運転席に座って本を読んでいても、クルマが自ら走行してくれる。そんな実験が、スペインの高速道路を舞台に一般車も走る中で行われた。安全技術の進化がもたらす、クルマと人の未来とは。

 隣のレーンを走るクルマをふと見ると、ドライバーがハンドルから手を離して雑誌を読みふけっていた――。今夏、スペインの高速道路で、思わずギョッとするような光景が繰り広げられていた。

 これは近未来の自動運転に関する実証実験だ。「SARTREプロジェクト」と呼ばれ、スウェーデンのボルボなど欧州7社が共同で実施した。SARTREとは「環境に配慮した安全なロードトレイン」の略だ。

 ロードトレインという言葉の通り、実験ではクルマはまるで連結された列車のように縦に並んで走行。プロのドライバーが運転する先導トラックの後ろに、トラックが1台、ボルボ車が3台続いた。最高時速は90kmに達し、車間距離が4m未満になることもあった。

 ロードトレインに参加する際は、まずドライバーがボタンで参加意思を表明する。実現には法整備などが必要だが、参加者が先導車の事業者に対して料金を支払うことを想定している。

 SARTREプロジェクトのような自動運転が可能になった場合、考えられるメリットは多い。

 まずドライバーにとっては、運転時間を仕事や学習などに充てられ、通勤時の疲労も軽減できる。クルマが一列に走ると空気抵抗が減るため、燃費が10~20%向上するメリットもある。また、各車両の速度が均一になるので、渋滞が発生しにくくなる。

 SF映画のものと思われていた「自動運転」。それが、どのような技術で成り立つかを理解するには、現在のクルマの最新安全技術を知る必要がある。自動運転は「衝突回避」「レーン維持」といった、安全を目的として開発されてきた最先端技術の結晶だからだ。

センサーの固まりになるクルマ

SARTREプロジェクトは、自動運転できる要素技術が既に揃ったことを証明した(下写真)。人やモノとの衝突を防ぐためのレーダーやカメラが、同じ車線で前を走るクルマにぶつからずについていくシステムでも活用された。下図はセンサー搭載車のイメージ

カメラとレーダーで衝突回避

 当初、一部の高級車向けの装備だった衝突回避技術が、いよいよ量販車にも搭載されるようになってきた。まず車載カメラやレーダーによって、クルマと障害物との相対速度や距離を検知する。衝突までにかかる時間を割り出し、ぶつかりそうな時には警告音などでドライバーに回避行動を促す。それでも間に合わない場合、フルブレーキを自動的にかけて衝突を防ぐ。

 国内で量販車への普及のきっかけを作ったのは、富士重工業。主力車種「レガシィ」に衝突回避技術「アイサイト」を10万円という手頃な価格でオプション設定し、その後も対応車種を広げている。三菱自動車も「アウトランダー」に同様の技術を搭載した。

 海外メーカーも同分野で攻勢をかけている。国内で初めて自動衝突回避を実用化したのはボルボだった。独フォルクスワーゲンは、10月に発売した小型車「アップ!」に衝突回避技術を標準搭載した。

 衝突回避技術の具体的な実装方法は、各社異なる。例えば富士重工業はステレオカメラによる左右の映像のズレから、障害物との距離を算出する。

 ボルボは、天候に左右されにくいミリ波レーダーと単眼カメラを組み合わせた。車両のフロント部からミリ波帯(波長1mm~1cm、周波数30~300ギガヘルツ=ギガは10億)の電波を放射し、障害物などに反射して返ってくるまでの時間から距離を計測する。街中では単眼カメラの映像で、歩行者の動きを同時に10人分まで解析する。

 これまでのほとんどのクルマの場合、対人衝突を回避できる最高時速は30~35kmまでだった。各社とも高速走行時への対応を進め、ホンダはミリ波レーダーの感度を上げるなどして時速60kmでも衝突前に停止できる技術を開発した。

 日産自動車は、衝突回避のさらなる進化を目指している。フルブレーキだけでは、人が突然飛び出してくるなどのケースは止まり切れない。そこで、飛び出してきた障害物とは逆方向にハンドルを自動的に切る技術を開発した。

 このクルマでは車載カメラで走行レーンや障害物を常時認識しつつ、安全エリアに車両が逃げられると判断した場合のみ、自動操舵が発動する。3~5年以内の実用化を目指す。

 車両後方の様子を検知して事故を防ぐ技術の実用化も進みそうだ。例えば日産やトヨタ自動車はソナー(超音波)センサーを使って車両の進行方向にある障害物を検知し、駐車する時にアクセルとブレーキを踏み間違えても衝突を防ぐ技術を開発した。順次、新型車に搭載していく。マツダは左右のレーンの後方から接近する車両を検知して、車線変更しそうなドライバーに衝突の危険を知らせる技術を、11月に発売した「アテンザ」に搭載した。

 いずれもカメラやレーダーを画像処理半導体などと組み合わせることで、車両や周囲の状況を分析。その結果を基にドライバーへの警告や緊急避難的な事故回避動作を実現している。

 次の段階では、分析結果をベースにブレーキやエンジン、ハンドルなどをより高度に連携させる。ドライバーが何も操作しなくても、先行車との距離を保ちながら追従する自動運転の実現を目指す。ボルボはこの技術を搭載したクルマを2014年に発売する計画を明らかにしている。最高時速50kmの比較的ゆっくりとした渋滞の中で利用できるという。

 自動運転に向け、要素技術は揃いつつある。あとは実験を重ねて問題点を洗い出し、法規制などに対応すれば、SARTREプロジェクトのような完全自動運転は夢物語ではない。

日産自動車は物陰から急に人が飛び出してきても、自動操舵で回避できる技術を開発した(写真:共同通信)

自動運転で突きつけられる命題

 自動運転という未来が近づいたことで、クルマに関わる人々は全員、重要な命題を突きつけられている。

 「人間」が動かすはずのクルマを、「マシン」が自律的に動かして本当にいいのだろうか。万が一、事故が起きた時の責任は誰が取るのか。

 現時点では、自動車メーカーは「クルマは人間が動かす」と口を揃える。確かにシステムへの「過信」は禁物だ。最後の責任はドライバー本人が負う必要がある。

 ただし、さじ加減は難しい。例えば、システムに任せておけば自動フルブレーキで回避できたケース。人は慌ててフルブレーキを踏めないことがある。

 ある安全技術搭載車の試乗時、記者は警報音が鳴ったことで思わずブレーキに軽く足をかけてしまっていた。そして、すぐ衝突回避技術に気がついて足を離した。だが、システムはドライバーが回避行動を取ろうとしていると判断し、衝突回避技術の発動は遅れた。風船の人形に突っ込んでしまった時の恐怖は、今も忘れられない。

 ドライバーはとっさの場合に備え、安全技術をしっかりと理解しておく必要がある。だが、将来はより自然な形で、ドライバーと安全技術が連携していくことができるはずだ。

 トヨタは衝突回避時のブレーキを踏む力を、強力にアシストする技術を開発した。それでも間に合わない場合は、自動フルブレーキが発動する。時速80kmから20kmという具合に、最大で時速60km分の減速が可能という。担当者は「運転に不慣れな人や力が弱い女性ドライバーは、気が動転してフルブレーキをかけられないことがある」と開発の動機を説明する。

 実際に試乗して衝突前にブレーキを踏むとグッと奥に吸い込まれるようにペダルが動き、軽い力でも強力なブレーキがかけられた。とにかくブレーキを踏めばよいので、風船人形に突っ込んだ時のようなとっさの混乱はなさそうだ。トヨタは、近く発売する新型車から同技術を順次展開していく予定。

 きっと、人とマシンのバランスに正解はない。それでも、各メーカーの努力により、徐々に「最適値」に近づきつつある。

(広岡 延隆)

日経ビジネス2012年12月3日号 90~92ページより目次