日本から中国人観光客が“消える”一方で、アジア全域で中国人観光客の誘致競争が過熱している。

 香港も中国本土客の誘致に熱心な地域の1つだ。というよりも、香港経済の根本は、今や中国本土から「越境」してくる中国人による旺盛な消費や投資によって支えられている。

 尖沙咀など商業集積地では、貴金属やカバンなどを扱うブランドショップの前に本土客が行列をなす姿がよく見られた。あまりに来店客が多く、一度に店内に入れると混乱を来すため入場を規制していたのだ。

注:各国・各地域の政府・当局統計から作成、前年同月比

 出店すれば、飛ぶように売れる。海外資本は巨大な中国市場に対する橋頭堡として、香港で出店を加速。結果として商業向け不動産価格の高騰を招いた。11月14日、米不動産コンサルティング・クッシュマン&ウェイクフィールドは世界の商業エリアの店舗賃料に関する調査結果を発表。この結果によると、2011年7月から2012年6月の1年間、1平方フィート当たりの年間賃料が世界一だったのは米ニューヨーク5番街を抜き、前年比で34.9%上昇した香港・銅鑼湾だった。香港の小売売上高も、2011年半ばから2012年年初にかけて前年比20%を超える成長を続けた。

 ところが、である。今後増えるであろう中国本土の富裕層という「無限にわく泉」があれば、香港の経済成長は約束されたも同然――。そんな香港政府の楽観が年明け以降、徐々に狂い始めている。

 中国の景気減速だ。

高級品が売れない

注:各国・各地域の政府・当局統計から作成、2012年9月の統計ベース

 統計が発表されている直近3カ月で見ると、中国本土から香港を訪れた延べ人数は前年同月比で2012年7月に21.9%増、8月に27.9%増、9月には31.4%増。一方、小売売上高は7月に3.8%増、8月に4.5%増、9月に9.4%増。つまり、来訪者は増えたが、1人当たりの消費は減った。

 10月初旬の大型連休である国慶節の期間中も「観光客数は増えたが、消費は伸びなかった」(香港政府旅遊発展局・田北俊主席)。同期間中、香港に入境した本土客の数は実質15%程度伸びたのに対し、小売り実績の伸びは5%程度にとどまった。高額品よりも、ミドルレンジの価格帯の商品を購入する傾向が強くなっているようだ。その原因を同主席は「中国の景気減速」とする。

 高額商品が動いていないとすれば、中国人は香港で何を買っているのか。

 答えは生活必需品。人民元高、香港ドル安の為替相場の影響で、中国本土から見て香港の物価は安い。かつては香港住民が安価な日用品を求めて深圳に買い出しに行っていたが、今や逆なのだ。深圳からの買い出し客が巨大な箱に詰めて運ぶのは、高級ブランドや宝飾品ではなく、飲料、粉ミルクや日用品など。境界線に近い香港・上水などではこれらの商品が欠品したり、値上がりしたりして地域住民から反発が生じている。

 買い出しを生業にする「水貨客(運び屋)」もいる。一部の深圳住民にはマルチビザ(期間中、何度も越境できるビザ)が発行されているので、1日に何度も香港~深圳間を往復できる。大量にモノを買い込んで、深圳で待つ業者に引き渡す。これを繰り返すだけで「商売」になる。ただし、彼らのビザではビジネスは許されていないので、これは違法行為だ。

香港・深●境界付近の駅。粉ミルクなどを運ぶ人たちが集まる。「運び屋」対策で鉄道に持ち込める荷物は10月から「1人32kgまで」に制限された
*●はへんが土、つくりが川です。

マカオの減速と韓国の成長

 中国人観光客が湯水のようにカネを使う存在でなくなったとしても、東アジア観光市場における「貴重な顧客」であり続けることは間違いない。

 既に優勝劣敗は始まっている。

 順調に伸ばすのが韓国。尖閣問題で起こった中国人観光客の“日本離れ”を好機に、中国人観光客を貪欲に取り込む。「国を挙げて中国人の誘致に乗り出した。9月以降、中国からの団体旅行の韓国シフトが急激に進んでいる。最近では家電製品でも韓国ブランドの人気があり、買い物でも魅力が高まっている」とJTB総合研究所の守屋邦彦・主任研究員は言う。

 苦しいのがマカオだ。本土客の入境数の伸び率が徐々に減少。特に2012年5月以降は落ち込みが激しく、前年同月を割り込む月もあった。カジノ収入は昨年末まで前年同月比で20~50%増を続けていたが、今年に入って伸びが急速に鈍化している。遊興に観光資源を特化したことで、景気減速の影響をモロに受けた。

 台湾では2011年、親中傾向の強い国民党政権が中国人に対する個人観光ビザの発給を始めた。結果、中国人入境者を大幅に伸ばしている。

 中国がくしゃみをすれば、東アジアが震え上がる。観光市場においても、東アジア諸国は大国・中国とどうつき合っていくべきかという問題と向き合い続けなければならないようだ。

日経ビジネス2012年12月3日号 54~55ページより

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