡しましたが、積み上げたものは瓦解しました。パソコン業界にいたハードメーカーは一体どこに行ったのでしょう。絶頂期を何年続けられる構えを持つかがすべてです。

端末は敵ではない

 iPhoneを持つアップルは重要な戦略的パートナーです。アップルと戦う気も必要もさらさらない。ネットワーク側が端末と敵対するという発想自体がそういうレベルなんです。まだ理解していないなということです。

 武田信玄と織田信長には決定的な違いがあります。武田信玄は甲斐の国から360度隣接している全部の国と戦いましたが、織田信長は尾張の国から京都まで一直線を引き、その上にいる敵とは戦い、それ以外の後ろや隣り合わせの国とは外交をもって敵対することを避けました。

 なぜか。織田信長は人生50年の中で天下を取りに行くにはどうすべきなのかを考え、その結果、京の都を押さえることだと考えて動いたわけです。

 問 NTTドコモがiPhoneの販売に乗り出したらどうしますか。

 答 それは何を根拠に誰が言ってるの? 仮にそうだとしてドコモがそうしたいと思っているだけのことでしょう。どちらにせよ、どの端末だとかどの販路だとかを一時的に取ったとか取られたとかというのはタクティクス(戦術)にすぎない。ストラテジー(戦略)としてどういう方向に向かうかが大事です。

 古今東西、何千年も昔から様々な戦がありました。どの城を取った、取らなかったというのは大切ですが、戦術にすぎません。どの方面に向かうのか、どういう武器、弾薬を整えた軍団を構造的に作り上げていくのか、どれだけの兵力を持つのか。そもそもどういう天下を取りに行くのか。これを考えて動かなければ。

 問 ドコモもKDDIもアップルもライバルではないと。

 答 ソフトバンクが通信会社だ、と定義すること自体、既に構えが悪い。ライバルはシリコンバレーです。シリコンバレーとともにIT革命を推進する企業群を作りたい。ソフトバンクグループは960社になりました。ただし、コア中のコアの企業を除けば、創業時の一部を除き、ソフトバンクのブランドをつけることを許していません。ブランドを許すと硬直化するからです。退却戦に迷いが出る。ソフトバンクのブランドがついていなければ一瞬のためらいもなく切ることができます。これはグループ各社に最初から言っていることです。

 地球上で一番種類の多い生命体は昆虫です。たくさんの種類がいて、淘汰され生存競争に生き残ってきたからこそ昆虫は歴史上最も長く生きているのです。ソフトバンクは300年永続する企業を目指しています。

行間を読む

 「北米で通信会社を買うとは思わなかった」。早くから米ヤフーに出資し、中国やシリコンバレーで次々とインターネットやコンテンツ会社を買収しているソフトバンクがなぜまた「土管」に手を出すのか。誰もが感じた率直な驚きであり、いまだに答えの見えていない疑問だ。

 孫正義社長は「戦は兵力、兵力とはボリュームだ」と説明する。ソフトバンクと米スプリント・ネクステルを合算した顧客数は9000万人を超える。9000万人の顧客基盤を持てば米アップルに対する交渉力が増して、端末を安く仕入れることができるのか。孫社長はそれだけではないという。自社が持つ周波数に合ったチップを端末内に埋め込んでもらう交渉が重要だと強調する。仮にそうだとしても、ソフトバンク・スプリントより顧客数が多い米AT&Tや米ベライゾン・ワイヤレスがiPhoneの販売でことさら優位に立っているという話は聞かない。

 孫社長がスプリント買収で顧客基盤を拡大させた狙いは別のところにありそうだ。織田信長は尾張から一直線に京都に向かい、「背後にいる武田信玄にはラブレターまで送った」(孫社長)という。孫社長はインタビューで、パソコンメーカーの凋落を強調した。パソコンであれスマートフォンであれ、ハードはコモディティー化する。「形あるものはすべて滅びる」と言っているように聞こえた。iPhoneでさえそうだと言いたかったのではないか。

 孫社長が最大の配慮をするアップルが、ソフトバンクにとってパートナーではあってもライバルにはなり得ない「武田信玄」だとすれば、ソフトバンクの向かう「京」とはどこなのか。

日経ビジネス2012年12月3日号 30~31ページより

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