ネット新興企業が隆盛を誇る中、贈答用の菓子のプロデュースで起業。古い慣習の中に新たな付加価値を加えることで商機を見いだした。社員にも個性の大切さを説き、ブルーオーシャンを突き進む考えだ。

過去に手がけた商品の一部を展示する地下1階のショールーム。エスプライドの社員は皆、個性的だ(写真:陶山 勉)

 プロ野球「福岡ソフトバンクホークス」のチケット販売やグッズの企画・販売などを手がける福岡ソフトバンクホークスマーケティングでコンシューマービジネス本部MD企画部部長を務める菊池隆昭氏は2011年8月下旬、東京・千駄ケ谷のエスプライドを目指して歩いていた。「面白い会社がある」。そう話を聞き、実際に訪問してみようと考えたからだ。

 社内の地下に作られたショールームに通された菊池氏は、並べられた数多くの展示品をひと目見て、「これは期待できるかもしれない」と感じた。そこに並んでいたのは、エスプライドがこれまで手がけてきた数々の企業のオリジナル菓子。その数は優に1000作品を超えていた。

 とにかく見た目がユニークだった。クルマ形のパッケージもあれば、立体のボール形のパッケージもある。紙を使ってこんなことまでできるのかと、菊池氏は感心した。

 菊池氏は福岡ソフトバンクホークスの本拠地、ヤフードームにある公式グッズ販売店「ダグアウト」の商品開発と販売を統括する立場だ。当然、売り上げ拡大が与えられたミッションだった。しかし、通常の店舗運営と異なり、球場の販売店の商機は試合前の2時間と試合後の1時間の計3時間しかない。売り上げ拡大には、お土産用のお菓子だけでなく、自分のために買う「自分買い」も促進することが不可欠。そこでエスプライドを訪ねたのだ。

 菊池氏はまず、エスプライドに限定販売の商品の開発を委託してみた。「スナックダ!」と名づけられたその菓子は5試合で、作った1500個がすべて売り切れてしまい、「過去にない売り上げ」(菊池氏)となった。手応えを感じた菊池氏は結局、球団関連菓子の製造から球場での販売まで、すべてエスプライドに委託することになった。

ヤフードームの福岡ソフトバンクホークス公式ショップではお菓子の開発だけでなく販売も行う

昔からある贈答文化に狙い

 エスプライドは2005年に西川世一・会長兼グループCEO(最高経営責任者)が創業したベンチャー企業である。周囲でインターネットを舞台に起業する経営者が続々と登場する中、西川氏は極めてアナログな道を進んだ。それが菓子だ。しかも、一般消費者向けではない。企業が贈答用などに用意する菓子のデザイン・開発である。

 なぜ菓子に目をつけたのか。背景には西川氏の実家の家業がある。西川氏の父親は1965年、名古屋市で紙器製造所を創業した。子供の頃から父親の仕事を間近で見ていた西川氏は、徐々に厳しくなっていく家業を見て現実を知る。

 「個性が望まれていない紙器は必然的に価格競争に巻き込まれる。長年つき合いのある会社ですら業績が悪くなると価格を叩き、それに応じることができないと次々と離れていった」(西川氏)。幸い、パッケージを作る技術はある。そこで目をつけたのが、企業が顧客に配る何の変哲もない菓子に個性と新たな価値を付加する事業だった。

 日本には、昔から古き良き贈答文化が今なお根強く残っている。お中元やお歳暮がその代表だろう。ただ、今では本来の意味を失い、形骸化している部分もある。企業では、時期が近づくと営業部から送付先リストが回され、クライアントの規模に応じた予算のおせんべいやクッキーを選んで贈るだけというケースも多い。

 西川氏はネットなど先端の技術を介したサービスよりも、むしろこうした贈答用の菓子にビジネスの可能性を感じた。「引っ越しの時、会議の時、謝罪の時、お歳暮・お中元、いつも渡されるのはお菓子だ。これをメディアにできるのではないか」。

 菓子そのものは地方の菓子メーカーなどに製造してもらい、それを企業の特徴などが伝わるパッケージで包む。そのプロデュースをエスプライドが行うというビジネスだ。菓子を贈る企業にとっては、贈答用の菓子に新たな意味を持たせることができる。単なる季節の挨拶ではなく、自社をアピールできるオリジナルの贈り物になるというわけだ。

 例えば、文書管理や機密処理など企業向けセキュリティーサービスを提供する日本パープル(東京都港区)はお中元やお歳暮、視察客へのお土産にエスプライドが企画した菓子を使っている。日本パープルのサービスキャラクターである「保護(まもる)くん」をモチーフにしたクッキーとウエハースを取引先などに配っており、特に視察客へのお土産は同社のトラックを模したクルマ形のパッケージを採用したユニークなものになっている。

ブランドメッセージを込めたパッケージデザインのお菓子を数多く作る(写真:陶山 勉)

 企業向けビジネスを展開している日本パープルにとって、最適な宣伝媒体はなかなかない。日本パープル経営企画室の野澤敏明室長は「社内でばらまかれるお菓子はショットガンのようなメディアだ」とその影響力を語る。またクルマ形のパッケージは中のウエハースがなくなった後も社内に置かれていることが多いため、宣伝効果は抜群だという。

 人材派遣業のウィズ(東京都目黒区)は2008年夏のお中元で初めてエスプライドに菓子の企画を依頼した。今では、社員や社長の写真、メッセージをプリントした菓子を毎年作っている。髙橋俊市社長は「あられやおせんべいを何気なく送っていた頃と比べ、営業スタッフは話題に事欠くことがなくなった。年を追うごとに営業成績に反映されている」と話す。

 エスプライドの年間取引先の数は年々増加しており、2011年で487社になった。だが創業当初は、菓子を製造してくれる工場を見つけるため、工場に出向いては断られる日々が続いた。贈答用の菓子というニッチな領域で、一般消費者向けでもなく、一度に製造する量が少ないためだ。

 そうした毎日が1年ほど続いたものの、菓子製造の協力工場や顧客企業を開拓する地道な努力は徐々に実を結ぶようになってきた。だが、活路が開けてきたところで、エスプライドはいきなり倒産の危機を迎える。

 それは2007年のことだった。エスプライドは同社にとって初の大型案件となる、ある大手小売業のキャンペーンを受注することに成功した。しかし、協力工場が納入した商品の中にサンプルが紛れ込み、顧客企業のキャンペーン全体に多大な被害を与えてしまう。その結果、18億円もの損害賠償を求める裁判を起こされた。

父親の会社を取引停止に

 エスプライドにとってはとても払える金額ではなく、西川氏らが関係先を回っては土下座をする日々が3カ月ほど続いた。最終的には、数百万円の支払いで事なきを得たが、この経験から西川氏は、ある覚悟を決める。

 菓子の製造に関しては、品質基準マニュアルを作成し、工場監査を徹底する体制作りを始めた。そして、基準に達していない工場とは一切取引をしないと決めた。実は、多大な被害を与えた協力工場は父親の工場だった。西川氏は容赦なく父親の工場との取引を切った。

 足元の製造面の管理を徹底する一方、起業のきっかけとなった「個性」と「付加価値」については企業全体でより深く追求していくことを考えた。

 例えば、エスプライドの社員が持っている名刺の表側には社名が入っていない。記されているのは、名前とその人が大事にしているメッセージのみである。これには、社名に頼ることなく、社員一人ひとりが個人として外部の取引先などと向き合ってほしい、という狙いがある。

 「ここからサミット」という仕組みも導入した。これは役職や職種に関係なく、新たな制度などを提案できる仕組み。この仕組みから、社員が自薦・他薦を問わず様々な賞を設けて表彰する「一人ひとりがシンボルプロジェクト」が生まれた。

 現在、同社には毎年、中途採用で500人を超える入社希望者が押し寄せる。2011年11月にはCCO(最高クリエーティブ責任者)として若山憲二氏が加わった。若山氏は広告業界でコピーライター、クリエーティブディレクターとして長く活躍した経験を持ち、数多くの受賞歴もある。

 「菓子をメディアにという発想は脅威に感じた。お菓子は口に入れる分、テレビCMよりもシビアだ。しかし、目の前の人を一気にファンにする力を秘める」。若山氏は同社に加わった理由についてこう語る。

 今、日本企業は規模の大小を問わず、新たなビジネスの創造に悩んでいる。新規事業や起業となると、ネットなど技術革新が進んでいる領域に偏りがちでもある。しかし、もはや古びていると思われがちなものにも、新しい価値を付与することはできる。西川氏とエスプライドの社員たちは、「付加価値とは何か」を考えながら、これからも走り続けようとしている。

(原 隆)

西川 世一 エスプライド会長兼グループCEOに聞く
付加価値は社員の意識が創り出す
写真:陶山 勉

 お菓子は人と人、会社と会社をつなぐ古くからある潤滑油だ。会議、挨拶など様々なシーンのコミュニケーションを円滑にする力を持つ。ただ、その価値はクリエーティブの力によってさらに高めることができる。ただ、あまりにも贈答文化の形だけが残り、本来の意図を失っているように思える。

 我々はこれまで累計3100社、5000点以上の商品を企画・製作してきた。現在、全国で食品メーカー160社、資材メーカー100社、組み立て工場5カ所と提携している。

 今でこそ、小ロット生産に協力してくれる工場が増えたが、最初はコストが見合わないことを理由に提携を断られる日々が続いた。大手企業や自治体など、実績を少しずつ積み上げてきたことが今につながっている。

 PB(プライベートブランド)が普及し、お菓子そのものの個性が失われる中で、我々は企業がそれぞれに抱えている課題を解決するためのパッケージやお菓子の企画に専念してきた。今だからこそ、このメディアが企業のブランディング向上に寄与できると考えている。

 創業してまもなく、致命的なミスで損害賠償を請求され、倒産の危機を迎えた。思えばあれが第2の創業期だった。品質管理の徹底に加え、付加価値とは何か、付加価値を創造するための組織とはどうあるべきかを徹底的に見直した。

 そこで作ったのが「361°」という企業理念だ。360度にプラスした1度こそ付加価値であるという考え方だ。名刺の表側から社名をなくしたのも、社員が個性を維持しつつ、一人ひとりがプラス1度の価値を意識して自発的に動いてほしいからだ。それが結果的に我々の成果物の付加価値の創造につながり、顧客数や売り上げの拡大に寄与している。

 現在、お菓子だけにとどまらず、映像制作、ウェブ制作、人事コンサルティングなど子会社を設立し、顧客のブランディングを総合的にサポートする体制にシフトしている。世に数多くの総合ブランディング支援企業は存在するが、お菓子という極めて身近で、さらに評価の厳しい商材から始めた企業はない。

 お菓子は顧客の企業メッセージを極めて具体的に表現できる商材だ。顧客が抱える課題、伝えたいメッセージを引き出し、無形のイメージを具現化していく作業がひたすら続く。まさにコンサルティング業に近い。それだけに一つひとつ手間はかかるが、同時に様々なメッセージを具現化していく力が磨かれてきた。

 お歳暮やお中元は数多くの企業から届く。その中で決して埋もれず、顧客から愛されるお菓子を作るのは並大抵ではない。差異化は付加価値の創造から生まれ、付加価値は社員一人ひとりの意識から生まれると考えている。そして、一人ひとりの社員が付加価値を生むために、会社の理念をどう見せ、どういう仕組みを作ればいいのか。それを考え続けるのが私の仕事だと考えている。(談)

日経ビジネス2012年11月26日号 46~49ページより目次