巨大津波で甚大な被害を受けた岩手県宮古市。国の支援を待たず、企業とともに独自の復興策を打ち出した。燃料電池車の量産をにらみ、地産地消の水素タウンを目指す。

 東京から新幹線と車で5時間超。陸の孤島とも言える岩手県宮古市に11月26日、トヨタ自動車や八千代エンジニヤリングなど12社が顔を揃え、FCV(燃料電池車)が走る水素タウンを作ると発表した。

 現時点で、復興交付金を含めた国の支援は一切決まっていない。それでも宮古市が官民共同で水素タウンの構築プロジェクトを立ち上げるのは、被災自治体が抱える出口の見えない閉塞感への抵抗にほかならない。

 宮古市は東日本大震災で甚大な被害を受けた。巨大津波は人々の日常生活を一瞬にしてのみ込んだ。あれから2年近くが経過し、道路などのインフラは復旧。瓦礫の片づけも徐々に進むが、抗いようのない閉塞感が覆う。

 「このままでは震災前の状態にまで復旧するのがせいぜい。漁業が中心の産業はダメージが大きい。高齢化には歯止めがかからず、未来を描けない若者は流出していく」。宮古市の名越一郎副市長は市の現状を吐露する。

 市民から寄せられるのは「将来に向かう光が欲しい」「雇用や子供の将来が心配」という声ばかり。何か未来を感じる取り組みを始めたい。こう願う宮古市は企業と手を組み、世界の注目を集める街づくりへと舵を切った。

FCVの量産に間に合わせる

岩手県宮古市はトヨタなど12社と組み、水素タウンを目指す(写真は宮古市田老地区とトヨタ「FCV-R」)

 プロジェクトの目玉は、世界初のCO2(二酸化炭素)フリーの水素インフラとトヨタの量産型FCVだ。トヨタは2015年に量産型FCVを発売する。かつてEV(電気自動車)と量産時期を競っていたFCVだが、技術的な課題の克服に時間を要し、EVに後れを取った。だが、福島第1原子力発電所事故で原発による夜間電力をEVの充電に使うという大前提が崩れた今、FCV開発は再びスピードを増している。

 水素インフラは、東京、大阪、名古屋、福岡の4大都市圏から整備することで国と関係業界は合意している。ただし、既存の水素インフラは天然ガスや石油といった化石燃料から水素を作っており、FCVが次世代エコカーとは言い切れない側面を持つ。一方、4大都市圏以外で初めて水素タウンを目指す宮古市は、地元の木材を原料に世界初のCO2フリーの水素を地産地消する。

 具体的な仕組みはこうだ。木材チップをガス化し、生じたガスから水素を作る。FCVの台数が少ないうちは、すべてのガスを水素製造に回すのではなく、発電機を通して電力と熱を得る。電力は再生可能エネルギーの「固定価格買い取り制度」を利用して売電し、熱はビニールハウス栽培などで利用することでコストを回収する。中核の木材のガス化技術は、ジャパンブルーエナジー(東京都千代田区)が開発した。

 同社の堂脇直城社長は、「ベンチャー企業である当社の試験設備に世界各国の企業が訪れる。自社製品が木材由来の水素を使えるか確認するのが目的だ」と明かす。宮古市が世界初のCO2フリー水素タウンとなれば、世界各国の企業の実証試験を請け負える。

 水素社会の勃興をにらんで準備を進める企業は、日本だけでも相当数存在する。福岡県が産官学で運営する「福岡水素エネルギー戦略会議」の会員が666企業・機関に上ることは象徴的だ。宮古市のプロジェクトの参加企業からは「再生可能エネルギーと水素社会をつなぐ初の試みであり、水素社会の成否を握る試金石。何が何でも成功させたい」という声が漏れてくる。

 プラントの建設費用は約20億円。これから設計を詰め、トヨタのFCVの量産に間に合うよう2014年秋の稼働を目指す。被災地に新たな産業の芽を育てる戦いが始まった。

(山根 小雪)

日経ビジネス2012年12月3日号 18ページより目次

この記事はシリーズ「時事深層(2012年12月3日号)」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。