「焼そばU.F.O」「どん兵衛きつね」など、日清食品を代表するヒット商品を生み出してきた。「マーケティングはアート」と、肌感覚を重視して消費者の変化を捉える。「常にはしごを下りていく」。言葉の節々に社長の矜持を見せる。 (聞き手は 本誌編集長 山川 龍雄)

写真:古立 康三
安藤 宏基(あんどう・こうき)氏
1947年大阪府生まれ。71年慶応義塾大学商学部卒業。72年米国日清に入社、翌73年に日清食品へ。76年に「焼きそばU.F.O」「どん兵衛きつね」を開発。85年に同社社長に就任。92年から「ラ王」「Spa王」などヒット商品を順次手がける。2008年に持ち株会社化し現職に。父は日清食品創業者でカップヌードル発明者の故・安藤百福氏。趣味はゴルフ、陶器、絵画鑑賞。国連世界食糧計画(WFP)協会会長を務め、世界の飢餓問題の解決にも取り組む。

組織というのは無責任なもの 成功も失敗も含め、物事の責任は すべて個人に帰さなくてはダメ

 問 最近の日清食品の取り組みを見ていると、「市場は創るもの」という印象を強く受けます。

 答 ウチは提案型ですからね。あらゆることをボンボン消費者に提案してみる。今、日清食品単体で年間300を超える新製品を発売しています。出してみて、消費者にリジェクト(拒否)されるかアクセプト(同意)されるか。こういうことでしょうな。

 最近はリジェクトされる方が多くて、販売期間が1年を超えるものは全製品の中で、2アイテムぐらいしかありません。具体的には、「太麺堂々」や「カップヌードルごはん」ですね。

 マーケティングは、いわばアートですよ。論理構成は立てるけど、消費者のメンタルモデルは違う。一人ひとりの心は矛盾だらけなので、いくら社会心理学的に解析しても詳細までは把握しきれません。例えば中核の商品は縮小傾向でも、カップヌードルごはんなど部分的には拡大しているものもある。あとは勘所ですな。カップ麺から袋麺に需要がシフトしているといった動きは、肌感覚で分かります。

 問 カップヌードルごはんは、強いブランドを利用した「派生型商品」の成功事例ですね。

 答 創業者がコメ関連の商品で2回失敗しているので、カップヌードルごはんはまさに「3度目の正直」です。

 実は、ブランドマネジャーが提案してきた時、「カップヌードルごはんと言いながら、麺が入ってないじゃないか」と言ったんです。少なくとも、そばめしぐらいの形を取れよ、と。それでも「私はカップヌードルの残ったスープにご飯を入れて食べるんです」と主張するものだから、分かった、好きにやれと。提案が担当者自身の言葉になっている時は、説得に負けますね。

 もちろん、いろいろ調べてきたのかとか、こういうことが起きるぞとか、老婆心ながら要らんことばかり言いますよ。それでも「そんなことありません」と、自分の言葉で理由を説明できる。この現場の肌感覚に勝るものはない。逆に、一番ダメなのは取締役が説明することでしょう。屋上屋を架した話には説得力がありません。

 今、日清食品ホールディングスにはマーケティング統括部や宣伝統括部など18部門があり、新製品発売といった時には各部門のトップを説得する必要があります。彼らの平均年齢は55歳ぐらいです。一回りほど年上の社員の固定概念を突破するには、ものすごくエネルギーが要る。だから、ブランドマネジャーは若くて情熱がないとダメです。

 問 ここ数年、「ストレート麺製法」や「太麺製法」など、インスタント麺が進化しています。何かきっかけがあったのですか。

 答 創業者の50年にわたるマネジメントから解放されたんですよ。

 日清には「カップヌードル・シンドローム」というのがあるんです。創業者が作ったんだから、やっぱりあれが最高だと。創業者の言動を疑いもしない。しかし50年経った時、私は(従来の製品や手法を)すごく疑った。そして、時代に沿う形ですべてを見直した時、過去の製造方法はことごとく変わっていったのです。

 例えば、インスタントラーメンの麺にウエーブがかかっているのを真っすぐにしたいと。ウエーブ状の方が麺を蒸す時に生産効率が高いと、創業者は言うかも分からん。だけど、生麺というのはだいたいストレートです。そこで、「ストレートの麺を作る」と言って試行錯誤した結果、ストレート麺製法が生まれたわけです。太麺製法もそうです。湯戻りが速い太麺を作る技術があるはずだ、やってみろということで取り組んだら、結果的に太麺でも芯までしっかり戻るようになった。

 他社にぶっ壊されてからじゃ困る。自らぶっ壊した方がいい。カップヌードルの技術も、近いうちに新しくなります。時代とともに、商品も技術も常に変わっていくんです。

「解剖会議」で“死因”を探る

 問 日清と言えば、ERP(統合基幹業務システム)の導入など、様々な形で経営の効率化に取り組んでいます。しかし一方で、効率化を推し進めると、現場が失敗を恐れて萎縮するといったことはありませんか。

 答 ウチの場合、敗者復活戦が可能な点がいいんじゃないでしょうか。

 新製品が予想以上に売れた時や大きな損失を出した時、日清では担当のブランドマネジャーを中心に各部署の担当者を集めて「解剖会議」をやります。言わば解剖手術をするわけです。失敗した場合なら、死因は何々ですと。商品の魅力が足りなかったとか、作る工程が複雑すぎたとか、理由はたくさん挙がってきます。それらを全部解析し、責任の所在を明確にしていくのです。

 認知が上がらなければ宣伝やメディア担当が悪い。商品のリピート率が低ければ、これは商品そのものの力不足だからブランドマネジャーの圧倒的な責任になります。そして、仮に全体で3億円の損失を出したなら、そのうち40%はブランドマネジャーの責任といった具合に、誰に何%の責任があるかまで分析しています。

 組織というのは無責任なものです。だから物事の責任は組織ではなく個人に帰さなきゃダメなんです。個人の場合、「おまえに責任がある」と言われたら、どうにも逃れられませんから。

 解剖会議では私が議長を務めますが、私も時々、損失責任を負うんです。「こんなのを決めた議長がいかん」と。

 問 担当者が社長にマイナスをつけられるなんて、いい社風ですね。

 答 「こんなものを決裁した方がいかん」などと言う社員がいるんですよ。「しょうがないな。分かった、分かった。10%は責任を取る」と。だから私も、トータルで数億円ぐらい損を出していると思います。

 いつ、誰が、どの製品を発売していくら損をしたといった内容は、すべて履歴が残っています。過去には42億円もの大きな損失をもたらした社員もいましたよ。

 問 一生をかけて取り戻せるのですか。

 答 戻せる。その人は営業で利益を上げ、子会社の社長としてさらに利益をもたらした結果、60代後半にして42億円を取り戻しましたよ。

 初歩的なミスは教育的指導をしないといかんけど、読めないこともあるし、やむなしということも多いんです。失敗の中に成功要因はない。成功のノウハウは別なんです。だから、責任の所在さえ明確にすれば、チャレンジする機会はいくらでも得られるようにしているんです。

 問 昨今の国内消費の動向は、どうご覧になっていますか。

 答 1991年のバブル崩壊以降、20年間を超えるデフレ基調です。日本を再生するにはどうするかを真剣に考えない限り、今の状況は続くでしょうね。

 収入が増えない中で同じ生活をしようと思うと、消費者の価格コンシャスは非常に高くなります。やっぱり、いい品質で安いものを提供しなきゃいかんと思っています。

 いいものをより高く売りたい希望はあります。でも、いいものを安く作って安い値段で売り、なお利益を上げるというのが、これからの経営のパターンです。この構造を築き上げるのは至難の業ですが、今はそれをやらなきゃいかんステージです。普通の値段で作って安く売るようでは経営じゃない。

 品質的には当社の求めるグレード以下のものはダメとしながらも、グローバルな調達システムを整えていく。ロジスティックスも含めてより安く作る仕組みを構築していかないと、経営は成り立たないということですね。

 問 海外については、安藤社長は2012年初頭に、社員に向けて「我が社のグローバル戦略の進展は遅れている」とのメッセージを発信しました。日清には海外展開が進んでいるイメージがあるので、この発言は意外です。

 答 これまでの海外展開は、いわば単発銃のようなものでした。それを機関銃のような(連続的に商品を出し市場を開拓できる)仕組みにする必要があるということです。

写真:古立 康三

 今、当社には海外事業部がないんです。グローバルフォーメーションを敷いたために、本社の経営戦略本部や生産本部など9つのプラットフォームがそれぞれ、海外の子会社と直接やり取りをする仕組みにしています。

 各国にはプロフィットセンターとしての事業会社が山ほどあります。私の役目は、本社側がそれら海外子会社に対して、ちゃんとサービスしているかを見張ることです。放っておくと、サポート部門にもかかわらず「助けてほしければ言ってこい」などと偉そうなことを言うんですよ。海外サイドから見ると、「本部は全然協力してくれない」となる。

 だから私が見張っていて、本部サイドがサービスをしてないとなれば、その部門の長に文句を言うわけです。役職は本社の方が高いので偉そうに見えるけど、君たちはサポート部門なんだぞと。私の目が光っていれば、彼らは動かざるを得ない。「日本にいるな、必要とあれば現場に出ていけ」。そういうコマンドをするのがCEO(最高経営責任者)の役目です。

途中段階で文句は言わない

 問 トップが言い続けることが重要なのですね。

 答 口を酸っぱくして言わないとダメです。組織ができても、コンセプトやポジショニングが不明確だと社員は動きません。

 ですから、私は220人の管理職全員と年に1回、じかに面接をしています。業績がいいからといって、簡単に給料を増やしはしません。業績と経営資質が上がったかを見ながら、年俸を決めています。その社員が今期、何を学んだかという経営資質が最も重要なポイントです。じかに話をすることで、こいつは育ってきたなとか、業績は上げているけど問題を抱えているなといったことも分かります。

 「肌感覚のないやつはダメだ」「自分の言葉で話せ」と常々社員に言っていますが、社長も(現場にいる社員の元へ)下りていかないとダメです。2008年にホールディングス化を果たして、これで楽になるかと思ったのですが、結果的には逆に忙しくなりました。放っておくと「任せておいてください」とか甘いこと言われて、はしごを外されるから気をつけないといかんのですよ。だから社内でも毎日、各フロアを行ったり来たりしています。

 今、一番弱っているのはフェイスブックをはじめとするSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の世界です。私はこの世界が全く分からない。社員から「いいね!」がどうしたとか訳の分からん話をいっぱいされるものだから、困っているんですよ。

 でも、SNSは今やマーケティングに不可欠なツールですから、私も一生懸命、勉強しないといかんわけです。

油断すると、はしごを外される 「肌感覚が重要」と言うからには 社長も自ら現場に下りなくては

 問 トップが理解しようとしないと、はしごを外されかねないのですね。

 答 そうなんです。そして経営者にとって重要なのは、軸がぶれないことです。社長がああだこうだと言うと、会社が揺らぐんです。ですから、これはいいと決めたことは一定の答えが出るまで徹底する。途中の段階で、いろいろと文句を言っちゃいかんのです。

 問 最近の日中関係については、どう見ていますか。

 答 関係性の悪化などは、中国のトップの交代時に恒常的に起きるものだと考えた方がいいと思いますね。

 中国も経済問題は大変重要ですから、今の状況を長々と継続しているわけにはいかんと感じているでしょう。中国の成長度合いも、長期的に放っておけば鈍化してしまう。ですから、年内には解決するのではないかと私は楽観視しています。

 それから、反日感情はエリアによってすごく違う。当社の製品も、広東地区や上海は全く影響を受けませんでした。我々が見ると全部一緒に見えてしまいがちですが、そこは現地の中国人がナビゲートすれば問題はないと考えています。

 中国は相当な人口を有していますから、中国マーケットを除いてビジネスは考えられません。当社も「合味道」という名前でカップヌードルを売っていますが、年間売上高は華南地区で40%、華東地区で30%伸びています。中国人がこれだけ食べているラーメンですから、もはや合味道は中国の商品だと彼らは思っているようです。

 今、インスタントラーメンの消費量は年間982億食です。およそ70億人の世界の人口で割ると、赤ちゃんも含めて1人当たり14食くらい食べている。中でも、中国は特に多いんです。カップヌードルは、やがて無国籍のグローバルブランドになっていくでしょう。

 問 無国籍化していくことが、グローバル展開を進めるうえでのリスクヘッジになるかもしれませんね。

 答 僕は、インスタントラーメンは地球を救うと思っているんです。保存が利くし、食べたい時に食べられる。

 世界の全人口70億人のうち、飢餓人口は9億2000万人に達すると言われています。アフリカを中心に、10億人近く、まだ飯が食えなくて餓死している人たちがいる。BOP(ベース・オブ・ピラミッド、低所得者層)の問題を解決しない限り、平和はありません。北アフリカの民主化運動というのも、要するに食えないからです。それで平和になるわけがない。当社の創業者が残した「食足世平(しょくそくせへい)」という言葉は、全くもって正しいと思います。

 今、日清はベトナム、インド、タイ、トルコなどアジア圏を中心に、戦略的な展開を進めています。アフリカについてはケニアで一部、事業を始めたばかりです。アフリカの10億人のマーケットはまだ「仕込み」のステージですが、数年のうちには大きく育っていくと思います。

 単なるBOPの事業としてではなく、そのエリアに属しながら、地域の人たちの経済の循環を考えなきゃいかんと思っています。製麺はもちろん、包材関係から廃棄の仕組みに至るまで、一連のものを各国で産業化していく。公益資本主義の発想を導入しながら取り組んでいきたいと考えています。

傍白
 失敗の原因を徹底的に究明し、個人の責任も追及するが、決して暗くならない――。それが安藤流マネジメントの要諦なのでしょう。競争に負けた商品の“死因”を解剖会議で探り、会社に誰がいくら損をさせたかを明確にするというのは、厳しい制度です。しかし、安藤さんが説明すると、不思議と暗い気持ちになりません。だからこそ、敗者復活を目指して、社員が挑戦するのでしょう。かといって、単に甘やかしているのではなく、同じ失敗を繰り返さないように、組織にしっかりと教訓を埋め込んでいる。このあたりは理屈でなく、心理学の世界です。安藤さんが言うように、マーケティングにはアートの要素が必要でしょう。しかしそれはマネジメントにも当てはまると感じました。
日経ビジネス2012年12月3日号 122~125ページより目次