家電製品に関するインターネット通販「アマゾン」の価格設定が波紋を広げている。仕入れ値を下回ると見られる価格に、家電量販店から「ルール違反」との声が上がる。「キンドル」を日本に上陸させる「黒船」の影響力はどこまで広がるのか。

 「申し訳ありませんが、ウチではこれ以上の価格は出せません」

 テレビ売り場の店員は、そう言って申し訳なさそうに頭を下げた。11月上旬、東京都心のある大型家電量販店で、シャープの薄型テレビ「LC-24K7」の値下げ交渉をした時のことだ。

 交渉材料に使ったのはインターネット通販サイトの「アマゾン」。サイト上で販売元が「Amazon.co.jp」となっていた同型商品の価格は2万6543円だった。一方、量販店の値札に掲げられた価格は3万3100円で、10%のポイント付き。ポイント分を差し引いても3000円以上の開きがあった。

 「ここまで下がりませんか」。アマゾンの価格を見せると、販売員は「確認します」と言っていったんその場を離れた。数分後、改めて提示されたのは2万9800円にポイントなしという条件。アマゾンで購入すると伝えると、店員はうなだれた。

“粗損失”を巡る価格交渉

 米アマゾン・ドット・コムが日本国内で販売している家電製品の価格を巡り、家電販売の世界で波紋が広がっている。一部の限られた商品ではあるものの、大手量販店でさえ追随できないような安値が恒常的に掲載されているからだ。

 グラフは、ある大手電機メーカーが調べた、同社製DVDレコーダーの価格の推移を示したものだ。グラフの赤線はアマゾンにおける販売価格、青線はメーカーの納入価格(アマゾンにとっての仕入れ価格)を表す。この資料によれば、アマゾンは仕入れ値を下回る価格をサイト上で提示していることになる。このDVDレコーダーの「赤字販売」は半年以上にわたる。

 このメーカーの関係者は「アマゾンと取引している製品のうち、価格競争が激しい売れ筋を中心としたおよそ2割の商品が、納入価格よりも低い値段で販売されている」と話す。

 別のメーカー社員は「家電量販店の仕入れ担当者から、『なぜ(アマゾンが)うちの仕入れより安くできるのか』と電話があるが、取引数量の多い大手量販よりアマゾンへの納入価格を低くすることは、あり得ない」と話し、アマゾンが原価割れで販売していることを示唆する。

 「何とか10%にならないか」。ある電機メーカー社員はアマゾンとの商談でこう持ちかけられたことがある。

 この言葉は「10%の粗利益が取れる納入価格にしてほしい」という意味にも取れるが、実際はそうではなく「赤字額が販売価格の10%で済む納入価格にしてほしい」という意味だった。粗利益ならぬ“粗損失”を巡る交渉に、この社員は「初めから利益を取ろうとしていないと感じることもある」と話す。

 アマゾン関係者によると、同社は競合する主要サイトの価格を自動で定期的にチェックする仕組みを取り入れている。価格を機械的にほかのサイトに合わせるため、仕入れ値を大幅に下回る価格が出ることもあり得るというわけだ。

 ネット専門の家電販売事業者は「最安値ではなく2番目程度の価格を設定するのが彼ら(アマゾン)の手法」と指摘。アマゾン側の思惑を「自分たちは価格下落を主導しているのではなく、市場相場に対応しているだけだ、との立場を堅持しようとしているのではないか」と分析する。

 アマゾンは日本での事業規模を公開していないが、業界関係者の間では、全体の売上高が5000億~6000億円程度と言われている。そのうち家電や関連製品が占めるのは1000億円程度とされる。

 連結売上高が約2兆円のヤマダ電機など、家電量販大手と比較して圧倒的なバイイングパワーがあるわけではない。ただ、同社の主力商品は価格競争がほとんどない書籍。仮に家電分野で赤字が出たとしても、その分は書籍などの黒字で吸収できる可能性が高い。

 このような状況に、地上デジタル放送への完全移行以来、売り上げの減少に悩む家電量販業界からは「アマゾンの価格は、不当廉売には当たらないのか」という怨嗟の声が上がっている。

 ヤマダ電機の山田昇会長は今年7月、会見後に取り囲んだ記者たちに向かって、「我々は取引上、厳しい監視の目にさらされている。だがアマゾンは違う。これで公正な競争と言えるのか」と語気を強めた。

家電量販各社はネット価格への対抗意識を強めている(写真はイメージ)

難しい「不当廉売」の線引き

 独占禁止法は損失を出すような低い価格で企業があえて商品を販売することを禁じている。これに違反するものは「不当廉売」とされ、同法で「正当な理由がないのに、商品又は役務をその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給することであって、ほかの事業者の事業活動を困難にさせるおそれのあるもの」と規定されている。

 家電量販業界の激しい怒りに対し、アマゾンはどのような見解を示すのか。アマゾンジャパンに取材を申し込んだところ、面会や電話での取材には応じず、書面で「各国の法律に基づき、市場での適正価格で販売している」と回答した。

 では、アマゾンの家電価格は不当廉売に当たらないのだろうか。

 公正取引委員会経済取引局取引部の山田弘・取引企画課長は「個別の案件については答えられず、あくまで一般論」と前置きしたうえで、「継続的に仕入れ値を下回って販売するのは不当廉売の対象になり得る」と話す。

 一方で、「ネットの場合、低価格販売がほかの事業者にどれほどの影響を与えたか算定しづらいため、公正な取引を阻害していると言いにくい」とも話し、今回のアマゾンのようなケースを取り締まることの難しさを挙げる。

 実際に取り締まる際には、アマゾンが米国に本拠を置き、国境を越えてネット通販を手がけている点もネックになる可能性がある。「カルテルなど、各国の姿勢がある程度共通している事柄であれば、国内法令を域外に適用するハードルは低いが、不当廉売はそうとは言い切れない」(山田課長)。

 ネット上では、圧倒的な安値を提示する事業者はアマゾンだけに限らない。規模の小さな事業者がアマゾンよりもさらに低い値段を表示していることも多く、彼らの仕入れ経路や価格設定の手法は一層不透明な場合もある。

 一方、大手量販店もメーカーとの間でリベート(販売奨励金)などの仕入れ条件を事後的に見直すことは珍しくない。高額のポイント付与も値引きとの線引きが難しい。実態の見えにくいネット販売の増加や分かりにくい商慣習の存在が、不当廉売か否かの境界を曖昧にしている面もある。

 アマゾンはこれまでも、配送料の無料化や当日配送の実現など、常識や慣習を飛び越える利便性の向上で、消費者の支持を集めてきた。今月には、満を持して電子書籍サービスの「キンドル」を日本で本格的に始める。

 同社が自社ブランドで売るタブレット端末や電子書籍専用端末は、実際の店舗の「ショールーム化」を進めるとの見方も根強い。着実な広がりを見せる「アマゾン経済圏」に、国内流通企業の憂鬱はますます深まりそうだ。

(中川 雅之)

日経ビジネス2012年11月19日号 14~15ページより目次