「へぇ、すごい。それでクレジットカードが使えるんですね!」

 11月中旬、東京都内で開かれた雑貨販売のイベントの一角で、子供連れの夫婦が感嘆の声を上げた。

 屋台風の販売スペースに食器皿やコップ、おちょこが所狭しと並ぶ中、「カード使えます」の案内文句が見える。ただ、屋外に急遽あつらえられた会場には、飲食店でよく目にするクレジットカードの決済端末はどこにもない。代役を担うのはスマートフォン(高機能携帯電話)だった。

 スマホのイヤホンジャックの部分に直径3cmの白い「物体」が差し込んである。実はこれがカードの情報を読み取るリーダーの役割を果たす。精算はこんな手順で進んだ。

 お皿を購入する夫婦がクレジットカードを渡す。店主がスマホのリーダーにカードを差し込み、画面上で代金である「4200円」を入力。決済情報がカード会社に送られ、店主はスマホ上の画面に指で署名するよう求めた。サインが終わると決済も完了。ほんの数分で購入手続きを終えた夫婦は満足げに会場を後にした。

 「お金のやり取りをもっと簡単にできる日本に変えたい」

コイニーの佐俣奈緒子CEOは米国に市場を奪われるとの危機感から起業。カードリーダーをスマホに差し込んで決済する(写真:丸毛 透)

 スマホの決済サービスを提供するベンチャー企業を立ち上げたコイニー(東京都港区)の佐俣奈緒子CEO(最高経営責任者)は20代後半の若き起業家。米決済大手、ペイパルの日本法人で企業向けマーケティングを担当していたが、この数年で潮目の変化を感じ取り、起業を決意した。

 米国ではベンチャー企業のスクエアがスマホを使うカード決済のサービスを2年前に開始し、これに大手のペイパルが追随。スマホの急速な普及とともに新たな市場が生まれた。カード社会の米国では少額の精算もカードで済ませたいというニーズが多く、カードの決済端末を持たないタクシー運転手らに「スマホ決済」が広がった。

 佐俣氏は「このままでは日本のおサイフケータイに代わって、黒船に市場を持っていかれる」と危機感を募らせた。今年3月に起業し、スマホのイヤホンジャックにつけるカードリーダーは国内の音響メーカーに製造を委託した。9月末にサービスを始めたところ、想定を超える申し込みが舞い込んでいるという。

 数人規模で運営するアパレルや雑貨店、カフェなどの個人事業主、パソコンや家電の出張修理…。20人以下の小売りとサービス業でクレジットカードを利用しない決済は総額7兆円とされる。日本ではなお現金志向が根強いものの、手のひらに収まるスマホ決済が狙う市場は破格の規模だ。

 佐俣氏によると通常のカード決済端末は初期費用に約10万円かかるが、コイニーはカードリーダーと月額の利用料を当面無料とする。決済手数料も通常より低く抑え、来年末までに10万個のカードリーダー配布を目指す。

 ソフトバンクもペイパルジャパンと組み、スマホを活用する決済市場に参入した。技術の進展を背景に、高機能かつ大容量のスマホが人々の「財布」代わりになる時代が近づきつつある。火花が散り始めた決済サービス市場で、最後に笑うのは誰か。

日経ビジネス2012年11月26日号 27~28ページより

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